第51話 エピローグ
「シャーロット……元気そうだな」
「お父様!」
久しぶりに会うサイラスの姿にシャーロットは顔を綻ばせた。サイラスがぎこちない笑みを浮かべるのは未だに罪悪感を覚えているからだろう。
ラルフに対する不満の言葉が、誤解とはいえ娘を深く傷つけていたこと、そして幼少の頃から悪意に晒されていたことに気づかなかったことをサイラスは深く後悔しているのだ。
(お父様のせいではないのに……)
自然とシャーロットはエドワルド帝国でサイラスに再会を果たした時のことを思い出していた。
記念式典後から1週間も経たないうちにサイラスがエドワルド帝国を訪問したのだ。表向きはカナとラルフの非礼に対する謝罪のためだったが、本当の目的はシャーロットと話し合う時間を設けるためだった。シャーロットの話を聞いてすぐにカイルはサイラスに事の次第を記した手紙を送っていたらしい。
「シャーロット、シャーリー本当にすまない!全て父様が悪いんだ!」
焦燥した表情と切実な声音にその言葉が心からのものであり、言葉に言い表せないほどの後悔の念が伝わってきた。
「お父様、どうか顔を上げてください。きちんとお話を聞かず勝手に誤解した私にも非がありますもの」
シャーロットの言葉にサイラスは眉間の皺を深くして、首を横に振る。
「幼少の頃からお前には辛い思いをさせてしまった。私が守ってやらなければならなかったのに気づかなかった私は……父親失格だ」
苦しい思いを吐き出すようにサイラスは告げてから、不安そうな表情でシャーロットを見つめた。
「お前の母であるエミリアに一切非はないが、カーリナ王妃とジョスリーヌ・ディラン伯爵夫人がシャーロットに冷たく当たったのは、エミリアが原因なんだ」
思いがけず母の名前が出てきたことで驚きと不安で息を呑んだ。そんなシャーロットを安心させるように、カイルは片手を重ねて握りしめてくれる。
学園に通っている間、国王陛下はエミリアに淡い恋情を抱いており、当時婚約者であったカーリナは自尊心を大いに傷付けられたのだ。またジョスリーヌもサイラスに好意を寄せていたことから、二人にとってエミリアの存在は目障りでしかなかった。
「まさか子供であるシャーロットにまで悪意を向けるとは思わなかった」
「お父様のせいではありませんわ。まさかそんなことで嫌がらせを受けるなど思いませんし、私もお父様に嫌われたくない一心で黙っていたのですもの」
子供の頃から気になっていた違和感が腑に落ちた気がした。どんなに努力を重ねてもジョスリーヌやカーリナがシャーロットを褒めてくれたことは一度もなかったからだ。
それなのに大切な家族の言葉より彼らの言葉や態度を信じてしまった。そのことに申し訳なさと自己嫌悪でしゅんと落ち込んだシャーロットだが、隣にいるカイルの雰囲気が変わったことに気づく。
「ブランシェ侯爵、良い情報を知らせてくれて礼を言う。俺のロティを傷付けた奴らには思い知らせてやらないといけないな——ああ、驚かせて悪かった」
冷え冷えとした空気に思わず身震いをすると、カイルは一転して表情を崩す。よしよしと宥めるように頭を撫でるカイルにサイラスが進言した。
「恐れながら既に対応済でございます」
王妃は永蟄居、ジョスリーヌは修道院送り、そしてラルフは王太子廃嫡なのだと聞いてシャーロットは驚いた。ラルフは確かに国王となるには少々気が弱いところはあったが、第一王子であり優秀で慈悲深い心を持っていたのだ。
「ラルフ…殿下も処罰対象なのですか?」
純粋な驚きと疑問のために発した言葉だったが、シャーロットが同情を寄せたと思ったのかカイルはシャーロットの肩を抱いて言った。
「婚約解消やエドワルドでの振る舞いが王に相応しくないと見なされたのだろう。廃嫡とはいえ王族から除籍されたわけではないのだから、そう重い処分でもない」
「ラルフ殿下が聖女のためにエドワルド帝国を訪問したのだと私に教えてくれたのはレオン殿下だったんだ」
宰相である自分を欺いてエドワルド帝国行きを果たしたラルフだったが、思わぬところから情報が漏れることになった。
ラルフより3つ下のレオンは病弱でさほど聡明でないとされていたが、正妃であるカーリナから目を付けられないようにするための演技だったそうだ。ラルフを生んで以来子供が出来なかったため、迎え入れられることになった側妃はカーリナに逆らうことがないよう実家である侯爵家とも関係が深く、大人しい性格をしている伯爵令嬢が選ばれた。
