第十八話 ~美凪を俺の部屋に泊めることになった件~

 第十八話






「……隣人さん。お願いがあります」



「……今夜は、この部屋に泊めて貰えませんか?」



 不安に駆られた目をした美凪。

 そんな目をした彼女を見るのは、これで三回目か。


 一体何があったのかは知らないが、不用心過ぎるだろ……


 俺は小さくため息をついた。


「……はぁ。美凪。お前、自分が何を言ってるのか、わかってるのか?」

「わ、わかって……」

「わかってない」

「……え?」


 ビクリと震える美凪の目を見て、俺は言う。


「性欲の塊みたいな男子高校生の一人暮らしの部屋に、風呂上がりの女が、薄着でやって来て、泊めてくれなんて言ってくる。なぁ美凪。自分がどれだけ危険なことをしてるか、お前は全くわかってない」

「…………で、でも」


 顔を下に俯く美凪。小さく肩が震えていた。


「……はぁ。とりあえず居間に来い。話だけは聞いてやる」

「……はい」


 俺はそう言って、美凪を居間へと案内した。





「ホットミルクを出してやる。座って待ってろ」

「ありがとうございます……」


 ぬいぐるみを抱きしめながら、美凪は椅子に座って待っている。


 俺は牛乳を鍋に注ぎ、火にかける。

 少しだけ砂糖を溶かして甘めに仕立てる。


 そうすると、すぐにホットミルクが出来上がった。


 それをマグカップに入れて美凪の目の前に出す。


「熱いからゆっくりと飲め。最初は飲まないでコップを手で包むだけでもいい」

「……はい」


 美凪はそう言うと、コップを両手で持って暖をとっていた。


 外で悩んでいたのかもしれないな。

 体が冷えてそうな気配がした。


「……で、なんで俺の部屋に泊まりたいなんて言ってきた?まさか、一人で寝るのが寂しいから。なんて小学生みたいなことは言わないよな?」

「……そのまさかですよ」

「……はぁ、マジで言ってるのか?」


 お前高校生だろ?


 なんて思ってると、美凪の目から涙が落ちてきた。


 う、嘘だろ……


「お、お父さんは五年前に他界しました。病気のせいです……それから、私はずっとお母さんと一緒に居ました。ね、寝る時も一緒でした。どんなに仕事が忙しくても、夜は一緒に居てくれました。昨日も、あの後すぐにお母さんは帰ってきてくれました。こ、こんな風に仕事場に泊まらないと行けない。と言うのは今まで無かったです……」


 そうか……お前の父親も、あの感染症の被害者か……


「隣人さんの部屋から出たあと、自分の部屋に帰りました。す、すごく暗くて、静かで、怖くて……部屋中の明かりをつけて回りました。て、テレビもつけました。見る気も無いのに……そ、そして……シャワーを浴びてる時も、怖くて……一人でいるのがどんどん辛くなりました。さっきまでは隣人さんと話してて、楽しかったのに、なんで……なんでこんな寂しくて……怖い思いしないといけないんだって……」


「お風呂から出て、タオルで身体を拭いて、ドライヤーで髪を乾かそうとしました……そ、そしたら……バチン!!っていって、い、いきなり部屋が真っ暗になりました。あ、あの部屋には幽霊か不審者が隠れてるんです!!」


「…………それは、怖かっただろうな」


 ブレーカーが落ちただけだろ?なんて言葉は言えなかった。

 こいつの恐怖を考えたら……な。


 俺は、テーブルの上に置かれた、震える美凪の手を握ってやった。

 俺が握ると、美凪は安心したのか、震えが止まった。


「そう考えたら……もう無理でした……あの部屋には一秒だって居られません……そう思って、家を飛び出しました。でも……隣人さんの部屋の前で悩んでました。め、迷惑になるかもしれないって……でも、あなたから合鍵を貰いました。自由に使ってもらって構わないと言ってくれました。だから、こうして来たんです……」


