第五話 ~今月も腹ぺこお嬢様の飯使いになった件~

 第五話



「俺と優花だけが食べると思ってたからな……今日は納豆で簡単に済ませようかとも思ってたけど、2パックだけだしなぁ……」


 冷蔵庫の中を見た俺は軽くそう呟いた。


 中には卵とウィンナーと納豆が2パック。

 冷蔵庫の中がしょぼすぎる。今日の放課後は買い物に行かないとダメだな。


「納豆と卵を混ぜて卵巻き納豆とウィンナーは軽くレンジでチンする感じでいいかな。あとは昨日の肉じゃがが残ってるからそれを出せばいいか」


 米は昨日の分が空っぽだったから、夜のうちに予約で炊いて置いてある。

 よし、それでいこう。


 俺は作る料理を決めたあと、材料と調理器具を取りだして朝ごはんを作り始めた。


「へぇ……納豆ってそのまま食べるものだと思ってたけど、そうやっても良いのね」

「花苗さん!?」


 ボウルに卵と納豆を入れて醤油で下味をつけながらかき混ぜていると、後ろから花苗さんが俺の様子を伺っていた。


「そうですね。納豆が人数分無かったので、こうして傘増しして料理に使ってる感じですね。チャーハンに入れたりしても美味しいので、納豆は重宝してますよ」

「私も洋平さんもこれから仕事だけど、匂いとかは大丈夫かしら?作ってもらっておいてこんなことを言うのはどうかとも思っちゃうけど」

「あはは。そうですよね。納豆は結構匂いがきついですからね」


 俺は軽く笑いながらそう返事をして、油を引いたフライパンに卵と納豆を合わせたものを落としていく。


「納豆の匂いは火を通すと結構無くなるんです。だからそこまで気にしなくても平気かと思います」

「ふふふ。そうなのね。じゃあ凛太郎くんの料理を楽しみに待ってるわね」


 花苗さんはそう言い残すと、台所を後にした。


「結構びっくりしたな……まぁでもあの様子なら納豆が嫌いってことは無いよな」


 好き嫌いが別れる食材だからな。

 幸也は好きだけど、奏は見るのも嫌なレベルで嫌いみたいだからな。

 そんなんだから胸が膨らまないんだぞ。と中学時代にからかったらぶん殴られたのは思い出だよな。


 そんなことを考えながら調理を終えて、俺は作り終えた料理を持って居間へと向かう。

 テーブルでは既に美凪が全員分のご飯を茶碗によそって用意をしてくれていた。


「お待たせ。卵巻き納豆とウィンナーだよ。汁物には昨日優花が作ってくれた肉じゃがの残りだな」

「ふふーん。朝から優花ちゃん特製肉じゃがが食べられるのは幸せだと思ってくださいね!!少し多めに作っておいて正解でしたね」

「今日の夕飯用にしたかったってのもあるけどな。まぁ放課後に夕飯の材料を買いに出かけるか」

「それが良いかと思います。冷蔵庫の中はほぼ空だったと思いますからね」


「そうやって冷蔵庫の中の話をしてると夫婦って感じがするわね」

「急に来ちゃって申し訳なかったけど、二人の放課後デートをアシスト出来たとも言えるのかな?」

「ふ、夫婦……そうですよね……」


 二人の言葉に軽く頬を染める美凪を見ながら、俺は二人に言う。


「まぁ色々準備もあるからさ、今度からは来る時には前もって言ってくれると助かるかな?」

「あはは。そうだね次からはそうするよ」

「それじゃあそろそろ食べようかしら。凛太郎くんの手料理が冷めちゃうわね」


 花苗さんの言葉に、俺たちは首を縦に振る。

 そして「いただきます」と声を揃えた後に俺は卵巻き納豆に箸を入れる。


 ふわりと仕上がった自信作を一口サイズに箸で割ったあと口に入れる。


 うん。美味いな。納豆特有の匂いもそこまで無いし、これなら仕事に行く親父や花苗さんも気にせず食べられるだろう。


「まぁ!!これはとても美味しいわね!!」

「久しぶりに凛太郎の料理を食べたけどまた腕を上げたね」

「やはり凛太郎さんの料理は美味しいですね!!悔しいですが卵焼きの火加減が完璧です。私はまだこれが上手くいかないんですよね」

「あはは。そう言ってくれると嬉しいな」


 三人から賞賛の声をもらい、俺はとても嬉しい気持ちになった。卵焼きの極意は火加減だと思ってるからな。それを褒められるのは気分が良い。


 そして、軽く会話をしながら俺たちは朝ご飯を食べ終わり食器を流しに入れた。


 食べ終わった食器を美凪が台所で洗い物を始めたのでそれを任せて居間へと戻ってきた所で、花苗さんが俺に茶封筒を差し出しながら言ってきた。


「はい、凛太郎くん。これが今月の優花の食事代とお小遣いになります。よろしくお願いします」

「あはは……今月も俺が管理する感じなんですね……」


 封筒の中身は確認しなくてもわかる。

 きっと十万円が入ってるはずだ。


「もし足りなくなるようなら連絡をちょうだいね。その時は追加のお金を用意するから」

「いえ、大丈夫ですよ。十分過ぎるくらいです」

「本当に凛太郎くんが一緒になってくれて良かったわ。これからも優花の事をよろしくね」

「はい。まぁ俺もあいつに助けられてるところも沢山ありますからね。お互い様というやつですよ」

「そう言ってくれると助かるわ。ありがとう凛太郎くん」


 そして、洗い物を終えた美凪が居間へと戻ってきた所で、親父と花苗さんが椅子から立ち上がった。


「それじゃあ僕達は仕事に向かう準備をするよ」

「朝ご飯ご馳走様でした、凛太郎くん。それじゃあね」

「はい。それじゃあ二人とも仕事頑張って」

「またいつでも来てくださいね!!」


 俺たち二人に見送られて、親父と花苗さんは自室へと戻って行った。


「それじゃあ俺たちもそろそろ支度を始めるか」

「そうですね。私も奏さんのためのお昼ご飯を作らないと行けませんからね!!」

「おにぎりくらいしか作れそうに無いけど……平気か?」

「シーチキンとシャケフレークがありますからね。あとは冷凍食品も食べられるようになって貰えたのでおにぎりと冷凍食品にしようかと思います」

「おー。そうだったのか。奏も成長したんだな」

「私が解凍した。というのが条件みたいですけどね。それでは凛太郎さん、私はもう少し台所にいますので先に用意を進めててください」

「OK。じゃあまた後でな」


 俺がそう言って美凪に背中を向けると、彼女は後ろから俺の身体を抱きしめてきた。


「ゆ、優花!?」

「…………ようやく、二人きりになれましたね」


 美凪はそう言うと、俺の身体をギュッと強く抱きしめる。


「キスしたいと思いませんか?」

「思います」


 俺はそう言葉を返したあと、後ろへと振り向いて美凪と視線を合わせる。

 そこには頬を赤く染めた彼女が上目遣いを俺を見つめていた。


「ふふーん。凛太郎さんがしたいと言うからさせてあげますよ」

「……ははは。そうだな俺がしたいからさせてくれ」


 そんな可愛いことを言う彼女。そして少しだけ顔を近づけると目を閉じた。

 俺は小さく微笑みを浮かべながら美凪と唇を重ね合わせる。


「……好きです……凛太郎さん」

「あぁ……俺も好きだよ、優花」



 俺は美凪に本日一回目の愛の言葉を贈りながら彼女の身体を強く抱き締めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る