第十六話 ~美凪との夕飯作り。意外と楽しかったことに気が付いた件~
第十六話
「ただいま」
「お邪魔しまーす!!」
スーパーでの買い物を終え、俺と美凪は家へと帰って来た。
「よし、美凪。外から帰ってきたら手洗いとうがいを忘れるなよ?」
「はい!!」
五年程前のこと。世界的に新型の感染症が猛威を奮った。
その時からの習慣だ。
今ではほとんどの人がマスクを付けずに生活をしている。
もう落ち着いた。とは言え、こうした基本的な感染症対策はしっかりと行っていて損は無い。
大切な人を病気で亡くす経験は、もうしたくない。
しっかりと手洗いとうがいを済ませた俺と美凪は台所へと向かう。
俺は買った食材を冷蔵庫に入れる。
そして、中から玉ねぎと卵を取り出す。
豚のロース肉とレタス、きゅうり、ミニトマトも用意した。
「おい、美凪」
「はい!!なんですか?」
トテトテとやって来る美凪に、俺は言う。
「そこに買ってきたシーチキンがある。一缶は使うから、油を切ってくれ」
「はい!!隣人さん!!質問があります!!」
ビシッと手を上げる美凪に俺は聞く。
「なんだ?缶詰くらい開けられるだろ?」
「油の切り方がわかりません!!」
……そうか。そうだよな
「悪かった。やり方を教えるわ」
「はーい」
俺はシーチキンの缶を一個持つと、カシュッと蓋を開ける。
「こうして開けるだろ?そしてたらシーチキンの中にはこんだけ油がある」
「はい!!私はこのまま中に醤油とマヨネーズを掛けて一味をぱっぱと振ってから食べるのが好きです!!」
太るぞ……お前……
いや、もしかしたらそういった脂肪は全てお前の場合は胸と尻に行くのかもしれないな……
なんて思っていると、美凪は自分の胸を隠すよう腕を回す。
「い、いやらしい視線を感じます!!隣人さん!!そういうのはわかるものですよ!!」
「あぁ、すまん。不躾な視線だったな」
軽く謝った俺は、説明を再開する。
「この蓋をギューってやって中身を押すと油が切れる」
そう言って俺は流しにシーチキンの油を捨てる。
「……なんか、勿体ないです」
「まぁ、手作りドレッシングとかに使うこともあるけどな。でも今日はそんなことをする予定は無いから捨てるかな」
俺はそう言って油を切ったツナ缶を美凪に見せる。
「これで油切りは終わりだ。レタスとミニトマトときゅうりを洗ってくれ。そしたらレタスをちぎるのとミニトマトのヘタを取るのは出来るよな?」
「はい!!おまかせください!!」
俺は美凪がサラダの仕込みを始めるのを見届けてから、玉ねぎの皮を剥く。
白い状態にしたあと、玉ねぎを包丁で切っていく。
「隣人さん!!隣人さん!!私が玉ねぎ切ってないのに涙が出てきます!!」
「あはは。俺はもう慣れたけど、美凪には辛かったか。うん。我慢しろ」
俺は笑顔でそう言って、玉ねぎの仕込みを再開する。
ストンストンとしっかりと研いである俺の包丁は玉ねぎを抵抗無く切っていく。
学校の調理実習とかで切れ味の悪い包丁を使うとイライラするよな。
そして、玉ねぎの仕込みを終えた俺は、調理器具と調味料を用意していく。
醤油や砂糖。みりんなどを用意する。
すりおろし生姜のチューブも忘れない。
「よし。美凪。お前に重大な任務を与える」
「な、何ですか……」
サラダの仕込みを終えた美凪。目には涙が浮かんでいる。
その涙を指で拭ってやり、俺は彼女に笑いかける。
「包丁を使わせてやる」
「本当ですか!!いきなりレベルが上がりました!!調理実習の時も、私は食材を洗ったあとは食べる係でしたから、初体験です!!」
た、食べる係って……
俺は軽く苦笑いをした後、美凪の洗ったきゅうりをまな板に載せる。
