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車の中で私たちは朝食を摂りました。私のための水と、乾パンと缶詰も用意されていました。
長い間待つことになるかもしれないので、食糧は貴重でした。それなのに私は、恐怖を紛らわすために必要以上の量を要求し、それを食べきってしまいました。
当然、兵士たちの視線が冷たくなります。険悪な雰囲気の中で、中尉がこんなことを言い始めました。
「なあ、助けが来るまで暇だから、みんなで歌でも歌わないか?」
傷に障るはずなのに、中尉は大きな声で歌い始めました。
最初は「うさぎの歌」、我が国の子どもなら誰でも知っているあの童謡です。初めはとまどっていた隊員たちも、中尉に習ってぼそぼそと口ずさみはじめました。私はというと、やはり耳を塞いでそれをやり過ごそうとしていました。
それから中尉は童謡を次々に歌いました。お世辞にも上手いとは言えませんでしたが、よくもこれほどたくさんの歌を覚えているものだと、私は密かに感心しました。その理由はすぐに思い当たりました。きっとジャクロ、あなたに歌って聞かせていたからでしょう。
歌っていると、不思議と隊員たちの不安が紛れるようでした。一曲歌い終わるごとに、みな少年のように笑い合いました。負傷して泣いていたリエールでさえも、蒼白な顔でうっすらと微笑んでいました。
それでも助けはなかなか来ず、ついに中尉が知っている童謡も尽きてきました。
――こんなとき、歌手の私こそ歌うべきなのではないか?
芽生えかけた思いを、しかしくだらない意地と自尊心とが邪魔しました。
――いや、慰問コンサートはもう終わった。ギャラももらっていないのに、しかもこんな危険で不自由な目に遭っているのに、歌を披露してやる義理などない!
そのときです。遠くで土煙が舞うのが見えました。車がこちらに向かって走ってきます。
隊員たちはすわ敵かと身構えましたが、それは赤い花の紋章を掲げた救護車でした。戦場で傷ついた人々を助けるための車です。
「助かったぞ!」と副隊長が声を上げました。
救護車は私たちのために停まってくれました。しかし、その車はすでに負傷兵が満載されていたのです。彼らはこれから、港町にある病院へ向かうところでした。
「申し訳ないが、全員は乗せられない。せいぜいひとり、いや、ふたりまでだ」
救護車の従軍医は申し訳なさそうに言いました。
常識的に考えて、負傷している中尉とリエールのふたりが乗るべきでした。
しかし、私は真っ先に叫んでいました。
「私を乗せてくれ! もうこんなのはたくさんだ!」
いま思えば、なんと浅ましい行いだったでしょう。
「あなたは見たところお元気そうだが……」
従軍医の見立ては全く正しいものでした。私はどこも悪くなどありませんでしたから。
「彼はこう見えて、心臓が悪いのですよ」
突然、中尉が言い出しました。
「定期的に心臓の薬を飲まないと命に関わるんだそうです。……ですよね、アデリーズさん?」
私を助けるために、中尉がとっさについた嘘でした。
そのことはもちろん私が一番よく分かっています。それでも私は助かりたい一心で、その嘘に飛びついてしまいました。
「私はかすり傷ですから、大丈夫です。ぜひ彼を乗せてあげてください」
中尉が断固として主張し、ついに私とリエールのふたりが救護車に乗ることになりました。
「そうだリエール、頼みがあるんだが」
別れ際に、中尉はその年若い兵士に黄金の勲章を渡しました。
「無事祖国へ帰り着いたら、ポロンの街にいる私の家族にこれが届くよう手配してほしい。もちろん私も生きて帰るつもりだが……まあ、念のためというやつだ。よろしく頼むよ」
「承知しました。必ず、必ずお届けいたします!」
リエールは泣きながら勲章を受け取りました。
私たちの乗った救護車が走り去るまで、中尉は笑って手を振ってくれましたが、その顔にはもう血の気がありませんでした。
中尉はもう、自分が助からないことを悟っていたのです。
それが、私があなたのお父さんを見た最後でした。
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