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 中学二年生の一学期はあっという間に過ぎ去って、汗ばむ陽気と蝉の鳴き声が夏休みの到来を報せていた。

「はい、それではミーティングを始めます」

 特に熱意の籠ってない淡々とした口調で、樋口ひぐち部長はそう言った。ここは多目的教室Ⅱ。普段は選択科目などで使用する教室で、放課後は文芸部の部室となる。

 そう、今から夏休み前最後の文芸部ミーティングを始めようというのである。樋口部長は、机を何台か合わせて作った島をぐるりと見渡す。

 現在文芸部員は六人しかいない。三年生が二人、二年生が三人、一年生が一人。部の存続には最低五人の部員が必要なので、先輩が卒業したあとは最低一人部員が入ってこないと文芸部は廃部になってしまう。

 というか実際文芸部は廃部になりかけていた。私が二年生に上がる時、部員は私と樋口部長ともう一人の三人しかいなかった。新入部員が三人入らないと廃部になるという状況で、私たちは苦肉の策として同じく部員減少で廃部の危険のあったオカルト研究部と合体することにした。なので本来この部は『文芸部』ではなく『文芸部+オカルト研究部』である。長ったらしいので割愛しているが。

「それではまず文化祭で配布する部誌のテーマですが、先日も話した通りせっかく今年からオカルト研究部と一緒になったことですし、今回は『不思議』にしたいと思います」

 確認するように部長は言う。まあそれは既成の事実。文化祭は十月に控えているというのに今更異論はない。問題はそこではないのだ。

「テーマはいいと思います」

 私は挙手して発言する。視線が私に集中する。

「問題はそのテーマでなにをするか、ということです。文芸部の慣例で言えば、部員それぞれがテーマに沿った短編小説や詩を自作する。あるいはテーマに対する文芸的解釈を論じるか、なんですが。今年は……」

 言って視線を逸らす。

「な、なんか難しそう……。私できるかなぁ」

 隣に座っている栗原美郷くりはら みさとが呟いた。彼女は私と同い年で、一年の時はクラスも同じだった。元オカルト研究部の一人で、去年までは文芸部の作る部誌とは無縁だった。

 私の懸念はそこにある。勿論文芸部としては文化祭で部誌は出したいし、そうでもしないと部の存続意義を見失うのは明白だ。とは言え、今年は元オカルト研究部も一緒であるので、文芸部の慣例を無理強いするのもなんか違うようにも感じる。建前上、名義は『文芸部』となっているが、元々の部員の人数で言えば二対二で、別段文芸部が優位性を持っているというわけではない。そのあたりを考慮して樋口部長はテーマをオカルトがとっつきやすい『不思議』にしたのだろうと思う。

「ちなみにオカルト研究部は去年何をしたんですか?」

 そう訊いたのは唯一の一年生部員、真鍋まなべくんだった。彼は文芸部とオカルト研究部が廃部を免れるために合体した事情を知らず入部してくれたにも関わらず、真実を知ったときにもそれほどショックは受けず変わらず部に居続けてくれている。もともとミステリに興味があったようだ。

「んーと、占いー」

 気だるげな声で答えたのは、三年生寺島てらしま先輩である。不思議な雰囲気を持った先輩で、今もミーティング中であるにも関わらず机の上にタロットカードを並べている。寺島先輩の占いはそれなりに評判らしいのだが、それを部誌に反映させるのは難しそうだ。

 しかしそれは本来のオカルト研究部のあるべき形なのだろう。部誌を作るというのはあくまで文芸部員の私のこだわりで、それを彼女たちに強要するのは単なるエゴなのかもしれない。ただ打算があったとはいえ、せっかくひとつの部としてやっていくのに、別々のことをするのは寂しいことではないだろうか。なんとか妥協点を見出すのが今回のミーティングの大きな課題である。

「なあ、部誌に乗せる作品は創作じゃなきゃだめなのか?」

 疑問は対面に座る男子生徒、柏崎健也かしざき けんやから発せられた。私とは小学生の頃からの付き合いで一応、幼馴染という間柄となる。こいつは現文芸部員の中でも例外中の例外で、元文芸部でもなければ元オカルト研究部でもない。健也が文芸部に入部したのは文芸部とオカルト研究部が合体する直前。つまり二つの部がなんとか部員を確保しようと血眼になっていた時期である。私がクラスメイトひとりひとりを勧誘する中、「兼部でいいなら」と唯一名前を貸してくれたのが彼であった。結局文芸部単体での存続は不可能と悟り、オカルト研究部と一緒になる結末になったわけだが。