「そうか……」


 美凪の話を聞いた俺は、小さくそう呟いた。



 きっと美凪のお母さんは、こいつがもう高校生だから、一人で残しても平気だろう。と判断したんだろうな。


 こいつのいつもの明るい性格は、この寂しがり屋な部分の裏返し。なのかもしれないな。


 はぁ……俺が理性を強く持てば良いだけの話だな。


 そう結論付けると、俺は美凪に言う。


「俺の部屋を貸してやる」

「ほ、ほんとですか」


 涙で濡れた美凪が俺を見る。


 そんな顔のお前は見たくない。お前には、いつだって笑っていて欲しい。


「同じベッドで寝る。なんて馬鹿なことは言わないだろ?俺は隣の親父の部屋で寝てるよ。それでもいいか?」

「は、はい!!」


 美凪はそう言うと、ホッとした様な表情になる。


 はぁ……夜の男の部屋で、薄着でそんな顔すんなよ……




『優花は手前味噌ではございますが、大変見目麗しく育ちました。そのまま凛太郎様の方で、いただいてしまっても結構でございます』


『避妊さえしていただければ、あとはどうぞご自由にお召し上がりくださいませ』



 ふと、俺の頭に、美凪のお母さんからの手紙の内容が思い出される。



 ダメだ!!ダメだ!!ダメだ!!


 今のこいつにそんなことをしたら一生後悔するぞ!!


 俺は自分の頬をパンと叩く。


「り、隣人さん……何してるんですか?」


 俺の奇行に驚いた美凪が聞いてきた。


「気合いを入れてただけだよ。安心しろ、美凪。今のお前に手を出すような最低な真似はしないと誓ってやる」


 俺はそう言うと、ニヤリと笑う。



「俺が紳士的な人間で良かったな。さ、歯を磨いて寝るか」


 俺はそう言うと、歯を磨きに洗面所へと向かった。





「ここが俺の部屋だ。好きに使ってもらって構わない。まぁダンベルくらいしかない部屋だからな」

「……は、はい」


 部屋の前まで案内した俺は、美凪にそう話した。


「隣が親父の部屋だから俺はそこで寝てるから。部屋の間取りはお前の家と同じくだから、夜中にトイレに起きたとしても場所はわかるだろ?じゃあな」

「はい。おやすみなさい、隣人さん」

「おう。おやすみ、美凪」


「あ、あの!!」

「……なんだよ?」


 親父の部屋に入ろうとした俺を、美凪が呼び止めた。


「あ、ありがとう……ございます……」

「……はぁ。いいよ。あんな状態のお前をそのままにしておけるかよ」


 俺はそう言うと、美凪の頭を撫でる。


 あはは……セクハラと言われるかもしれないな。


「寂しくなったらいつでも来い。そのための合鍵だと思ってもらっても一向に構わない」

「…………はい」



 俺は美凪の頭から手を離すと、親父の部屋に入り、電気をつける。


 朝の数時間は寝れたのだろうか。その後職場に呼び出されたのか、少しだけ布団が乱れていた。


 俺は布団の乱れを直してから中に入る。


 中年特有の匂いに包まれて、思わす顔がにやける。


 そのうち俺もこういう匂いを出すようになるんだな。


『お父さん臭い』


 なんて娘に言われる時が来るのかな。


 妄想の中でそう言ってきた娘の髪の毛は……栗色だった。




『ふふーん!!娘に加齢臭を指摘されるお父さん。なかなか面白いです!!』

『……お母さん。その歳でその笑い方は、イタイよ』

『ガーン!!』





「あはは……馬鹿な妄想なんかしてないで、寝るか」


 俺は布団を被り直し、目を閉じる。


 隣の俺の部屋では美凪が寝てると思う。


 エッチな本とかはしっかりと隠してあるから、そう簡単には見つからないはずだ。


 明日は少しだけ早起きして、朝ご飯とお弁当の準備をしよう。


 俺はそう考えながら眠りに着いた。

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