路地裏の決闘
喜慈の会での活動中だ。
今日は亀茲山ではなく、住み慣れた地域の街路清掃活動をしていた。地域に根付いたコミュニティであることを示し、組織の社会的な価値を高めるための活動らしい。汚れても良い、動きやすい服で来てくれとの話だったから学校指定のジャージで集合した。着替えも別に用意してある。夏祭り直前と、直後。その二回に分けて清掃活動は行われているようだ。
戌居君は猿田さんとのデート……もとい勉強会のため不参加だった。社会を守るための活動よりも、身近な幸せを選べる彼に拍手である。社会全体の幸福の総量を増やすには、個人レベルでの幸福を維持することが不可欠だからね。などと適当なことを言ってみる。まぁ普通に楽しいことを優先してほしい。誰もが身を犠牲にして成り立つ社会など滅びてしまえばいいのだ。
社会人の面々は、学生の身分で夏休みを手にしている僕らが羨ましいようだった。
「仕事ってそんなに大変なんですか」
「人による、としか言えないなぁ」
「サボり倒す奴もいれば、頑張りすぎて倒れる奴もいるし」
「忙しいって言いながら、一日中スマホでゲームしている奴とかな」
「天童少年。仕事の話題はおっさんの愚痴大会になるから止めとけ」
年上の大人達の悲喜こもごもの話を聞きながら、僕は静かに頷く。
世の中には、知りたくもないことがいっぱいあるようだ。
大人達と別れて、路地裏のゴミ拾いに移る。大通りから少し離れただけで、驚くほど静かになった。カチカチと鳴らした火ばさみの音が心地よく感じるほど、静寂が耳に痛い。ビルの影に隠れるように転がるゴミを拾ってゴミ袋へ放り込んだ。カサリ、とビニール袋が風になびく。この辺りが丁度いいな。
僕の後ろを、雉畑が追ってきていた。不用心、と彼女が小声で呟いたのが耳に届く。鬼児の会の話は、喜慈の会にも広く浸透していた。裏切り者が動くならそろそろだろう、と戌居君は言っていた。根拠はなく、勘によるものだとも。でも、僕もその意見に賛成だ。そして、最初に狙われる相手にも目星がついている。もしも僕が喜慈の会に入り込んだスパイで、内部の人間を襲撃するなら。
「……どうしたの?」
「いや。野生の勘ってすごいものだと思って」
「は?」
首を傾げた彼女を思いきり引き寄せる。
彼女がいた空間に向けて、火ばさみが振り下ろされた。
突然のことに目を白黒させる雉畑を、今度は後ろに向かって突き飛ばす。男が突き出した火ばさみを、僕の持つ道具で弾き飛ばす。動体視力を限界まで引き絞って得た情報は、彼の持つ火ばさみの先端が鋭く尖っている、ということだった。どうやら今日に備えて小細工を施してきたらしい。そんなことするより、小型のナイフを持ち歩いた方がいいと思うんだけど。
「完全に思考を読むなんて無理だよねぇ」
守るだけでは攻められる。斬り返すと、相手の男は僕から距離を取った。相手は命を賭した戦いに興奮を覚えるような奴だ。その考えを読み取れるとしたら、同じ思想の持ち主にならなきゃいけない。
そんなの、僕は御免だった。
「えっと。誰でしたっけ。名前を憶えてなくて」
「……別に、覚える必要もないだろ?」
「やだなぁ。同じ組織の一員じゃないっすかぁ」
雉畑を襲った男は喜慈の会のメンバーだった。
嶋中先輩と話している姿も見たことがある。彼が内通者だとは知らなかったし、彼だけが内通者だとも思っていない。周囲に他の人影を探したが、今日は彼一人で僕達を襲撃したようだ。自信があるのか、楽しみを他人に奪われたくないだけか。ともかく、僕にとっては都合がよかった。これで個対複数の状況を作れる。それには雉畑の助力が必要だけど、果たして、どうなるかな。
まだ混乱している雉畑のためにも、男に話を聞いてみる。斬りつけを躱しながら、届くか怪しい拳を振りかざす。相手は間合いをしっかり把握して、僕の攻撃が届かない位置をキープする算段のようだ。
「どうして雉畑を狙ったんですか?」
「”お前達が内通者だから”」
「なるほど。完璧なロジックですね」
僕を倒せない点に目を瞑ればだけど、な。
短刀術でもやっていたのか、男の突きは的確だった。僕が無暗に振り回す火ばさみはかすりもしないのに、男が持つ火ばさみは僕の肌すれすれを掠めていく。ジャージに引っ掛かって、少し破れてしまった。これは言い訳が出来ないな。家に帰ったら頑張って裁縫しないと、学校に持っていったときに笑われてしまう。
「ちょっと……あなた達……!」
「何? 止めたいなら実力行使で頼むよ」
雉畑は交戦する僕らから距離を取っていた。やはり実戦には慣れていないのか、彼女の足が震えている。隙あらば助太刀に入る構えを見せていたけど、まだ踏み込めない。助けを呼ぼうと携帯を取り出して、すぐに固まる。内通者が一人じゃない可能性に気付いたようだ。まぁ、当然と言えばそうか。
何度目かの打ち合いを経て、男が僕に話し掛けてくる。
「俺が内通者だと分かっていたのか?」
「いいえ。全然」
「その割には落ち着いているな」
「襲うなら雉畑だと思っていたので」
僕の台詞に、男が頬を歪めて笑う。僕を同族だと、そちら側の人間だと理解したらしい。失礼な人だな。
斬りつけを躱して、僕は男の膝へ向けて蹴りを繰り出した。姿勢を崩した男へ向かって火ばさみを振り下ろす。男の防御は素早く、金属同士のこすれ合う音が耳にこびりついた。不快感ばかりが募っていく。僕が望む強い相手との戦いは、こんな命を弄ぶものじゃないのだけど。
「そこの子、逃げなくていいのかい」
男が雉畑へとヤジを飛ばした。
僕を助けるでもなく、ただ立ち尽くすだけの雉畑を揶揄いたいようだ。だから僕は、雉畑を庇った。見て見ぬ振りは悪徳だけど、手を出せない状況で耐える才覚も必要なのだ。冗談を本音の上に塗り固めて、僕は男に言い放った。
「雉畑は逃げないよ。僕のこと好きだからね」
「は? ばっっっかじゃないの?」
「……否定されているけど?」
「ハハハ、照れ隠しですよ」
本当に僕を嫌っているなら、これを好機に背中を蹴りつけてくるだろう。僕ならそうするから。
男が背後へと回った雉畑に注意を反らした隙に、顔へ拳を叩き込む。当然、試合では禁止技に指定されている。それでも僕が拳で男の顔を殴ったのは、決意の表れだった。他人を傷つけるために暴力を振るう人間を減らして、僕は正しく生きていく。そのための武術だ。
顎に二発、綺麗なのが入った。
それでも倒れない男へと、僕は必殺の一撃を放つ。
「それじゃ、お休み」
話の続きは留置所で聞こう。
また百茂に会えるかな、と考えながら放った蹴りが男の喉を打ち抜いて、彼は白目を剥いて倒れた。雉畑が感嘆と嫉妬を混ぜた唸り声を上げているのを聞きながら、僕は男の腕を縛り上げるのだった。
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