第40話 繋がる想い
カイルが人払いを命じたため、室内にはシャーロットとカイルだけが残された。
(カイル様にどう気持ちをお伝えたら良いのかしら……)
二人きりになった途端、シャーロットは急にそわそわと落ち着かない気分になった。
自分の想いを告げる決意をしたものの、伝え方まで考えていなかったことに気づいて内心狼狽する。
(お慕いしております、で伝わるわよね?あ、愛しておりますは流石に恥ずかしいというかまだ早い気がするわ……)
「ロティ」
頭の中で言うべき言葉を考えていると、良く通る低い声がシャーロットを呼んだ。ただそれだけの事なのに高揚感を覚えて顔を上げれば、カイルはどこか固い表情を浮かべている。
「話があると言ったが二人きりでない方が良かったか?嫌なら君の侍女を呼び戻すし、……面と向かって言いにくいのであれば人を介すなり手紙を書くなりして伝えてもらっても構わない」
淡々とした口調に迷惑なのだろうかという不安がよぎったが、カイルの憂いを含んだ瞳に気づいた。
先ほどまでの言動を振り返って、シャーロットはまだカイルに対して何の好意も示していないことに思い至る。カイルは今回の件を謝罪していたし、シャーロットにとって良くないことだったと思っている節があるのだから、良い話ではないと思い込んでいるとしても不思議ではない。
誤解を早く解かねばと思ったシャーロットは、焦りのあまり言うべき言葉がどこかに行ってしまった。
「カイル様っ、好きです!」
ぽかんと目を丸くして呆気にとられた表情のカイルを見て、シャーロットは言葉選びを間違ったことに気づく。
「ロティ……それは」
「あの、違うのです!これは——」
たちまち頬が熱を帯びて恥ずかしさに居たたまれない。肝心のところでやらかしてしまった自分に、今すぐこの場から立ち去りたいぐらいだ。
「はっ、そうだよな。ロティが俺のことを好きなはずがない」
明らかに落ち込むカイルを見て、シャーロットの動揺に拍車が掛かる。きちんと想いを伝えたい気持ちと羞恥に染まった顔を見られたくないという気持ちが葛藤した結果、シャーロットはカイルの胸の中に飛び込むという行動を選択した。
「ロ、ロティ?!」
動揺したようなカイルの声が頭上から聞こえるが、シャーロットはもう後戻りはできないのだと半ば開き直った気分で口を開いた。
「あの、いまさらとお思いになるかもしれませんが……私、カイル様をお慕いしておりますわ」
思っていたことを言えたという安堵から力が抜けそうになる。
ふわりと香るカイルの匂いに安心感を覚えるようになったのはいつからだろうか。そんなことを考えつつ視線を下に向ければ、自分の手がカイルのシャツを掴んでいるのが視界に入った。
(これは、はしたない行為ではないかしら……)
傍から見ればシャーロットがカイルに縋りついているように見えるだろう。ふわふわと熱に浮かされた思考が落ち着きを取り戻せば、淑女としてあり得ない自分の行動に愕然とする。我に返ったシャーロットが手を緩めようとした時、力強い腕が背中に回されたかと思うと熱い体温に包まれた。
「っロティ、ロティ——愛している」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられたまま、耳元で囁かれる切実な熱のこもった声にぞくりとする。求められているということが直に伝わってきて歓喜で身体が震えた。
「――ロティの気持ちは嬉しいんだが、無理していないか?ステフから何か辛辣なことを言われたんだろう?」
しばらくして腕の力が緩み顔を上げると、心配そうな表情のカイルと目が合った。美しい青い瞳がどこか不安げに揺れているのを見て、シャーロットは思わず手を伸ばした。
「気づくのが遅くなりましたが、私はステフ様とお話する以前からカイル様のことをお慕いしておりましたわ。少なくともカイル様がカイだと知った時には既に恋情を抱いておりましたもの」
テリーが戻ってきてから、カイルがカイと分かってからずっと落ち着かない気持ちを抱えていたのだ。
そんなある日カイルのことを考えていて、窓ガラスに映り込んだ自分の姿は恥じらいながらも嬉しそうな笑みを浮かべていたのだ。その表情に何故か戸惑いを感じたことをよく覚えていた。
どこかで見たことがあると思っていた表情は、カナがラルフを見つめていた時のものだと今なら分かる。
(あら、これは気のせいかしら?)
安心して欲しくて何となくカイルの頬に手を当てていたが、指先が急に熱を帯びたように感じる。カイルは視線を逸らしながらもシャーロットの手を除けるようなことはしないが、口元に手を当てて目を伏せた。
よく見れば僅かに顔が朱に染まっているようで、シャーロットはつい訊ねてしまった。
「……カイル様、もしかして照れていらっしゃるのですか?」
「仕方がないだろう。これは可愛いことを言うロティが悪い。全く君はどれだけ俺を夢中にさせるつもりなんだろうな」
再びぎゅっと抱きしめられて、シャーロットは真っ赤になった顔を見られずに済んだことを内心安堵しながらも、大切な人の温もりに心からの幸福を感じたのだった。
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