第21話 看病

目を覚ますと部屋に差す光が弱く赤みを帯びている。流石にまる1日眠ってしまったとは思わないので今は夕方なのだろう。

眠れないと思っていたのにしっかりと睡眠を取ったお陰で、身体の重だるさがなくなり気分も良くなっていた。


「起きたのか。気分はどうだ?」

不意に隣から聞こえてきた声に驚いて顔を向ければ、カイルがベッド脇の椅子に座っているではないか。

(え、どうして陛下がここにいらっしゃるの?!)

驚きのあまり固まってしまったシャーロットをよそに、カイルはシャーロットの額と頬に手を当てる。


「熱はないようだな。顔色も随分と良くなった」

真剣な眼差しが和らぎ、明らかな安堵の表情を浮かべるカイルに対してシャーロットは未だに動揺していた。

「は、はい。陛下のおかげで——」

ここでようやくシャーロットは横になったままの状態であることに気づいた。慌ててベッドから降りようとすれば、布団を肩まで引っ張って寝かしつけられる。


「安静にしていなきゃ駄目だろう。痛みや不調があれば正直に言うんだぞ」

すっかり小さな子供扱いをされているような気がする。ようやく落ち着きを取り戻したシャーロットは気になっていたことを尋ねた。

「はい。あの、陛下は……まさかずっと傍にいてくださったわけではありませんよね?」

多忙な皇帝の時間を費やさせてしまったとあっては申し訳が立たない。


「ああ、残念ながらどうしても外せない会議があって一時間ほど席を外した。その間は君の侍女がずっと傍で見守っていたそうだ」

「煩わせてしまって大変申し訳ございません」

思った以上に長時間付き添わせてしまったことに、罪悪感と自己嫌悪が押し寄せる。

それに気づいたカイルは苦笑しながらシャーロットをあやすように頭を撫でた。


「俺にとって息抜き、というか役得みたいなものだ。寝ている時の顔もあどけなくて愛らしかった」

「……!」

ただでさえ気恥ずかしかったのに嬉しそうに告げられて顔が一気に熱くなる。思わず両手を頬に当てれば、くすりと笑う声とともに頭をわしゃわしゃと撫でられた。


「幸せにすると誓ったのに俺は負担ばかりかけているからな。ロティはもっと我儘を言ってもいいんだぞ」

思いがけない言葉にシャーロットは目を丸くした。


「負担などとんでもございませんわ。私自身が望んだことですし、このように穏やかな日々を過ごせているのは陛下のおかげですもの。陛下には感謝しかございませんわ」

「俺の愛しい婚約者は欲がないな」

笑みを深めたカイルはシャーロットの手の甲に口づけを落とす。


(陛下はどうしてこんなに私に心を傾けてくださるのかしら?)

以前からシャーロットに想いを寄せていたというアイリーンの言葉を思い出す。

「あの、陛下——」

今なら聞けるかもしれない、そう思ったシャーロットが口にしかけた時、くぅとお腹がなった。

静かな部屋の中でその音はことさらに大きく聞こえてカイルの耳に届いたのは確実だ。


「腹が減るのは健康な証だ。何か食べる物を準備させよう」

羞恥のあまり布団の中に潜り込んだシャーロットの耳に朗らかなカイルの声が届く。淑女らしかぬ行為であることは承知しているものの、シャーロットはカイルと顔を合わせることが出来ずひたすら布団の中で丸くなった。



しばらくすると美味しそうなスープの香りがして、また鳴りそうなお腹をぐっと押さえる。

「ロティ、準備が出来たぞ」

カイルには出て行って欲しかったが、流石に皇帝に対してそんなことを言えない。

顔を出せばいつの間にかベッドの横に小さなテーブルがセットされ、湯気の立つスープとパンを添えたトレイが置かれている。


「ロティ」

何故か当然のように差し出されたスプーンに、シャーロットは俯いていた顔を上げる。

「陛下のお手を煩わせずとも、一人で食べられますわ。これ以上迷惑をお掛けしては申し訳ございませんもの」

何とか毅然とした態度を伝えたにもかかわらず、カイルはにやりと何か企んでいるような笑みを浮かべる。


「さっきから呼び方変わっているのに気づいていないな。だから俺はロティに食事を食べさせる権利がある」

以前のお茶会では名を呼ぶことが世話を焼かせない条件だった。普段は気を付けていたのにうっかり失念していたようだ。

「失礼いたしました、カイル陛下」

「陛下はなしだ、ロティ。ほら、口を開けろ」


助けを求めるように室内を見回すが、誰もいない。そうなればシャーロットはカイルの言葉に従うしかなかった。

ほろほろに煮込まれた鶏肉や小さくカットされた野菜は食べやすく優しい味がする。

(美味しい……)

もぐもぐと口を動かすシャーロットにカイルは満足したように頷いた。せっせと差し出されるままに口を開けて、半分ほど食べ終えたところでようやくシャーロットは声を上げる。


「あの、カイル…様のお食事は?」

呼び方を少し変えただけなのに親密さが一気に深まった気がした。カイルが嬉しそうな笑みを見せたこともそう感じる要因なのかもしれない。

「腹が減ってないし後で食べるさ。ロティはまだ食べられそうか?」

こくりと頷けば嬉しそうに口元にスープを差し出される。ひどく甘やかされていることが落ち着かないのに、胸の奥がじわりと温かい。


食事を終えるとそのまま寝かしつけられた。そのため、シャーロットは口にしかけた質問を再び尋ねるタイミングを失ってしまった。

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