「きゅうりをスライスしてくれ。まずは俺が一本手本を見せてやる」
俺はそう言うと、手を『猫の手』の形にする。
「猫の手の形。聞いた事くらいはあるだろ?」
「はい!!あります!!」
「そして、包丁はこうして持て。いいか?親指と人差し指で刃元の中央をしっかりと握り、残りの指で柄を握る。力を込めて握るな。そしたら包丁は奥から手前に引くようにして切るんだ。上から押し付けるようなやり方じゃないぞ?まぁ俺の包丁は研いであるからそれでも余裕で切れるがな。あと、ノコギリみたいにはするなよ?」
「はい!!了解です」
説明を終えた俺はゆっくりときゅうりをスライスする。
「立ち位置にも気をつけろ。素材を抑える手、包丁を持った手、自分の身体。三角形を意識しろ。そうして切ったら上と下の部分は捨てる。あとは一口大にスライスだ。ここで大切なことがある」
「な、何ですか……」
俺は真剣な表情で美凪に言う。
「不格好でもいい。分厚くても結構。不揃いでも全然構わない。それよりも、美凪。絶対に指を切るな」
「……は、はい」
「ゆっくりと、慎重にやれ。お前は女の子なんだからな。身体に傷を作るな」
「は、はい!!」
俺はそう言うと、きゅうりをレタスとミニトマトが入っているボウルに移した。
「じゃあ俺は隣で豚肉の生姜焼きを作ってるからな」
俺はそう言うと、美凪から離れてフライパンの前に立つ。
隣では慎重に美凪が俺に言われたように包丁できゅうりを切っていた。
あの様子なら指を切ることは無さそうだな。
俺は少しだけ安心して料理を再開した。
そして、俺は豚の生姜焼きを作り終えた。
空いている方のコンロで並行して鶏ガラと卵のスープも作ってある。
簡単に作れて美味い。究極のスープだと思ってる。
「よし、美凪。皿とカップを用意してテーブルに乗せてくれ」
「もう用意してあります!!」
テーブルを見ると、確かに用意されている。
真ん中にはサラダを入れたボウルがある。
俺が切った薄く綺麗なきゅうりのスライスより、少しだけ分厚いきゅうりも見えた。
「初めてにしては上出来だな」
「ふふーん!!これほどの美少女の私がスライスしたきゅうりです!!諭吉が吹っ飛びますよ!!」
俺は胸を張ってドヤ顔をする美凪の頭を撫でる。
「何よりも指を切らなかったことが偉い。良くやったな、美凪」
「い、いきなり頭を撫でないでください!!せ、セクハラですよ!!」
顔を真っ赤にして抗議をする美凪を微笑ましく思いながら、俺はフライパンの中にある豚肉の生姜焼きをテーブルの上にある皿に移した
そして、お玉を使ってカップにスープも入れていく。
「お、美味しそうです!!もう我慢出来ません!!」
「あはは。じゃあご飯をよそうか」
「はい!!」
美凪はお茶碗を持って炊飯器を開ける。
しっかりと炊けているご飯。
湯気がぶわっと舞い上がった。
「ご、はん!!ご、はん!!」
と昨日のようにしゃもじでご飯をほぐしていく美凪。
本当に嬉しそうだな。
そして、茶碗に山盛りにしたご飯を持ってテーブルへと戻ってきた。
「よし。俺もご飯をよそうかな」
あれだけ食う美凪に触発されて、俺もご飯をたくさん盛った。
あはは。三合炊いたのは正解だったな。
なんて思いながら、テーブルへと戻る。
「さて、食べようか。美凪」
「はい!!」
豚肉と玉ねぎの生姜焼き。レタスときゅうりとミニトマトにシーチキンを加えたサラダ。鶏ガラと卵のスープ。
あはは。ご馳走だな。
そして、こいつと行った夕飯作りは、買い物同様に、やはり楽しかった。
「いただきます」
「いただきまーす!!」
俺と美凪は声を揃えて、夕飯を食べ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます