水底に眠るフォークロア

汐谷九太郎

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 夢を見た。

 私は水面に立っている。ここは湖だろうか。なんとなくそう直感した。

 空は暗く、怪しく光る月以外に光源はない。月明かりを移した水面が、風もないのにゆらゆらと揺らいでいる。

 目の前にひとつの人影がある。それはこちらに背を向けていた。長い髪を首の後ろほどでひとつに束ねている。真っ白な襦袢が濡れて肌に張り付き、その女性的なシルエットを映し出している。そして彼女の身体は膝上くらいまで水に浸かっていた。

 ぼうっと眺めていると、彼女は一歩踏み出した。この先は水底が深くなっていっているのか、一歩歩む毎に彼女の身体は水に飲まれていく。

 ――行っちゃだめだ!

 直感的に私は叫んでいた。いや、叫んだつもりになっていただけで、声は発してはいなかった。そんな私の思いとは裏腹に、彼女は歩みを止めない。腰が、胸が、肩が、首が、頭が、水面に沈んでいく。そうして最後に、とぷんと水が跳ねる音がして、彼女の姿は完全に水の中に消えてしまった。

 唖然としていたら、今度は水中に異変が訪れた。水面が慌ただしく揺れ始めた。水、そして空気から振動が伝わってくる。いつの間にか月明かりも無くなり、周囲は漆黒の闇に包まれていた。

 それでも、私は水中にいる『なにか』の存在を感じ取ることができた。

 悪寒がした。全身が逆立つ錯覚があった。手足が震える。歯ががちがちと鳴る。これは見てはいけないものだと、本能がそう語り掛ける。

 私は恐怖した。

 水底に潜む闇。その全貌も知れぬ存在にではない。その異質なるものが確かに、私を視ていたからだ。

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