第50話 未来への約束
優しい声と背中に触れる大きな手が心地よい。それなのに心の中ではそんな気持ちを咎める自分自身の声がずっと聞こえている。泣いて同情を引き、甘えることへの免罪符にしている自分が浅ましくて堪らなかった。
(こんな風にカイル様に迷惑を掛け続けてしまえば、いつかは愛想を尽かされてしまうかもしれないのに……)
そこでシャーロットはふと気づいてしまった。
「カイル様、まだ公務のお時間では……」
昼近くまで続く予定だった見送りがこんなに早く終わるはずがない。血の気が引くような思いで確認すれば、カイルはこともなげに言い放った。
「問題ない。あとは皇太后とネイサンに任せている」
「――っ!」
自分のせいで公務を放棄させてしまったことに、どうしようもないほどの罪悪感と恐怖でその場に蹲りそうになる。カナとの面会とてシャーロットの我儘だったのに、カイルに多大な迷惑を掛けてしまった。
(謝らなきゃ…嫌われちゃう……でも、カイル様のためにはその方が良いのかも)
自分の思考に胸が締め付けられるように苦しい。鼻の奥がつんとしてシャーロットは咄嗟に唇を噛みしめて涙を堪える。これ以上カイルに面倒を掛けるわけにはいかなかった。
「ロティの前ではかっこいい男でありたかったんだがな」
苦笑を含んだ声と唐突な発言にシャーロットが思わず顔を上げた。
「本当にロティが気にする必要はないぞ。今まで見送りなんざしてなかったからな。今回は他の奴らに俺の婚約者を自慢したかったのと、ロティと一緒にいる時間を少しでも増やすためにわざわざ入れたんだ」
仕事ならネイサンも文句を言わないからな、そう付け加えたカイルの頬には羞恥のせいか赤みが差している。
さらには気まずそうに眼を逸らす様子からシャーロットを気遣っての言葉ではなく事実なのだとシャーロットは思った。
それでも迷惑を掛けたことに変わりはない。
(でもやっぱり私はカイル様に相応しくない。一緒にいたいけれど、いつか嫌われてしまうのなら今のうちに身を引けば……いえ、個人的な感情でそんな身勝手なことは出来ないわ)
シャーロットの中で様々な感情がせめぎ合う。
「ロティ、君の不安を俺に教えてくれ。どうしたらいいか一緒に考えよう」
いつだってカイルはシャーロットの気持ちを慮ってくれる。大切に守って甘やかしてくれることを素直に喜べないのは、自分にその価値があると思えないからだ。
知られたくない、だけど伝えなくてはいけない言葉を告げるためにシャーロットは口を開いた。
「婚約解消されて、誰にも必要とされない場所に留まるのはとても惨めで辛くて……そこから逃げ出すために私はカイル様の婚約を受けたのです。カイル様はずっと私のことを想って下さっていたのに、そのお気持ちを利用して」
国のため、侯爵家のためと立派な理由を掲げていたが、シャーロットの行動は結局のところ自分の心を守るためだけに選択したものだった。
「私はカイル様の好意に甘えてばかりで、お役に立てておりませんし、この想いも長年想ってくださったカイル様のお気持ちには敵いませんわ」
「ロティ」
カイルが呼ぶ声が聞こえたが、今止めてしまえば逃げてしまいそうで怖かった。自分の言葉が
今の関係を壊してしまうのではないかと思うと不安や恐れで顔を上げられない。
「カイル様は慈悲深い心をお持ちで、お姿も麗しく優秀でいらっしゃるのに、私が貴方のお傍にいるのは——」
相応しくない、そう続けるつもりだった。
「待て、ロティ。それ以上はちょっと、どうしていいか分からない」
動揺したようなカイルの声に顔を上げれば、口元を覆い顔を赤らめているカイルがいた。
予想もしていなかった表情を見てシャーロットが呆然としていると、カイルはシャーロットの肩に顔を埋める。
「何か俺の事すごく好きだと言っているようにしか聞こえない」
幸せ過ぎて顔がやばい、と呟くカイルの声にシャーロットは顔だけでなく全身が熱くなるのを感じた。
「そ、そんなつもりじゃ……!私がカイル様を慕う気持ちは純粋なものばかりでなくて、カイル様とは釣り合わないということを伝えたかったのですわ!」
慌てて弁解するシャーロットの言葉に顔を上げたカイルは幸せそうに、仕方がないなと言わんばかりの表情だ。片手でシャーロットを抱き寄せると頭を撫でながら言い聞かせるような口調で告げる。
「俺だって自分がロティに相応しいのか自信がないぞ?努力家でひたむきで優しい君に相応しい人間でありたいと努力してきたし、これからもそうするつもりだ」
自分を慰めるための言葉なのだろうかという考えがよぎったが、優しい口調とは裏腹にカイルの瞳は真剣そのものだった。
「大体利用したというなら俺の方だろう。ロティが困っているところをつけ込んだし、利用というよりは頼ってくれたようで嬉しかったしな」
同じ状況であるのにシャーロットとカイルでは解釈が全く異なっており、あんなに思い詰めていたのに霧がすっと晴れるような感覚に目を瞠る。
カナにはカナの言い分があったが、それは事実ではなく人によって解釈が違えば受け取り方もまた異なるのだ。
「カイル様……本当に私で良いのですか?」
心から疑っているわけではないが、揺らぐ自分に確信を与えたくて、シャーロットは震えそうな声で尋ねた。
「ロティじゃないと駄目なんだ。俺は君を心から愛している。俺に君と共にいる未来をくれないか?」
シャーロットの手を取り、片膝をついて告げる求婚の言葉に胸がいっぱいになって、涙が一筋こぼれた。
「カイル様、永遠の愛を貴方に捧げますわ。どうかずっと私と一緒にいてくださいませ」
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