雉畑と僕と、それから

昼飯時

 嶋中先輩の信頼できる相手に情報を伝え、数珠繋ぎに拡散していく。


 暗中模索の毎日が続く。鬼児の会に目立った動きはなく、喜慈の会も週末の山狩りを続けていた。パトロールのみならず、ゴミ拾いや倒木の撤去なども活動に含まれている。意外とやることは多くて、退屈しない夏休みだ。


 亀茲山での活動は結構楽しい。

 課外活動をやっている気分だ。


 だけど、僕らは学生だ。本分である勉学を疎かにしてよい理由はなく、サボった分だけツケを払うことになる。僕は補習も終わらなくて、夏休みの間も毎日のように学校へ顔を出していた。出席日数が少ない僕は部活よりも優先するように指示が出ていて、補習の日は部活を休んでいる。


 宿題もマメにこなして、課題は期限がくる前に終わらせた。

 課題を確認する先生の方が、山積みの仕事にげんなりしている。


「そして、なぜか雉畑がいた」

「悪いの?」

「別に。そんなことないけど」


 うっかり口を滑らせてしまった。

 愚痴は内心でとどめておくことにしよう。


「私、部活の帰りなんだけど」

「ひょっとして、僕を待っていたのか」

「……悪い?」

「いいや。全然」


 頬を膨らませた彼女は、何かを言いたげに唇を尖らせる。


 補習が終わって、他の生徒は帰った後だ。学校を一ヶ月もサボっていたせいで数段課題の量が多い僕は出遅れ、廊下で出待ちしていた彼女とサシで鉢合わせた。正直、彼女が待っているとは思わなかった。そもそも、どうして僕を待つ必要があるんだ。僕たちは、クラスメイトであって友人ではないのだから。


「……」

「……えっと。こんにちは」

「私は不愛想なNPCではないのよ」


 初手からコミュニケーションを失敗した。


 雉畑が僕に求めているものを考えてみる。時刻は正午過ぎ、天気は快晴。家に帰れば予定もなく、不機嫌な雉畑に付き合うだけの余裕は持ち合わせている。まずは彼女に話を聞いてみるか。僕は鞄を置いて、椅子に腰掛けた。


 隣の席を勧めると、雉畑は素直に従ってくれた。


 窓の外では運動部の元気な声が響いている。どこだろうとグラウンドを覗くと、サッカー部が遊んでいる。市大会止まりの緩い部活らしいけど、その割には随分と楽しそうだ。あれくらい笑顔でいられるのが、部活動の本懐というものだろう。


 雉畑に向き直れば、僕の腹の虫が鳴いた。


「お腹減ったな」

「そうね。もうお昼時だし」


 先生も職員室へと帰ってしまって、教室には誰もいない。


 寂しい光景が広がっていた。空腹を理由に離脱しても、雉畑はついてくる気がする。彼女の予定に合わせて行動するのは不思議と心がささくれ立つので、せめて僕の予定で動いてもらうことにした。


「雉畑も昼は食べてないの?」

「そうだけど」

「……一緒に食べる?」

「あなたにしてはいい提案ね」

「それはどうも」


 チクチク言葉の申し子は、未だ僕を揶揄うのに熱心だ。ふたりとも弁当は持っていない。協議の結果、僕らは学校から近いつけ麺屋へと足を運ぶことになった。市民病院と近いこともあって、時間帯によっては看護師が訪れていることもあるらしい。これは雉畑からの情報だ。彼女の親類に病院勤めをしている人がいるそうだった。


 癒し治すことに特化した他人もいる。

 壊し傷つけることに専念する他人もいる。

 世間ってのはバランスが悪いな、と思った。


「それじゃ、財布を確認しまして……」

「奢ってくれるの?」

「まさか。実は財布を家に忘れることがあって」

「天然ね。将来困るわよ」

「既にスーパーの会計で困ったことがある」


 店員さんに頭を下げて、家とスーパーを往復した。あの時は恥ずかしいやら忙しいやらで、二度と財布を忘れないようにとスーパーや飲食店に入る前には財布を持っているか確認するようにしていた。まぁ、たまに確認を忘れてレジの前で心配になる……ってことがあるんだけど。


 連れ立って入ったつけ麺屋は、去年改装した店舗だった。小綺麗な店舗には昼休みのサラリーマンや、近所にするおじさん、母親に連れられた未就学児など様々な年代が集っている。幅広い世代に人気があるのは、美味しい店の証左でもあった。店員を探してキョロつこうとした僕を、雉畑が小突く。


「食券方式なんだけど」

「初めて来ました」

「……ここ。買う。渡す」


 細切れの説明をして、雉畑が食券機の前に立つ。なぜか僕が先に注文することになった。僕と同じものを食べるのは嫌、ってことだろうか。そんなバカな。


 彼女も若干挙動が怪しい点をみるに、初めて来たのはお互い様のことらしい。学校から近くても、帰り道に食べることは少ないしね。だって雉畑は家でご飯が用意してもらえるだろうし、僕は僕で別のお気に入りのお店があるので。


 なんとか注文を済ませて、半券を店員に渡す。案内されたカウンターに座って水を一口含んだ。この地域には珍しい、カルキの臭いが残る水だった。


「雉畑って外食はよくする方なの?」

「別に」

「直近で行ったところは?」

「……この前の、ハンバーガーくらい……かな?」


 記憶の糸を手繰っても引っ掛からないのだから、本当の話なんだろう。

 適当な話をしながら、料理が運ばれてくるのを待つ。


「夏休みは何してんの」

「宿題」

「うわ、模範生だ」

「……あとは部活」

「友達と遊ぶって選択肢は?」

「毎日ってわけじゃないし」


 僕に交友関係を吐露する必要もないもんな。


 ま、それは冗談としても彼女には友人が少なそうだ。僕ほどじゃなくても、困ったときに助けてくれる相手が少ないイメージがある。それは復帰初日に襲われたことが未だに尾を引いているのか、別の要因か。少なくとも僕は、彼女と仲良くやっていきたいと思っていた。


 鬼児の会との戦いも近い。 

 少しでも仲間が増えるなら、それに文句はないのだ。


「……僕は君を信頼しているよ」

「急にどうしたのよ」

「もし味の好みが合わなくても、交換して助けてくれるって」

「は? 同じの頼んだけど」

「マジかよ。シェアの概念を持ちなよ」


 どこまで僕のフォロワーなんだ。好きな物が同じだけだろうけど。

 皮肉っぽい冗談はお気に召さないのか、雉畑は唇を尖らせる。

 店員が運んできたつけ麺から漂う魚介系の香りは、実に素晴らしいものだった。

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