 入部してくれたことには一応、感謝はしてる。けど、そもそも部活動にはあまり顔を出さないし、態度や口は粗雑であまり人としては好ましく思えない。忘れずミーティングに来ているのは少し見直したけど、余計なことを言って議論の妨げになるならむしろ邪魔になるかもしれない。

「……そんなことはないけど。エッセイでも書くつもり?」

「書くかよ。そうだな……例えば調書っていうのはアリなのかって思ってさ」

「調書? レポートとかそういうの?」

「そうそう、そういうの」

「……前例はない、と思う。だけどそうか。オカルト『研究部』なら研究成果を部誌に載せることはおかしなことじゃないのか」

 今は単なる文芸部ではない。形式ばかりに囚われる必要はないということか。思いがけない切り口に、少しばかり健也の株を上げる。ほんのちょっとだが。

「けど問題はなにについて調べるかってことよ。なにか案があるの?」

「そりゃ『不思議』について、だろ」

 少しだけ上がった株は急落した。

「それはテーマでしょ。『不思議』に沿った内容で、なにを調査するかってことよ」

「そこまでは考えてねぇよ。けどなんかあるだろ『学校の七不思議』とか」

 言って健也は視線を美郷に向ける。元オカルト研究部に助け舟を求めたようだ。美郷は困ったように首を小さく振った。

「実は草柳くさなぎ中学に七不思議っていうのは無いの。私も気になって調べたことがあるんだけど……」

「そうなの、志穂しほ?」

 樋口先輩が寺島先輩に尋ねた。寺島先輩はタロットカードから目を離さずに「ないねぇ」と答える。

「その時々で不思議な噂のひとつやふたつはあるけれど、『これが七不思議だ』っていう決まった怪談話は聞かないね」

「そう、ですか……」

 正直なところ結構良い案なのではないかと私は思っていた。学校の七不思議なんて中学生が好きそうな話題だし、私はホラーに疎いから新しい表現方法を学ぶことができるかもしれないと考えたからだ。

 けれど、実在しないと言われれば諦めるしかない。まさか七不思議をでっちあげるわけにもいかない。そんな技量も度胸もない。

「いや、七不思議はあるよ」

 次の案を考えようとしたところで、突然教室の扉が開け放たれた。同時に、一人の男子生徒が顔をのぞかせる。その整った顔立ちに見覚えがあった。クラスメイトの衛藤司えとう つかさだった。

 衛藤司は有名人である。容姿端麗、文武両道、おまけに父親は地元永野江ながのえ市の市長という絵に描いたようなエリートで、さらに紳士的で優しい性格で数多の女子生徒を虜にしている。私の隣で目を輝かせている美郷も例外ではない。さぞ男子たちは彼を妬んでいるだろうと思いきや、意外と付き合いもよく男子からの評判も悪くない。

 ちなみに私はというと、彼のことは周りが思うような好感は持っていない。それは単に私の性格が天邪鬼気味だということだけではない。確かに、顔は整っているし成績は良いしスポーツ万能だ。ただ言動の端々から滲み出ている自信というか自己顕示欲みたいなものが見えるような気がして、正直なところ少し苦手だ。もちろんこれは私の勝手な思い込みだ。彼が誰かに嫌味を言ったり、見下しているようなところを直接見聞きしたわけではない。彼の持つ全能感に対して少し卑屈になっているのかもしれない。我ながら、いい性格をしている。

「司、なんでここに?」

「健也を迎えに来たんじゃないか。サッカー部のミーティング、もうすぐ始まるよ?」

 おう、と言って健也は慌ただしく身支度を始めた。健也はサッカー部と文芸部を兼部している。当然ながら二つの用事がかち合えばサッカー部が優先される。文芸部のミーティングを忘れず来たこと自体、奇跡のようなものだ。

