第38話 独占欲のような感情
お茶会は最初から不穏な気配を孕んでいた。
「本日はお招きいただきありがとうございます、ステフ様」
シャーロットの挨拶にステフは頭を下げたが、座ったままで一言も発しない。
「ようこそお越しくださいました。ステフ様は未だ声の調子が整わず、カーテシーもままならないため不躾な態度をお許しくださいませ」
よどみなく答える侍女アグネスの発言に後ろに控えているケイシーから怒りの気配が伝わってくる。シャーロットとてこの状態で招待するほうが非礼なのではと思ったが、相手の出方を窺うために出向いたのだから、それは一旦置いておくしかない。
「そうなのですね。ステフ様とお話できることを楽しみにしておりましたのに」
「ええ、ステフ様も同じお気持ちですわ。ですから本日はシャーロット様のお話をお聞かせくださいませ」
試されているかのような質問に、シャーロットは微笑みながらも気を引き締めた。
皇妃教育の傍ら社交に大切な流行り物や話題を確認していたものの、生粋のエドワルド帝国令嬢と比べればまだ十分とはいえない。かといって自国について話せば、相手に格好の話題を提供することになる。
(リザレ王国についてこの国の方々が一番の知りたいことと言えば、私の婚約解消のことでしょうから)
どんな事情があれど、婚約解消はシャーロットの瑕疵で弱みであった。他家がいない極めて私的なお茶会とはいえ、どこでどう話が歪められ広まっていくか分からない。
ステフが紅茶に口を付けたのを見て、シャーロットもカップを手に取る。差し障りのない話題として準備された茶菓子は最適だ。
「柑橘系のような香りと爽やかな甘みが素晴らしいですわね」
「お口にあいまして何よりですわ。ベイール近郊にある茶園で収穫した茶葉ですの。そうえいえばシャーロット様は先日ベイールをご訪問なさったと伺いましたわ」
「ええ、とても素敵な場所でしたわ」
思わぬ形で別の話題を提供され、シャーロットは戸惑いつつも肯定した。
「いつか訪れてみたいとステフ様もおっしゃっていましたわ。どんな場所だったか教えていただけないでしょうか?」
(カイル様とどんな風に過ごしたか、探りを入れられているのかしら?)
どこまでネイサンから告げられているか分からないが、側妃候補としてステフを離宮入りさせたのだから、その関係は良好のはずがない。
一方ステラは先ほどまでとは打って変わって目を輝かせており、これはカイルについて知りたいという期待の表れだろう。ある意味素直なのだが、そこに嫉妬や羨望と言った感情が含まれていない気がして、どうしてもちぐはぐな印象を拭えない。
「自然豊かな場所で、少し散策すれば森に生息する動物を見ることが出来ましたわ。それに星空が——幻想的でこれまで見た中で一番美しいと感じましたわ」
星空を思い出すのと同時に口づけされそうになったことを思い出し、一瞬動揺してしまった。不審に思われただろうかと様子を窺えば、ステフはアグネスの袖を引き、扇子で口元を覆いながら何か囁きかけている。
「陛下はどのようにお過ごしになられていたのでしょうか?」
ベイールがどういう場所なのかよりもカイルのことが気になるのは当然だろう。
(そういえば、カイル様はどのように過ごしていらっしゃったのかしら?)
いまさらながらそんな疑問が湧き、自分のことばかりでカイルのことを気に掛けていなかったことに気づいた。シャーロットが気を遣わず安心して休息を取れるように細やかな配慮をしてくれたのに、当然のように受け取っていただけの自分が恥ずかしくなる。
「散策や読書を嗜まれておりましたが、時々お仕事もなさっていたようですわ」
知らないと言えず、分かっていることだけを端的に伝えるとステフはつまらなそうな表情になった。
「それでは陛下は狩りをなさらなかったのですね。腕が鈍るからと鍛錬を欠かさずにいらっしゃるのに」
意外そうに告げるアグネスの言葉にシャーロットは一つの疑念が生まれた。
(もしかして側妃候補はステフ様ではなく、アグネスではないのかしら?)
もしくはどちらも候補なのかもしれない。アグネスの所作は美しく貴族としての教育を受けているのは間違いなく、側妃として見初められる可能性を見込んでステフとともに離宮入りしたのではないだろうか。
ネイサンのことをあまり多くは知らないが、効率的に物事を進めそうなタイプだという気がしていたのでその推測は間違っていないような気がした。
(側妃は一人でなくても良いのだわ)
ステフだけでなくアグネスも側妃になり得る可能性がある。そうなればカイルがシャーロットと顔を合わせる機会もますます減ってしまうだろう。
(そんなの嫌……)
湧き上がる感情にシャーロットは慌てて蓋をするが、アグネスからの質問に息を呑んだ。
「シャーロット様と陛下が出会ったきっかけをお伺いしたいですわ」
「……!」
問われて初めてそれが一番触れて欲しくなかった話題だったと気づく。あれは自分とカイルだけの大切な思い出で大事にしまっておきたい記憶だ。他人に簡単に共有したくないという独占欲のような感情にシャーロットは言葉を紡ぐことができない。
「シャーロット様?」
(微笑まなくては——)
ラルフから唯一認められた、何を考えているか分からない上品な笑みを浮かべることが今のシャーロットに出来る最善の選択だった。それなのに目頭が熱く、口角が引きつる感覚がある。
「シャーロット様、貴女は何がしたいんですか?」
初めて聞くその声にシャーロットは絶句した。
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