第二話 ~初めての二連休。美凪をデートに誘った件~

 第二話





「おい。そろそろ起きろよ、美凪」


 俺はそう言いながら、彼女の身体を優しく揺する。


 スマホで時間を確認したところ、午前の九時だった。


 二連休の初日だし、まだ寝てても良いかなぁ……なんてだらけた思考が頭をよぎったが、この状況下で二度寝に洒落こめるほど、俺の理性は強靭では無い。


「……んぅ……隣人さん」


 薄らと目を開けながら、美凪の意識がこちらに向いてくる。


「……おはよう……ございます」

「あぁ、おはよう。こうして俺の寝ているところに来たのは確信犯だな?」


 俺がそう言うと、美凪はふわりと笑いながら返事をする。


「……ふふふ。そうですよ?」

「なんで……こんなことをしたんだよ?」


「恋か感謝かわからない。と、私は言いましたよね?」

「……あぁ」


 そう言ってイタズラっぽく笑う美凪。俺は少しだけ嫌な予感がする。


「こうして添い寝をすれば、わかるかなと思いました」

「…………それは」


 美凪はベッドから出ると、俺を見下ろしながら言い放った。


「これからはこうして隣人さんに『恋か感謝か判断するための行動』が増えますから、覚悟してくださいね?」


 俺の唇に人差し指を当てて、彼女は妖艶に微笑む。


 ほんと、美凪は俺にいろんな笑顔を見せてくれるよな。


「…………お手柔らかに、頼むわ」

「あはは。善処します」


 政治家みたいなセリフを残して、美凪は部屋を出て行った。


「はぁ……自業自得とは言え、これは結構キツイよな……」


 とりあえず、俺の理性が負けて、恋人同士にもなってない状況であいつに手を出す。なんて真似だけはしないようにはしないといけないよな。


 俺はパシンと自分の頬を叩いてから、ベッドから抜け出した。





 洗面所で顔を洗ってから居間へと向かう。


 パジャマ姿の美凪が、テレビをつけて椅子に座っていた。

 テーブルの上にはコップに注がれた牛乳が二つ用意されている。


「ありがとう、美凪」

「いえいえー。では改めて。おはようございます、隣人さん」

「おはよう、美凪」


 俺はそう言うと、コップに注がれた牛乳を半分くらい飲む。


 冷たい牛乳が喉を通り、身体が目を覚ます。


「今日と明日。二連休になるけど、何かしたい事とかあるか?」

「おや、隣人さん。これはデートの誘いですか?」


 美凪はそう言うと、ニヤリと笑う。


「そうだな。お前の言う『恋か感謝を判断する行動』の一つとしては最適だろ?」

「ふふーん?この超絶美少女で下界に降り立った天使である美凪優花ちゃんとデートがしたいんです。と言えば良いのに。照れてるんですか?」


「美凪」

「な、なんですか?」


 真剣な表情で俺が呼ぶと、彼女は少しだけ頬を赤くする。


「俺とデートをしないか?」

「は、はい……よろしくお願いします……」


 頬を赤く染める美凪の頭を優しく撫でる。


「おや?超絶美少女で下界に降り立った天使の美凪優花さん?ただの人間にデートに誘われて照れてるんですか?」

「……む、むーーーー!!!!隣人さん!!からかいましたね!!ゆ、許さないですぅ!!!!」


 パシンと俺の手を払い除けて、美凪は頬を膨らませる。


「あはは!!何だよ、俺はお前をデートに誘っただけだぞ?」

「意地悪!!隣人さんは意地悪です!!」


「まぁ、からかったのは悪かったよ。でも、デートに誘ったのは本気だ」

「……え?」


 キョトンとする美凪に俺は言う。


「俺だってお前に大きな好意を持ってるのは事実だ。せっかくの二連休なんだし、一緒に楽しく過ごそうぜ!!」

「は、はい!!」


 俺のその言葉に、美凪は満面の笑みで頷いてくれた。


「じゃあ早速だけど朝ご飯の用意をしよう」

「はい!!了解です!!隣人さん!!お願いがあります!!」


 ビシ!!と手を挙げる美凪。


「ん?どうした」

