第三話 ~恋人同士として初めて迎えた夜。優花に夏休みの新婚旅行の計画を話した件~

 第三話





「さて、凛太郎さん。予想していたかとは思いますが、本日からは一緒に寝てもらおうかと考えてます」

「……まぁ、予想はしてたけどこんな切り出し方をされるとは思って無かったな」


 お風呂から出てきた彼女の髪の毛を乾かしたあと、美凪は俺の部屋へとやって来ていた。


 元々は親父の部屋だったが、美凪がこの家で寝泊まりすることなってからは俺の部屋だった部屋は美凪に明け渡し、親父の部屋だった部屋は俺の部屋になった。


 この家に住み始めた頃は、何度も俺のベッドに潜り込んできた美凪だったが、最近は自制心を覚えたのかきちんと自分の部屋のベッドで寝るようになっていた。


「本日からはってのは、今後ずっと一緒に寝るって話か?」

「そうですよ。結婚を前提にお付き合いを始めたんです。当然では無いでしょうか?」

「勘弁してくれよ……今夜だけだと思ってたんだけどな……」


 こうやって俺の予想なんて遥かに超えた出来事がやって来る……

 本当に勘弁して欲しい……


「なんでそんなに嫌そうな顔をしてるんですか。これ程の美少女と夜を共に出来るんですよ。喜びこそすれ、不服に思うことなんか何も無いかと思いますが?」

「いや……それはそうなんだがな……」


 俺がそう言葉を濁すと、美凪は俺の身体をギュッと抱きしめてきた。


「ゆ、優花!!??」

「……かなり勇気を出してここに来てるんです。そのことも少しは理解してくれませんか?」


 耳まで真っ赤にしながらそう言う彼女。

 風呂上がりのいい匂いと火照った身体。

 そして押し当てられた柔らかな感触に理性がガリガリと削られていくのがわかる。


「はぁ……わかったよ。一緒に寝ようか。俺もそのつもりだったし」

「ふふふ。ありがとうございます」


 俺がそう答えると、少しだけ身体を離して美凪がふわりと微笑む。


「でも今夜は『しない』からな」

「……何故ですか。私はかなり覚悟を決めてここに来たつもりですが」


 ジトリとした美凪の視線。二度も彼女からの誘いを断るのは本当に辛いし、美凪に対しても失礼だと思ってる。

 だから、やはりきちんと話すべきだろうな。


「俺は、お前と迎える『初めて』はこんな場所ではやりたくないと思ってる」

「……そ、そうですか」

「少なくとも、親父にお膳立てされたような所ではやりたくない。だからキチンと時と場所は考えてるんだ」


 俺はそう言った後に、美凪から離れてスマホを取りに行く。


「まぁ……これもサプライズにしようかと思ってたんだがな。俺がサプライズを計画しても、その通りになることなんて全くないって最近知ったな」

「あはは……確かにそうですね。初めて私にアクセサリーを渡した時くらいじゃないですか?」


 ペリドットのネックレスを贈った時だよな。

 まぁ……その時だけだよな。本当にサプライズが上手く行ったのは。


「今年の夏休み。お前と二人きりで旅行に行こうと思ってた」

「……え?」


 俺は美凪にそう話を切り出したあと、スマホに候補地として考えていた旅館を映し出した。


『高根旅館』


 多少マイナーな旅館だが、レビューの評価はすごく良い。

 温泉も良いし、ご飯も美味しい。人が少ないのが逆に落ち着けて高評価。そんな声が多数だ。


 少し遠くにあるが、新幹線を使えば悪くない。

 知り合いに会う可能性が低くなるという観点からも、遠い場所を考えていた。

 学割も適用してくれるらしいので、価格もそこまで高くない。


 色々と調べた結果。ここがいいのでは?と言う結論に達していた。


「まぁ、アルバイトはして無いけど家計は全部俺が管理してるからな。親父もかなり稼いでくれてる。お前に指輪を贈らせて貰ったけど、それとは別に貯めてる金もある」

「な、なるほど……」


 そもそも、家にお腹を空かせた美凪お嬢様が待ってるんだ。

 アルバイトなんかしてる暇は無いだろう。

 その為に部活も生徒会も断ってるんだから。


「まぁちょっと気が早いかもしれないが『新婚旅行』の様な気持ちで行こうと考えてる」

「し、新婚旅行……」


 新婚旅行で初夜を迎える。と言うのも悪くないんじゃないか?と思ってるからな。


「だから、俺はこの場ではお前と初めてをしたくないんだ。理解してくれないか?」


 俺がそう言うと、美凪は少しだけ諦めたように笑いながら言葉を返してくれた。


「はぁ……仕方ありませんね。私の誘いを二度も断るなんて、女の子としてのプライドがズタズタですけど、そういう理由と考えてることがあるなら許してあげます」

「あ、ありがとう……優花」


「でも、一個だけ条件があります」

「じょ、条件……」


 一体何を求められるのだろうか?一抹の不安を覚えながらも、美凪からの言葉を待つ。

 そして、彼女の口から出てきた言葉はやっぱりと言うか俺の理性を試してくるものだった。


「これから旅行に行くまで、私が望んだならその日は私と一緒に寝てもらいますからね?」

「ま、毎日……とかってこともあるのか?」

「はい。ですがまぁ毎日だと流石に凛太郎さんが可哀想かとも思うので週に二、三回を考えてます」


 人差し指を立てながらそう言う美凪。

 まぁ、毎日じゃ無いなら……


「とりあえず、今日は一緒に寝てもらいますからね?」

「わかってるよ。じゃあ明日も学校だからな。早めに寝るとしようか」


 明日は体育祭の実行委員を決めるのと、桜井さんの手伝いがある。そろそろ寝ておくべきだからな。


「そうですね。それじゃあ寝ましょうか」

「……あぁ」


 俺と美凪が並んでベッドの中に入る。

 俺の身体を後ろから抱きしめるようにして、美凪は寝る体制に入る。柔らかい身体の感触がダイレクトに伝わってくる。


「…………辛い」

「私はいつでも準備OKですからね?」

「……頼むからそういうことを言わないでくれ」


 俺はそう言ってから、手元のリモコンで部屋の明かりを落とした。


「おやすみ、優花」

「はい。おやすみなさい、凛太郎さん」


 そう言ってから俺は目を閉じて何とか意識を夢の世界へと旅立たせる。


 こうして俺と美凪の恋人同士としての初めての夜が幕を閉じた。

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