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ここまでの話で、あなたのお父さんが亡くなったのは私のせいだとお分かりになったでしょう。
残りは私がいまのような身体になり、ポロンの街へ辿り着くまでの自分語りですから、ご興味がなければ読み飛ばしていただいても結構です。
なぜ私が両脚と声を失ったのか、端的にいえば――そう、天罰が下ったのだと思います。
昼を少し過ぎた頃、私とリエール一等兵を乗せた救護者は、道中石炭を補給するために輸送基地へ立ち寄りました。
ちょうどそこに、別の救護車が停まっていました。
その車は港町に戦傷者を輸送した後また引き返してきたので、運転手と医師と看護師以外は誰も乗っていませんでした。
定員以上の戦傷者を乗せ、血と汚物の匂いに満ちた我が方の救護車を見たあちらの医師は、「半分はうちの車に乗せよう」と言いました。
私はここでリエールと運命を分かつことになりました。怪我のひどかったリエールは、すでに補給を終えていたあちらの救護車へ移動し、すぐさま港町の病院に送られることになったのです。
私は気分が悪くなっていました。
先に書いた通り、救護車の中はひどい匂いだったのです。私はいったん救護車を降り、補給が終わるまで休憩しようと思いました。
輸送基地には食堂がありました。朝方にほかの兵隊の分まで奪って食べたのに、身体は空腹を訴えていました。
馴染みがない異国のメニューが並んでいましたが、食べられるならなんでもいいと思いました。前線基地から慌てて逃げてきた割に、私はしっかり自分の所持金を持ち出していたのです。
私はパンに野菜と何かの肉を挟んだ料理を注文し、それにかぶりつこうとしていました。そこまでは確かに覚えています。
けれども、私がその味を知ることはできませんでした。
窓の外で何か光ったなと思ったのを最後に、私の記憶はぷつりと途切れました。
目覚めたときには、私は病院のベッドの上で包帯をぐるぐるに巻かれて寝かされていました。
身体中の痛みと、声が出ないことにはすぐに気づきました。歌うどころか、呼吸をするだけで喉も肺腑も焼かれているかのようでした。
私はもう歌えないのだ、と直感的に悟りました。そのことに動転するあまり、両脚の膝から下がなくなっていることには、しばらく気づきませんでした。
後に私は病院の医師から、何が起きたのかを聞かされました。
敗色濃厚となった敵国が、起死回生を期して爆弾と毒ガス弾で空から輸送基地を襲ったのでした。私は燃え盛る建物の下敷きとなり、毒ガスを吸ったためにこのような身体になってしまったのです。
それでも、私は生き延びました。
私は自らの行いを心から悔やみました。「手を取り合って生きていこう」などと歌っておきながら、いざ窮地に陥ると自分が助かるために他人を犠牲にしたのです。
自ら綴った言葉に背くほど、みじめな生き様があるでしょうか。私の歌は、ただの綺麗事に過ぎませんでした。
本国に送還された私を見て、社長は「私のせいだ」と言って泣きながら謝りました。
彼は多額の賠償金を支払ってくれたばかりか、少しでも不自由を取り除けるようにと、私財をはたいて車椅子と世話用のロボットを用意してくれました。
ロボットの設計図は、開発途中だった歌うロボットのものを転用したものです。歌えはしませんが、あなたもご存知の通り、ゆっくり話すだけならどうにか使い物になりました。製造は私の実家の工場に発注されました。
しかし、本当に謝罪と賠償を受けるべきは、あなた方ダーニアン中尉のご遺族です。
終戦後、私は社長の助力を得て、ひとりでポロンへ引っ越すことにしました。あなた方に会い、せめてもの罪滅ぼしをするためです。
実家の親きょうだいは、私の面倒を見てやると言ってくれました。社長は自分が仲立ちとなり、私とダーニアン夫人との面会が穏便に済むよう取り計らってくれようとしました。
しかし私はそれらをすべて断りました。私は手厚く守られるより、むしろ罰されたかったのです。
本来ならば、私からあなた方のもとに出向くべきでした。しかしこのような弱り切った身体では、外出もままなりませんでした。
どうにかダーニアン夫人と一対一でお会いする機会を得られないかと考えた結果、私は勲章買取の店を開くことにしました。戦争未亡人が生活苦から夫の形見の勲章を売るというのは、この国ではよくあることだからです。
金なら掃いて捨てるほどありました。ダーニアン夫人ではない客が来てもしばらく困りません。本名のアデリーズを名乗れば、レコードのジャケット写真とは変わり果てた姿になった私をエディ・アースだと見抜く人もいませんでした。
けれども夫人より先に、あなたが私の店を訪れるとは思ってもみませんでした。
写真で見たよりも少し成長したあなたは、幼くとも確かにダーニアン中尉の面影を宿していました。私は自分の立場もわきまえず、あなたに話しかけたいと思ってしまいました。金属製品を買い取る店だと偽ったのは、あなたをどうにか引き止めたかったからです。
何も知らなかったあなたは、私の店で過ごす時間を心から楽しんでくれていたものと信じます。それでもジャクロ、あなたは驚くほど聡明で、誠実で、慎み深い少年でしたね。一度も名乗らず、一度も私の名を聞かず、親しく話しても客と店主との付き合いを越えないよう振る舞っていました。父親を亡くしたことを嘆いて、私の同情を引くこともありませんでした。私はあなたの健気な姿に密かに胸を打たれていました。
同時に、あなたのように立派な子が、学校に通えていなかったことが残念でなりませんでした。その原因を作ったのは私なのです。私のためにあなたのお父さんは命を落としたのですから、せめてあなたが将来を切り開くための道を開いてさしあげることが、私にできる精一杯の償いです。
私の目的は、あなたがこの長く込み入った手紙をここまで読みきったことで、一応達せられたのでしょう。私にはそれと知る手立てはもうありませんが、私はいつまでもあなたの幸福を願っています。
たとえこの身が滅びても、私がかつて吹き込んだすべての歌を、あなたへの祈りに代えて。
エディ・アースより
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