手紙
7
ジャクロへ
まず、あなたがこの手紙を読めるようになるまでの努力に敬意を表し、祝福させてください。
私は初めから、あなたの名を知っていました。けれども私は一度もあなたに自己紹介をしたことがありませんでしたね。
私はエディ・アースです。あなたが気に入ってくれたあの歌を作り、歌っていた人間です。
私はディターニアの下町の生まれです。実家は歯車などの部品を製造する小さな町工場でした。
親の跡を継ぐため機械整備士の学校に通っていた頃、もともと歌が好きだった私は機械で楽器が作れないかと思い立ち、ひとりで研究をしていました。
機械の奏でる音だけで作った伴奏と一緒に歌を歌い、いつかはロボットに歌を歌わせるのが夢だと語る私は、学内一の変わり者と見なされていました。
あるとき芸能事務所の社長が、私の噂を聞きつけて学校までやって来ました。彼は私の歌を聴いた後、すぐにこう言いました。
「研究のためにお金を出してやるから、うちで歌手デビューしないか」
私は喜んでそれを受け入れました。
エディ・アースという名前は、社長が私に与えてくれた芸名です。
私の歌を吹き込んだレコードはよく売れ、次から次へとお金が舞い込んできました。私は日夜華やかなステージに立ち、聴衆から万雷の喝采を浴びました。暮らし向きは見違えるほど贅沢になり、ディターニアにお城みたいな家を建てて、友人たちと頻繁にパーティを開いて暮らしていました。
デビュー以来何年もそんな暮らしぶりでしたから、私は誰よりも価値のある特別な人間なのだと思い上がっていたように思います。
スター歌手としての人生に慣れきった頃、あの戦争が始まりました。
「エディ、前線基地へ慰問へ行ってくれないか」
終戦のふた月ほど前、社長が私に依頼してきました。
私は全然気乗りがしませんでした。美しくて安全な都会で暮らしてきた私は、戦場にほど近くて泥臭い前線基地になんて行きたくありませんでした。しかし私の大口のパトロンの中に陸軍幹部がいたために、断る権利は初めからなかったのです。
「心配するな。我が方の勢力圏内だから安全だよ」
私は社長になだめすかされて、嫌々ながらに船へ乗って海の向こうの同盟国へと渡りました。港に着くとすぐ、護衛車を従えた大きな
その車中で出会ったのがダーニアン中尉――あなたのお父さんでした。彼の率いる小隊が、私の護衛を務めてくれたのです。
「はじめまして、エディ・アースさん! あなたとご一緒できて、たいへん光栄です! 必ずやあなたをお守りするとお約束しますので、どうかご安心ください!」
中尉はとても朗らかな方で、私の大ファンだと言ってくれました。彼はあれこれと私に話しかけてきました。正直に言って初めは煩わしく、適当な返事をしていました。
仲良く話すようになったのは、私たちの乗っていた軍用車が、野原の真ん中で突然動かなくなってしまったのがきっかけでした。
機械に詳しいのは中尉だけでした。中尉が車の内部を点検している間、私は車内でまごまごする兵隊たちと一緒に待たされました。うんざりするほど暑い日で、私は我慢の限界に達していました。
「いつまでやっているんだ。私に見せてみろ!」
業を煮やした私は、小綺麗な旅装を脱ぎ捨てて下着姿になり、車の外へ飛び出しました。同じ格好で作業をしていた中尉は、私を見てとても驚いていました。
偉そうな口を利いたものの、私も自動車のことは専門外でした。私と中尉はともに汗だくになりながら悪戦苦闘し、日が暮れる頃にようやく車を修理することに成功しました。
排気筒から再びシューッと蒸気が噴き出したとき、私たちは抱き合って喜びました。どうやら機械をいじっているうちに、スター歌手から純朴な機械好きの青年にいっとき立ち返ることができたようです。
私は中尉に対して心を開き、車中でも基地に着いてからもたくさん話をしました。エディ・アースというのは芸名で、本名はエドウィリス・アデリーズなのだということも話しました。
中尉からはあなた方家族の話をたくさん聞きました。美しいご夫人と、就学前のかわいい坊や――つまりジャクロ、あなたの写真もしかと拝見しました。
あなた方のことを話すとき、中尉はいつも目尻を下げて嬉しそうに話していました。
「私は何があっても必ず生きて帰ると、そう家族に約束しているんです。約束はきちんと守るよう、息子にも言い聞かせてきました。だから私が約束を破るわけにはいかないんですよ」
中尉はふと真剣な眼差しで語った後、こう付け加えました。
「もちろん、あなたの護衛もしっかり務めますよ! だって約束しましたからね!」
豪快に笑う中尉を見て、隊員みんなが笑いました。彼は素晴らしい隊長でした。
私のことを家族への手紙に書いていいかと尋ねられたので、私は快諾しました。
あなたのお母さんが私の本名を知っていたのはそのためです。中尉が車中で書いた手紙は、私が帰るよりずっと早く祖国へと渡り、あなたがたのもとへ届いたのです。
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