第十七話 ~美凪と食べる夕飯は、特別な味がする。そんな気分になった件~

 第十七話




「いただきます」

「いただきまーす!!」



 そう言って始まった俺と美凪の二回目の夕飯。

 俺はまずは鶏ガラと卵のスープを一口飲む。


「はぁ……うめぇ……」


 鶏ガラをお湯で溶かして、溶き卵を加えて煮立たせるだけの一品が、俺の心と身体を温める。


 そして次は豚肉の生姜焼きを一欠片箸で取る。


 ロース肉は食べやすいように一口大にカットしている。


 しっかりと火を通した玉ねぎと一緒に白米の上に乗せる。

 まずは豚肉と玉ねぎを口に入れて咀嚼する。

 そして、タレの染みた白米を口に入れる。


 生姜の風味を残しながら、醤油とみりんで味を整えてある。しっかりとご飯が進む味わい。完璧だ。自画自賛していいと思う。


 口の中が少し油っぽくなったので、サラダに箸を伸ばす。


 取り皿に移してあるサラダはノンオイルドレッシングを軽くかけてある。


 まずは美凪の切った、少しだけぶ厚いきゅうりを食べる。


 しっかりとした歯ごたえを感じる。


 うん。このくらい厚みがあっても良いと思う。


 そして、レタスを食べると口の中がリセットされた。


 俺はそこで前を見ると、少しだけ不安気な表情の美凪が居た。


「私が切ったきゅうりはどうですか?」

「うん。美味しいぞ。このくらい厚みがあった方が歯ごたえがあって好きだと思ったわ」


 俺がそう言うと、美凪はぱあと笑顔になった。


 お前は本当に笑うと可愛いな。


「ふふーん!!やはり優花ちゃんはパーフェクト美少女ですね!!初めて握った包丁も華麗に使いこなしましたからね!!」

「油断するなよ美凪。包丁ってのは一回目より二回目や三回目の方が危険なんだ。ただでさえお前は慢心しやすい性格だからな。気を付けろよ?」

「はい!!」


 と、そんなことを話しながら俺と美凪は夕飯を食べていく。


「隣人さん!!豚肉の生姜焼き!!凄く美味しいです!!」

「あはは。ありがとうよ。そう言って貰えると嬉しいよ」


 こうして誰かと一緒にご飯を食べる。と言うのは滅多に無かった。

 仕事が忙しい親父は、俺が作ったご飯をあとで温めて食べることがほとんどだったからだ。

 こうして自分の作った料理を目の前で「美味しい」と言われることは、こんなにも嬉しいことなんだな。



「ありがとう、美凪。俺の料理を美味いと言ってくれて」



 俺は小さく、そう呟いた。


「……?隣人さん、何か言いましたか?」


 首を傾げる美凪に、俺は笑いながら言う。


「あはは。美凪、ほっぺたにお弁当を付けてるぞ?」


 俺はそう言うと美凪のほっぺたのご飯粒を取って、自分の口の中に入れた。


「……そ、それはさすがに無いと思います!!」

「あはは。俺もやったあとに気が付いたよ」


 真っ赤になる美凪に、俺は苦笑いを浮かべながらそう答えた。


 こいつと食べる夕飯は特別な味がする。


 そんな気分になった俺だった。





「ご馳走さまでした!!」

「お粗末様でした」


 夕飯を残さず食べ終えた俺と美凪。

 俺が二人分の食器を流しに入れている間に、美凪が麦茶を用意してくれた。


「ありがとう」

「いえいえー。この位はしますよー」


 なんて言いながら、注いでくれた麦茶を飲む。


 時間を確認すると二十時を回っていた。

 そろそろ風呂に入って寝る支度をするかな。


 なんてことを考えていた。


「洗い物は俺の方でやっておくから、美凪は麦茶を飲んだら帰って良いぞ」

「……はい」


 ……ん?なんだ、その表情は。


 少しだけ神妙な表情の美凪に、俺は訝しげに思うも、特に気にする事はないか。と思うことにした。


「俺はこのあと風呂の準備をするからな。まぁ……すぐに帰れって意味じゃない。誤解を招くような言い方だったな。すまん。好きなタイミングで良いからな」


 俺はそう言うと、ポケットの中から家の鍵を出す。


「……え?」

「俺の家の鍵だ。合鍵ってやつだな。親父がよく無くすから三つ作ってあるんだ。そのうちの一つをお前にやる」

「……い、良いんですか?」


 目を見開く美凪に俺は笑う。


「俺が風呂掃除してる間に、泥棒に入られたら困るからな。俺の部屋を出たらこの鍵で閉めてくれ。まぁその後は自由に使ってもらって構わないぞ」


 俺がそう言うと、美凪は合鍵を掴み、胸に抱きしめる。


 愛おしそうに、大切に、まるで婚約指輪でも受け取ったかのような反応に、俺の心臓が少しだけ跳ねる。


「ありがとう……ございます。絶対に無くしません」

「そうだな。そうしてくれると嬉しいよ」


 俺はそう言うと椅子から立ち上がって風呂場に向かう。


「じゃあな、美凪。また明日学校で。お前と行った買い物や、料理の時間、食べた夕飯は思いの外楽しかったぞ」


 そう言って俺は居間を後にした。




 そして、俺は風呂掃除を終えて湯船に湯を張り始める。


 居間へと戻ると美凪の姿は無かった。


「帰ったか」


 玄関を見るとしっかりと鍵が掛かっていた。


 居間には美凪がいた匂いが残っている。


 そんな思考。変態かよ。と思うけどな。



 俺が洗い物を終えると、風呂の準備が整ったみたいだ。


 脱衣場で洋服を脱いで、洗濯機に放り込む。そして当然だが、一番風呂に入る。


 湯船に浸かると今日の疲れが取れていく。


「……あぁ。たまんねぇな」


 湯船に張ったお湯を顔にかける。


 これから先。何度も美凪と飯を共にするんだろうな。

 そう考えると、少しだけ楽しみに思っている自分が居た。


 親父が居ない一ヶ月。寂しいなんて思う歳ではもう無い。

 けど、誰かと一緒に食べる夕飯というのは良いものだな。


 俺はそう思った。



 そして、今日の疲れと汚れをしっかりと風呂で落とした俺は、居間でのんびりとテレビを見ていた。


 時刻は二十二時。


 そろそろ明日の支度をして、寝るかなぁ……



 なんて思ってた時だった。


 ガチャリ……


 と玄関の扉の鍵が開く音がした。


「……え、親父か?」


 職場から一時帰宅でも許されたのかな?


 なんて思いながら、椅子から立ち上がって玄関の方へ向かう。


 帰って来るなんて予想してないから飯の準備なんかしてないんだよな……


 なんて思いながら俺は歩く。

 そして、


「悪いけど親父、帰って来るなんて予想して無いから夕飯は用意して無いん……え?」


 俺の目の前にいたのは、パジャマに身を包み、今日俺がUFOキャッチャーで取ってやったア〇ニャのぬいぐるみを小脇に抱え、栗色の髪の毛を腰まで伸ばした、目も眩むような美少女。


「……どうしたんだよ、美凪」


 美凪優花が、先程俺が渡した合鍵で、俺の部屋に入って来ていた。


「……隣人さん。お願いがあります」

「……え?お願い?」


 美凪は、初めてここに来た時と同じ目。先程の夕方の時と同じ目。切羽詰まって不安に駆られている目をして、俺に言ってきた。


「……今夜は、この部屋に泊めて貰えませんか?」


 と。

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