「火を使いたいです!!」


 首を傾げる俺に美凪は真剣な表情でそう答えた。


 ふむ……なるほどな。そろそろ火を使わせようとは考えていた。自分からそう言ってくるのは立派だな。


「よし、良いだろう。今日はお前に火の使い方を教えてやる」


 俺はそう言うと、美凪と一緒に台所へと向かった。





 俺が卵とウインナーを冷蔵庫から取り出す間に、美凪にはボウルと皿を棚から出してもらった。


 卵を三つ美凪に割って貰う。もう失敗はしないので、綺麗に割って貰えた。菜箸で軽くかき混ぜて溶き卵を作る。


「さて、ここでお前に大切な話がある」

「な、何ですか……」


 俺はそう言って、IHのクッキングヒーターを指さす。


「うちのマンションは火事を防止するためにIHのクッキングヒーターだ。厳密に言えば『火』では無い」

「た、確かにそうですね……」


「だからと言って、これを舐めるなよ?かなりの高温になるし、間違えば取り返しのつかないことになる事だってある」

「は、はい!!」


「まずはフライパンを載せてから熱を入れる。この時に火のコンロだろうがIHだろうが同じことだが、フライパンがきちんと熱くなってるかを知る必要がある」

「そうですね」


 俺はフライパンから十センチ位のところに手のひらをかざす。


「直接触るバカはいないと思うが、この辺りで熱を感じたら熱くなってるサインだ。そしたらサラダ油を引く」

「最初に油を引かないんですか?」


「油はフライパンに熱が入ってからの方がノリが良いからな」

「なるほど!!理解しました!!」


「最初は俺が見本でスクランブルエッグを作る。お前には比較的失敗の少ないウインナーを焼いてもらう」

「はい!!」


 俺はフライパンにサラダ油を引いたあと、溶き卵をフライパンに投入する。


 ジュワー!!という心地よい音が耳に届く。


 俺は空気を混ぜるように菜箸で溶き卵をフライパンの中でかき混ぜていく。


「スクランブルエッグは時間との勝負だ。あまり熱を入れすぎるとそぼろみたいになってしまうからな」

「はい!!」


 そして、俺はスクランブルエッグを作り終えると、用意していた皿に移す。


「これで出来上がりだ」

「早いです!!」


 美凪が笑顔で手を叩いていた。


「そして、ここからがいちばん注意しないといけない事だ」

「は、はい」


「フライパンを洗う時が一番火傷をしやすいんだ。熱を持ったフライパンの扱いには気をつけろ」

「は、はい!!」


 俺はIHの電源を落としてから、水を流してある流し台にフライパンを入れる。

 水がかかったフライパンから白い蒸気が出てくる。


「見ろ。こんなに熱くなってるんだ」

「はい。扱いには気をつけます」


 切り傷なんかより余程身体に残ってしまうのが火傷だ。

 美凪の綺麗な肌に、火傷のあとなんか残したくない。


 まぁ、そんなものが残っても、俺のこいつに対しての気持ちは微塵も変わりないけどな。


「この取っ手の近くにある金属の部分。ここに一番注意を向けろ。しっかりと水をかけろ。ここで火傷をする奴が多い。あとはフライパンの熱が引いたらこうして洗ってやるんだ。なるべく汚れたフライパンは早くに洗え。そうしないと汚れがこびり付いて落ちにくくなる」

「はい!!」


 そして、俺は綺麗になったフライパンを清潔なタオルで拭いて、クッキングヒーターの上に乗せる。


「ここまでが一連の流れだ。理解したか?」

「はい!!大切なのは絶対に火傷をしないこと!!熱を持ったフライパンには十分気を付けます!!」


 よし、それを理解しているなら大丈夫だな。


「それなら平気だな。じゃあお前にはウインナーを焼いてもらう。隣で見ててやるから熱を入れるところからやってみろ」

「はい!!」



 こうして、俺の監修の元。美凪のウインナー焼きの調理が始まった。

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