第45話 評判と会話

記念式当日、カイルは来賓との会談で分刻みのスケジュールに追われており、シャーロットはテレーゼとともに同伴のご夫人たちとのお茶会を開いていた。

こうした機会に女性同士で交流を深め情報交換を行う場を提供することは、主催側としても大切なもてなしの一つなのだ。


「ヘリスト侯爵夫人、この度はお越しいただきましてありがとう存じますわ。そちらのイヤリングはまるで鈴蘭のように可憐で素敵ですわね」

「まあ、お分かりになって。私の好きな花だからと主人が記念日に贈ってくれたのよ」


愛らしいイヤリングだが一目で分かるような造形ではなく、事前に夫人の嗜好を知らなければ言及できなかったとシャーロットは笑みを浮かべながら内心安堵した。

今回の招待客の大半はシャーロットより年上のご夫人方であり、表面上は和やかだが突然カイルの婚約者に選ばれたシャーロットに興味津々といった様子が伺える。もちろん年長者であり社交に慣れている方々なので、その辺りの配慮もなされているが、用心するに越したことはない。

挨拶をしながらさり気なく会場全体に目を配り、不備がないか確認していく。


(カナ様の姿が見えないわね)

ラルフとカナが到着したとの報告は午前中のうちに受けていた。お茶会への参加は任意だが、社交のために参加するのが普通だ。

「リザレ王国からのお客様はどうしているのかしら?何か必要な物があれば準備するよう伝えてちょうだい」

ミシェルにこっそり伝えれば、既に事情を把握していたらしく表情を変えずに小声で返答があった。


「馬車の移動で少し体調を崩されていらっしゃるとのことです。お飲み物や果実類をお部屋にお届けしております」

「そうなのね。パーティーまでに治ると良いのだけど」

少しだけ気になったが、目の前のお茶会に集中するためシャーロットは意識を切り替えた。


会場は和やかな雰囲気で、歓談があちこちで行われている様子にシャーロットは胸を撫でおろす。移動がしやすいよう席次は決めておらず、自由に交流が行えるよう大人数用から少人数用とテーブルを準備していた。給仕する側は大変だが、使用人たちはさりげなくお茶やお菓子の交換を行い、参加者へのもてなしは問題なく行われているようだ。


シャーロット自身も社交を行うべく、どこかのテーブルに付こうと会場を見渡せば、テレーゼから目配せを受けた。

テーブルに向かうとそこには旧三国の領主夫人方が揃っていた。幸いにもシャーロットを見つめる眼差しは温かく、歓迎されている様子が窺える。

とはいえ社交に長けた彼女たちの本心までは分からないと気を引き締めつつ、シャーロットはカーテシーを取り挨拶をした。


「可愛らしいご令嬢ですわね、テレーゼ様」

「カイル陛下がなかなかご婚約者を選ばれなかったのも頷けますわ」

微笑とともに好意的な言葉を掛けられて、シャーロットも微笑みながら言葉を返す。

「浅学非才の身ではございますので、皆様にご教授いただければ嬉しく思いますわ」


謙遜ではなく本心からの言葉であった。本来社交は苦手なところであり、王太子妃教育のおかげで最低限の対応は出来ているはずだが、リザレ王国のカーリナ王妃から褒められたことは一度もない。教育の一環としてカーリナの代わりに準備する機会も多かったが、どんなに頑張っても至らない点を指摘されてそのたびに落ち込むのが常だった。


今回はテレーゼが一緒に手伝ってくれたため不安はなかったが、いざ任された時に失敗してしまえばカイルにも迷惑が掛かってしまう。

経験豊富な領主夫人から教えてもらえることがあるのなら、積極的に学びたいとの思いから深く下げた頭を上げれば、困惑したような雰囲気が流れている。

初対面で不躾な言葉だっただろうかと落ち込みかけた時、最初に口を開いたのはテレーゼだった。


「シャーロットさん、そんなに心配しなくても大丈夫よ。今回のお茶会だってほとんど貴女が準備したようなものだわ」

「ええ、テレーゼ様から会場の配置や提供する茶菓子、どこに座っても素敵な景観が楽しめるようなセッティングまでシャーロット様の指示によるものだと聞いているわ。だから私たちも感心していたの」

思いがけない評価にシャーロットは慌てて説明した。


「それは皇太后陛下がご助言くださったお陰ですわ」

自分一人では無理だったのだと伝えようとするのだが、何故か全員の反応は変わらない。

「初めてなのに、私から教えることは殆どなかったわ。何だか身内びいきのようになってしまうけれど、シャーロットさんのお陰で今回は随分と楽をさせてもらったのよ?」


思いがけない言葉にシャーロットは言葉が出ない。来客の前でもカーリナ王妃は遠回しにシャーロットの努力や取り組みを否定するような発言をしていた。帝国はそれ以上のものを要求されると思っていたのに、こんな風に感謝してくれるなど思ってもみなかったのだ。


「皇太后陛下、とても嬉しゅうございますわ。こんな風に褒めて頂いたのは初めてで——ありがとう存じます」

潤んだ瞳と赤らめた頬で嬉しそうに礼を言うシャーロットは、そんな自分の言動がその場にいる全員の好感度を上げたのだと気づかない。


「カイル陛下は本当に良い方を迎えられましたね。もっとも彼の国にとっては大きな損失ですし、今は色々とご苦労されていると聞いておりますわ」

スオーレ領主夫人であるサンドラが僅かに声を潜めて言った。

「あら、それは当然でしょう。妃となるのに相応しい知識や経験は一朝一夕に身に付けられるものではありませんもの」

固有名詞を避けているものの、それがリザレ王国のことであり、苦労しているのはカナだろうと察しがつく。


「全てあの方に非があるとは思わないけれど、素養がない分大変でしょうね。それでもその地位を望んだ以上、仕方のないことですけれど」

サンドラの言葉にシャーロットは違和感を覚えた。教育を終えていないのであれば、リザレ王室がカナを公の場に出すことはないだろう。にもかかわらず随分と内情に通じている様子を訝しんでいると、サンドラの口元が弧を描いた。


「うふふ、シャーロット様は本当に聡い方ですこと。一応色々と伝手があるのだけれど、リザレ王国には可愛がっている遠縁の娘がいるの」

もちろん彼女からは差し障りのない話しか聞いていないのだけど、と付け加えてからサンドラは話を続けた。

「王太子殿下のやり方に不満を持っている貴族子女は多くいたそうよ。公の場で貶められたシャーロット様に対して申し訳なく思っている方々もね」


(もしかして私、スオーレ領主夫人に試されていたのではないかしら?)

不意にそんな考えが浮かび、これまでの会話を思い返せば、あながち間違っていない気がしてくる。


会話の中から匂わせた違和感に気づけるかどうか、相手の言葉を流さずに少ない情報から答えを見つけられるかで、情報の質は大きく変わる。

カイルの隣に立つ皇妃としての資質を見極めるための会話であり、シャーロットが正しく読み取ろうとしたためにその褒美として婚約解消に対して賛同していた者ばかりでないことを教えてくれた、そんな気がした。


「スオーレ領主夫人、ご教示のほど感謝いたしますわ」

会話の運び方と情報提供の両方に対しての礼だと分かるように言葉を選べば、サンドラは満足そうな笑みを浮かべた。


その後は領地の近況などについての話題へと移っていったが、シャーロットの胸には母国に対する微かな懸念が生まれたのだった。

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