聡明だったレオンは幼少の頃から側妃に目立たないよう言い聞かされて、能力を隠し王妃の目を欺くために病弱である振りをしていた。
「レオン殿下が今回動かれたのはラルフ殿下に見切りを付けたことと、この先ずっと王妃を気にしながら生きていくことが嫌になったとおっしゃっていた。それにあの方はシャーロットへの仕打ちについても憤慨していたご様子だったから、存外それが動く理由になったのかもしれないな」
サイラスがそう言うとカイルはぎゅっとシャーロットを抱き寄せる。
妬いてくれるのだと思えば嬉しいようなくすぐったい気持ちになるが、父の前であまりにも近すぎる距離でシャーロットは恥ずかしくて居たたまれなくなってしまった。
そんなことを思い出しているとサイラスが目元を和らげて言った。
「そのドレスもよく似合っているな。……少々陛下のお気持ちが込められ過ぎている感もあるが」
アイスブルーのドレスはカイルの瞳の色とシャーロットの髪色を混ぜ合わせたような色味でトップから裾に掛けて僅かにグラデーションになっている。シンプルだが上品で美しい。
「シャーリー、カイル陛下と幸せにな」
「はい。私、お父様とお母様の娘に生まれて幸せでしたわ。愛情をたくさん注いでくれて、育ててくれてありがとうございました」
サイラスの瞳が大きく見開かれたと思うときらりと光るものが目に浮かび、ハンカチを取り出し目に当てている。その光景にシャーロットの感情も昂り涙が浮かぶが、ケイシーが慌てて飛んできた。
「シャーロット様、お化粧が崩れてしまうのでもう少し我慢してください。そろそろ陛下がお見えになりますよ」
その言葉と同時にノックの音が聞こえて、シャーロットの視線はそちらに動く。
「――ロティ」
カイルの姿を見たシャーロットは、その光景に息を呑んだ。
白を基調とした衣装にはきらびやかな装飾が随所に使われており、それがカイルの端麗な容姿を引き立たせていた。どこか無防備な瞳をシャーロットに向けていたが、すぐに熱が込められて深くなる青は色気すら感じられる。
(素敵すぎて言葉にならないわ)
じわりと頬に熱を感じてカイルから目を逸らす。このまま直視していたらのぼせてしまうかもしれないと本気で思った。一方カイルは目を逸らされたことで、我に返ったらしい。
「ロティ、すまない。あまりの美しさに言葉が出なかった。この世にこんなに美しい女性が存在していて、なおかつ俺の妃になってくれるなんて本当に夢のようだ」
惜しみない賛辞にシャーロットは慌てて言葉を返す。黙っていたら延々と言葉を連ねてくることは過去に経験済だった。
「カイル様、私のほうこそ幸せ過ぎて怖いぐらいですわ」
「怖がらなくていい。俺が傍にいるから」
差し出された手を取れば、温かい温もりが指先から伝わってくる。
「そろそろお時間ですよ、陛下。シャーロット様は一旦ブランシェ侯爵にお預けください」
ネイサンの声に唇を尖らせて不満を示すカイルだが、大人しく従ってサイラスに一礼した。
「また後でな、俺の愛しい花嫁殿」
結婚式当日は青い空が広がっていた。
天井近くのステンドグラスから柔らかい春の日差しが降り注ぎ、光が溢れる教会内はまるで祝福されているような雰囲気に満ちている。
視線の先には幸せそうに微笑むカイルがいて、シャーロットの口元は自然な笑みを描く。
「どうか娘をよろしくお願いいたします」
小さく真剣な声で告げるサイラスに、重々しく頷いたカイルの手を取り祭壇の前へとたどり着く。
カイルとの出会いやこれまでの日々を思い出すと胸が熱くなる。彼はいつだってシャーロットを想い慈しんでくれていた。
「お互いを愛し敬い共に支え合い、命ある限り真心を尽くすことを誓いますか」
「誓います」
互いに誓いの言葉を告げた後、シャーロットはカイルにだけ聞こえるように小さな声で告げた。
「これからは私がカイル様を幸せにすることを誓いますわ」
驚いたようにカイルが目を瞠り、シャーロットの大好きな青い瞳がよく見えて嬉しくなる。
「俺はシャーロットだけを生涯心から愛することを誓うよ」
二人だけの誓いに顔を合わせて微笑んで、誓いのキスを交わす。
過去の苦悩も痛みもこの日の、カイルの隣に立つためのものだと思えばすべてが報われる気がした。これから担う重責も困難もカイルと一緒なら大丈夫だと不思議な自信と力が湧いてくる。祝福の拍手と言葉に包まれながら、シャーロットは愛しい人に心からの笑みを浮かべた。
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