「あ、待って衛藤くん。さっき言った七不思議って?」

 健也を伴って教室から出て行こうとする衛藤くんを呼び止める。彼は振り返って「ああ」と頷く。

「確かに草柳中学にはそういう七不思議は存在しない。けれど『伊隈いぐま七不思議』っていうのが他にあるんだ」

「伊隈七不思議」

 伊隈とは私たちが住むこの土地の名前だ。そんな広い範囲に伝わる七不思議があるなんて考えてもみなかった。

「それ、本当なの?」

「うん。父さんから聞いた。あの人自身はそういったオカルト話は全く信じないけど、嘘はつかない人だからね。そういう噂話があったってのは事実だと思う」

 衛藤くんのお父さん、ってことは市長だ。つまりこの土地の情報を幅広く得ることのできる人物。おそらくその噂話も全くの眉唾というわけではないのだろう。

「その不思議の内容は? 噂の出所は?」

 つい気持ちが逸って、私は立ち上がっていた。衛藤くんは困ったように頭を掻く。

「そこまでは俺も……。もしかして大事なこと?」

 私は部長にアイコンタクトを飛ばす。伊隈七不思議は調査するに足るものかどうか判断を仰いだのだ。部長はがらにもなく神妙な顔つきでゆっくり頷いた。私は意を決する。

「実は、部誌に掲載するために七不思議を調査しようと思っていたの。でも学校には七不思議は無いって言うし……。けど伊隈七不思議なんてものがあるなら、それを調べるのもいいかなって。今のところ情報源は衛藤くんしかいないし、もし他に情報があるなら聞いておきたくて」

「俺からも頼むよ」

 健也も助け船を出す。こういうとき同性の友人の存在はありがたい。

「そう。だったら俺から父さんに訊いてみるよ。そのかわり、と言ってはなんだけど……」

 お、交換条件か? この万能天才くんに私たち凡人が差し出せるものが果たして存在するのだろうか。

「その調査、俺も混ぜてもらえないかな?」

「え? それは別にいい、と思うけど……」

 意外な返答に私は一瞬怯んで視線を部長に送る。部長は小さくサムズアップしている。まあ、調査には人手は多い方がいいだろうし、別に秘匿しないといけないような内容でもないので私としては願ったり叶ったりなのだが。横で顔を真っ赤にしている美郷には気づかないふりをして、衛藤くんに向き直る。

「うん、勿論。助かるよ」

「よかった。あ、サッカー部の練習があるときは参加できないけど……ってそれは健也も一緒か。じゃあとりあえず調査隊結成ってことで。連絡先は健也に聞いたらいいかな?」

 私が頷いたのを確認して、二人は教室を去って行った。一気にいろんなことが決まってしまって、なんとなく気疲れしたのか、私はゆっくりと腰をおろす。

 しばらくの沈黙のあと、張り詰めた空気を打ち破るようにパンと音が鳴った。見ると両手を合した部長がいる。

「なんだか知らないけど、方針は決まったみたいね。伊隈七不思議、頑張って調査しましょう。……あ、申し訳ないけど私は塾の夏期講習があって毎回は来られないと思うけど、中山さんはしっかりしてるしきっと大丈夫よね」

 まあそんな気はしていたし元からそのつもりではあったけれども。つまるところ調査及び多分部誌の制作も、主導権は私、中山彩音なかやま あやねが握っているということだろう。ミーティングも結局途中から私が仕切ってたし。受験を控えた三年生を夏休みに何度も登校させるのは気が引ける。こちらの裁量で物事を決めていいというのであればむしろやりやすいと言えるだろう。

「ど、どうしよう彩音」

 美郷が肩に飛びついてきた。

「え、え、衛藤くんが、い、一緒に……!」

 震えた声でなにかを訴えかけてきている。実際に彼と一緒に調査するときになってこの子のメンタルは大丈夫なのだろうか。先が思いやられる。

 反対側を見るとタロットカードを並べた寺島先輩が不敵な笑みを浮かべている。この人も調査に参加するつもりはないだろう。初めから頭数に入れてはいないが。

「伊隈の町自体に七不思議があるとは初耳だったなぁ。……けど、調べるとなると噂話と高を括らない方がいい。火の無いところに煙はたたない。人が恐怖を覚える場所というのはそれなりの理由があるのさ」

 言って先輩はカードを一枚めくり確認すると、私に差し出した。

 それを見て私は眉を顰める。先輩に渡されたのは災難を意味する『塔』のカードだった。

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