第43話 父の本心
「統一記念パーティーですか?」
ノルデ、ヴェストル、スオーレと争いの絶えなかった三国を初代エドワルド皇帝は武力ではなく優れた頭脳と交渉をもって平定したのだ。毎年行われている記念式典が1か月後に迫っており、シャーロットはカイルから仕事を依頼を受けていた。
「ああ、皇太后が采配を振るっているがロティにも手伝ってほしい。――来年からはロティが担当することになるからな」
嬉しそうな口調に、シャーロットはその言葉に意味に気づいて顔を赤らめた。
(来年の今頃は皇妃としてカイル様の隣にいることになるのだわ)
大国の皇帝であるカイルとの結婚は準備に時間がかかるため、一年後に予定されている。カイルが可能な限り早めるよう指示をしたのでこれでも早いほうなのだ。
「はい、皇太后陛下のお役に立てるよう精一杯努めさせていただきますわ」
「それは頼もしいな。あの人のことだから、これ幸いとロティに仕事を押し付けるかもしれないが無理はするなよ?」
シャーロットに対する過保護さは変わらないが、こうやって少しずつ任せてくれる仕事が増えたことが嬉しい。カイルはテレーゼのことを警戒するような口ぶりだが、仲が悪いわけではないことをシャーロットは知っている。
カイルに想いを伝えた翌日にシャーロットはテレーゼに面会を申し出た。初めて会った時シャーロットの考えを母親として快く思っていないと告げられていたのだ。簡単に許されるとは思っていないが、カイルの母であるテレーゼに認めてもらえるよう今の気持ちを伝えたい。
そんなシャーロットの意気込みに対して、テレーゼの態度は実にあっさりしたものだった。
「あら、意外と時間が掛かったけどようやくなのね」
恐縮するシャーロットにお茶を勧めながら、テレーゼは言葉を続けた。
「いつまで経っても婚約者すらいない状態で、こっちはやきもきしていたというのにあっさり婚約者を決めたのよ?文句の一つや二つ言いたい気分だったけれど、貴女の気持ちはまだ整理がついていない状態で、あの子が右往左往している様子を見たら溜飲が下がったわ」
愉快そうに声を立てて笑うテレーゼの言葉に含みがある様子はない。それでもシャーロットは頑なな態度を崩さずカイルの気持ちを蔑ろにする言動を取っていたのだ。それに対する非礼を詫びると、テレーゼは鷹揚に頷いた。
「あの時の貴女には余裕がなかったのでしょうし、こうして謝罪に来てくれたのだからもう気にしないでちょうだい。私、息子の伴侶を苛めるような母親にはなりたくないのよ。あの子をよろしくね」
テレーゼの言葉に温かい母性を感じ取って、涙腺が緩みそうになる。テレーゼの眼差しは亡き母を思わせる慈愛に満ちたものだった。
「今年はロティのお披露目も兼ねて周辺諸国からの来賓を招くことになった。リザレ王国にも招待状を送っているから、宰相としてブランシェ侯爵が来るかもしれないな」
回想にふけっていたシャーロットはカイルの言葉にはっと息を呑む。思わぬところで父の名前が出てきたため反射ともいうべき反応だったが、カイルはそれを見逃さなかった。
「ロティ?」
心配そうな声に申し訳ない気持ちが湧くが、サイラスのことをどう説明してよいか分からない。それに父親に嫌厭されるような娘だとカイルに知られたくないという思いもあった。
「ロティ、俺は君の味方だ。話したくないことなら無理に聞き出すつもりはないが、俺が力になれることはないか?」
いつの間にか俯いてしまっていた顔を上げると、労わりに満ちた瞳を宿したカイルと目があった。頭を優しく撫でられる感触に不安や恐れが霧散していくようだ。
「カイル様——少しお話を聞いてくださいますか?」
そうしてシャーロットはずっと抱えていた痛みをカイルに打ち明けることにしたのだった。
婚約解消の晩に聞いてしまったサイラスの本音を言葉にするのは苦しかったが、たどたどしい口調のシャーロットの話をカイルは何も言わずに最後まで聞いてくれた。
「それは辛かったな」
慰めるように手を握りしめられて、涙が零れた。押し込めていた感情が溢れて止まらないシャーロットをカイルは抱きしめながら、あやすように優しく背中をさする。恥ずかしいのに嬉しくて身体の力が抜けていく。
「そのような会話がなされたことは事実なのだろうが、俺はブランシェ侯爵がロティを嫌っているとは思えないんだ」
ようやく涙が止まり落ち着いてきた頃合いを見計らってカイルが、慎重な口調で告げた。
カイルの胸に埋めていた顔を上げると、落ち着かせるように頭を撫でられる。以前は子供のようで気恥ずかしかったが、甘やかされているようで今ではすっかり心地よく感じるようになっていた。
「婚約を申し込みに訪問した時、実は一度侯爵に速攻で断られた。娘を二度と王族や皇族などにやらん、爵位が低くても娘を愛し幸せにするような相手でなければ認めないと言われてな」
「っ、お父様が……?」
仕事一筋で親子としての会話も必要最小限しかなかった。常に冷静な態度を崩さなかった父が激高したように放った言葉だったから、あれが本心なのだとシャーロットは思い込んでいた。
『辛い事や困ったことがあればいつでも連絡しなさい。――お父様はいつでもお前の味方だ、シャーリー』
だが邸を発つ前に言われた言葉には、慈しみの感情が込められていたのではないだろうか。
シャーロットはこれ以上傷つかないように、ずっと目を逸らしていたことに初めて向き合った気がした。
「ロティが話してくれたのが、侯爵が言ったそのままの言葉だとすればそれはラルフ王太子にも当てはまるんじゃないか?」
『あの無能が!よりにもよって婚約破棄など、不名誉にも程がある!!』
『これが落ち着いていられるか!何のために今まで我慢してきたと思っているんだ!』
期待と不安が入り混じって落ち着かない。
(お父様に嫌われていたことが悲しくて、申し訳なくて、苦しかったけど、もしそれが勘違いだとしたら……?)
「恐れながら発言をお許しいただけますでしょうか」
緊張した様子で声を発したケイシーにカイルが許可を出す。使用人の立場では本来主人との会話に割り込むことは許されない。それでも伝えたいことがあるのだと察したカイルがケイシーを咎めることはなかった。
「シャーロット様、旦那様のお部屋には現在12体のテディベアが置かれています」
「……テディベア?」
唐突に父親の私室の状況を知らされて、シャーロットは面食らった。そもそも12体ものテディベアとは、サイラスにそんな可愛いものを収集する趣味があったということなのか。
「毎年シャーロット様のお誕生日の贈り物として注文されては、やはりテリーの代わりにはならないだろうと渡せずにいるのです。邸にいる間は週に二度、どんなに忙しくとも必ず私にシャーロット様のことを報告を求めるのが習慣でしたし、その時の旦那様はいつも嬉しそうに目を細めておいででしたよ」
「お父様が……?」
今まで知らなかった情報の数々にシャーロットは呆然と聞き返すことしか出来ない。本当に自分の父親であるサイラスのことなのかと疑ってしまうほどだ。
「侯爵の立場ではすぐには難しいかもしれないが、一度話をする機会を設けよう。ロティのように可愛らしい娘を愛さずにはいられないと思うがな」
「……ご配慮くださりありがとうございます」
額に口づけを落とされて顔を赤く染めながらも、シャーロットはじわりと温かい気持ちに満たされていくのを感じていた。
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