第39話 正体

(まさか、そんなこと……)

ステフの声は令嬢というには低すぎる。あり得ない想像にシャーロットはただ目を瞠るばかりだ。


「そんな泣きそうな顔をして笑う意味、どこにあるんです?陛下を拒否しておいて他の令嬢が現れた途端、惜しくなりましたか?」

おかげで嘲るような口調や攻撃的な内容に傷つく余裕がなかったともいえる。だがステフの言葉が的を射ていることは理解できたし、自分の醜い心を言い当てられてシャーロットは何も答えることが出来ない。


「ステフ、八つ当たりはみっともないわ」

窘めるようなアグネスの口調は既に侍女のものではなく、ステフは不貞腐れたような表情を隠さない。


「――これ以上主人を、皇帝陛下の婚約者であられるシャーロット様を貶めるような発言はお控えくださいませ」

ケイシーはシャーロットを守るように一歩前に出ると冷やかな口調で言葉を重ねた。

「それから、どうしてそちらの方はご令嬢の恰好などしていらっしゃるのか、ご説明をいただけないでしょうか?」


「ええ、良いわよ。でもその前にシャーロット様にお伝えしたいことがありますの」

これまで無表情だったアグネスは、いまや優しい表情をシャーロットに向けている。

「これは陛下のご意思ではなくネイサン様の企てによるものですから、そこは誤解なさらないでくださいな」

カイルが積極的に進めたことだと初めから思っていなかったシャーロットは、無言で頷く。


「今はロラン家に嫁いだ身ですが、私はバルト伯爵家の長女のアグネスと申しまして、これは弟のステファン・バルトですわ。これまでの非礼をどうぞお許しください」

「俺は謝罪するつもりはありません。俺がこんな格好をするはめになったのはシャーロット様が原因ですから」

苛立たしい態度を隠そうとしないステファンに反応したのはケイシーだった。


「シャーロット様がバルト伯爵令息様にご令嬢の姿をするようお命じになったわけではありませんわ。責任転嫁など見苦しい真似はお止めになったらいかがですか?」

「なっ、責任転嫁だと!陛下のお気持ちを無下にしておきながら、勝手に悲劇のヒロインぶっているのは貴女の主人のほうだろう!」


「ステフ、貴方——」

「ケイシー」

アグネスがステファンをシャーロットがケイシーを止めようとした時、ノックもなく扉が大きな音を立てて開いた。

一瞬全員が動きを止めた後、皇帝の登場に各々然るべき作法で敬意を示す。もっともステファンはドレス姿でありながら淑女ではなく騎士のように膝をついている。


「これは俺の責任だな。皆には迷惑を掛けて済まなかった」

カイルの言葉にステファンが弾かれたように顔を上げた。


「陛下に非などございません。そのような謝罪は不要でございます」

「そう言ってくれるな。ネイサン、ロラン夫人とステフを頼む。――シャーロット、少し話を聞いてくれるか?」

シャーロットもカイルに話さなければならないことがある。だが了承の言葉を口にする前に、声を上げたのはアグネスのほうが早かった。


「恐れながら申し上げます。今回の件については私のほうからシャーロット様にご説明させて頂きたく存じます」

第三者から語る言葉のほうが主観を交えず、誤解を生じにくいのだと主張したアグネスに、カイルは許可を与えた。



「ネイサン様は私達の又従兄に当たりますの」

幼少の頃から弟のステファンは妹と間違えられるほど女性的な顔立ちで、アグネスも面白がってドレスを着せて遊んでいた。今回ステファンを女装させることを思いついたのは、ネイサンがそれを覚えていたからだ。


当の本人は成長するにつれてそんな見た目を嫌って、騎士団に入団しカイルの熱烈な信奉者になったのだが、まさか自分のコンプレックスが役に立つことになろうとは皮肉というしかない。カイルのためでなければステファンは絶対に拒否しただろう。


「このとおり口は悪いし短気だし気品の欠片もございませんから、そのままでは上手くいくはずがありませんでしたわ」

サポートする人間が必要なことから、姉のアグネスが侍女として離宮入りすることになった。


話を聞いた時には正直何を考えているのだろうと呆れた。バレた時のことを考えれば状況はむしろ悪化する。

ネイサンは頭が良いのに色恋に関しては点で駄目なのだな、と思いながらもアグネスがこの計画をやめるよう進言せずに、改善案を出すことにしたのはアグネス自身、興味があったからだがそれは心に留めておく。


「ネイサン様は女心に関しては少々疎くいらっしゃいますから、私が間に入ることで無理のない形で進められたらと思ったのです」

恋心を自覚させるなら言葉を尽くし、本人の心に訴えかければいい。時間が掛かるがそれが最善だというのに、ネイサンは手っ取り早い方法を選択しようとしていた。


「シャーロット様のお気持ちを理解するために、まずは交流を深めようと思ったのですが、短気な愚弟の暴言でいたずらに御心を乱すことになってしまって申し訳ございません」

「ステファン、シャーロットに何を言った?」

カイルの怒りを感じ取ってステファンは表情を強張らせる。


「カイル様、お待ちください。ステフ様は私に助言をくださっただけですわ。ロラン夫人、ステフ様、この度は私の不甲斐なさゆえにご迷惑をお掛けいたしました」

ステファンはシャーロットのカイルに対する態度に苛立ち、感情のままに言葉をぶつけてきたが、カイルを慮っての発言だった。それなのにカイルから叱責されてしまうのはシャーロットとしても本意ではない。彼らのおかげで大切なことに気づくことが出来たのだ。


(もしもまだ許されるのであれば——)

シャーロットを見つめるカイルの眼差しに気遣うような色が混じっており、シャーロットに勇気を与えてくれる。

「カイル様、お話したいことがありますの」

心に秘めようとした想いを伝えるため、シャーロットは真っ直ぐにカイルを見つめて言った。

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