第44話 リザレ王国からの訪問者

参加者の名前やそれぞれの交友関係、嗜好や持病などを頭に入れて客室の手配や使用人の配置、会場の確認などをそれぞれの担当者との打ち合わせを行う。シャーロットは忙しくも充実した日々を過ごしていた。


「ケイシー、何だか元気がないようだけど体調が良くないなら休んでいいのよ?」

「いいえ、体調は問題ございませんので大丈夫です!申し訳ございません」

最近どこか疲れたような表情を見せるケイシーを気遣えば、全力で否定された。ここ数日は関係者との打ち合わせで皇宮や離宮を往復する日々が続き、ケイシーも侍女として伴っていたため無理をさせてしまったのかもしれない。


「明日は一日休んでちょうだい。ミシェルには私から話しておくわ」

「シャーロット様、本当に大丈夫ですので!」

ケイシーが焦ったように慌てて断ろうとするが、大切な侍女の体調不良を見過ごすわけにはいかない。安心して休暇を取ってもらえるようにシャーロットは主人として命じようとしたが、その前にカイルが口を挟んできた。


「ロティ、ケイシーがそう言うなら好きにさせてやったほうがいい。休むほうが——精神的に辛いこともあるだろう。近頃は遠慮しなくなったようだしな」

最後の言葉はよく分からなかったが、その隣では何故かネイサンが無言で頷いているし、ケイシーはほっとしたような表情を浮かべている。納得がいかないシャーロットの気持ちを逸らすように、カイルはテーブルに置かれた書状を手で弄んだ。


「それより問題はこっちだな。急な参加者の変更はままあることだが、わざわざ彼らが来るのは何を企んでいるのやら」

リザレ王国から届いた書状には当初参加予定だった外務大臣夫妻の代わりに、ラルフ王太子と聖女カナに変更となった旨の知らせと、連絡が遅くなったことに対する詫びの言葉が綴られていた。


すぐさま破り捨てようとしたカイルをネイサンが止めて、何か心当たりがないかシャーロットに確認するため、二人はシャーロットの元を訪れたのだ。

シャーロットがラルフの元婚約者だということは周知の事実であるにもかかわらず、わざわざ二人でエドワルドを訪れると言うのだから、書状を読んだ時はシャーロットも呆れてしまった。


(非常識というより帝国に対して礼を失していると思わないのかしら)

傍から見れば帝国と友好的な関係を築くために侯爵令嬢であるシャーロットとの婚約が結ばれたのに、元婚約者がさほど時間を置かずに会いに来るとなればどんな風に曲解され誤解を招くことになるのか。

考えるだけで頭が痛くなるようだったが、カイルは不機嫌そうな表情で言った。


「――国境で追い返すか」

それは流石に外交上よろしくない。冗談かなと思ってカイルの表情を見るがどうも本気のようだったので、シャーロットはネイサンに視線で訴えてみる。

「一応王族ですので、あまりよろしくないご対応かと。既に出立しているタイミングでの参加者変更も大概失礼ですが、追い返すまでの理由にはなりませんね」

パーティーまであと5日、招待状を送ったのはエドワルド帝国であり書状の送付が遅れたことが参加を拒否する理由にはならない。


婚約解消以来、二人のことは勿論王宮内の話は一切入ってこなかったため内情は分からないが、失礼なだけでラルフやカナが何か企んでいるとは思えなかった。

二人の傍に諫めてくれる家臣がいないのか、もしくは王室の独断なのか分からないが、サイラスが知っていれば止めてくれた気がする。

直接話を聞くまでとは思いつつも、カイルに悩みを打ち明けた日以降サイラスに対する不信感は和らいでいた。


「ラルフ王太子殿下もカナ様も悪い方ではありませんわ。私個人の印象ですが、何か理由があったとしても、エドワルド帝国に良からぬ企みを抱いているようには思えないのです」

ラルフは次期王としては少々気が弱い一面があり、大国相手に無理を通したり強く主張ができるような性格ではない。カナも異世界からの人間ということで文化の違いはあれど、そこまで非常識な少女ではなく一定の礼儀を備えていた。

シャーロットの言葉に、カイル、ネイサン、ケイシーの三人はどこか困ったような視線を向けてくる。


「シャーロットは辛くないのか?」

「え?」

12年間ラルフの傍にいた時間が無駄になったことであれほど悲嘆に暮れていたというのに、カイルに問われて初めてそういえばと思い至ったのだ。

エドワルド帝国に来たのも一緒にいる姿を見たくないという理由だったのに、失念していた自分に驚いてしまう。


「あの、もう大丈夫です。カイル様がいてくださるので」

それは嘘偽りのない本心だった。二人の姿を思い浮かべても動じなくなったのは、カイルが心を砕き、シャーロットを大切に慈しみ愛情を与えてくれたからだ。


「はあ、俺の婚約者が健気で可愛い」

「声に出てますよ、陛下。惚気るのも大概にしてくださいね」

二人のやり取りにシャーロットが声を立てて笑うと、室内の雰囲気が和やかなものに変わっていく。


婚約者として仕事の一端を担うことへの緊張感はあったが、もっとカイルの役に立ちたいという思いが上回っていたためパーティーへの気負いはなかった。

だからラルフとカナに対してもそこまでの懸念は抱いておらず、特に問題はないだろうとこの時のシャーロットは思っていたのだ。

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