第九話 ~自己紹介で問題発言が連発されるのはお約束だったと知った件~

 第九話




 入学式が無事に終わり、教室に向かって歩いていると、後ろから美凪がやって来て、俺の肩を叩いてきた。


「隣人さん!!私の完璧な挨拶は見て頂けましたか!?ふふーん!!あまりの出来の良さに自画自賛してしまいましたね!!」


 ドヤ顔でそんなことを言ってくる美凪に、俺は少しだけ苦笑いを浮かべながら、


「すまん。聞いてなかった」

「……え?」


 キョトンとした美凪の表情。ほぅ、初めて見る顔だな。


「いやぁ、お前が挨拶をしてる時にさ、丁度隣に居た桜井さんと話をしてたんだよな。会話が弾んでしまったからお前の挨拶は聞き逃した。すまんな」

「す、す、す……すまんなじゃ無いですよ!!何私の挨拶の時間で他の女の子とイチャイチャしてるんですか!!ありえないです!!隣人さんの女たらし!!」


 女たらしって……話してただけじゃん……


 グイッと俺の手前にやって来た美凪は、俺の目を見ながら言う。


「謝罪を要求します!!」

「ごめんな。お前の挨拶に全く興味が無くて」

「謝罪の意味を成してませんよ!!もー!!隣人さんのバカ!!」


 そんな美凪のプンプンは教室の中でも続いていた。



 教室に戻り、自分の席に座る。

 隣を見ると美凪はやはり機嫌が悪そうだった。


「なー美凪。機嫌直せよ」

「つーん」


 つーん。なんて言葉を口にする奴を初めて見たわ。

 まあ、隣でいつまでもつんつんされててもめんどくさいし、ここら辺でご機嫌を取っておくか。


「なぁ、才色兼備で学園首席で超絶美少女の美凪優花さん?」

「なんですか、女たらしでえっちな次席の隣人さん」


 ……我慢我慢


「まぁ、聞いてなかったのは悪かったよ。だからさ、お前の頼みを一個だけ聞いてやるよ。それで手を打たないか?」


 俺がそう言うと、美凪はこちらを向いてニヤリと笑った。


「へぇ?なかなか良い言葉を聞きました。隣人さんが私の言うことを『何でも』聞いてくれるわけですね?」

「何でも。って訳じゃないけどな。まぁ俺に出来ることなら叶えてやるよ」


「その対応で許してあげます。お願いに関しては私の自由なタイミングで使わせてもらいますね」

「はいよ。そのまま忘れてくれても構わないぜ?」


 俺がそう言うと、美凪は笑った。


「あはは。忘れませんよ。覚悟していてくださいね、隣人さん」


 そうして居ると、教室の扉がガラリと開いた。


「うーし。お前ら席に着いてるな。これからLHRを始めるぞ。朝にも言ったように、この時間ではお前たちに自己紹介をしてもらう」


 山野先生はそう言うと、教壇の前に立つ。


「自己紹介は何を話しても構わない。まぁ無難なところで言えば名前と趣味や尊敬する人でも言っておけ」


「それじゃあ前から……ではつまんないな。後ろから始めろ」


 てっきり俺から始まるかと思ったけど、一番後ろの端から始めるようだ。


 その席に座っているのは、


「はい!!では桜井美鈴!!自己紹介を始めます!!」


 と桜井さんが立ち上がった。


「……なるほど。改めて彼女をじっくりと見てみましたが、桜井さん。そこそこ可愛いですし、なかなかおっぱいもありますが、全てにおいて私の方が上ですね」

「お前は何を張り合っているんだ……」


 ジトリとした目で桜井さんを見てる美凪を、俺は呆れた目で見ていた。


「名前は桜井美鈴と申します!!生徒会長の桜井霧都は私の最愛のお兄ちゃんです!!」


 ……ん?

 最愛の……お兄ちゃん?


 みんな突然の発言に首を傾げる。

 隣りの美凪も首を傾げていた。


「趣味はお兄ちゃんを最高にかっこよくするためにファッション雑誌を見ることです!!あ、何もしてなくてもお兄ちゃんは最高にかっこいい世界で一番の男性ですけど!!私の尊敬する人はお兄ちゃんです!!好きな人もお兄ちゃんです!!愛している人も当然お兄ちゃんです!!私の命の全てはお兄ちゃんに捧げています!!お兄ちゃんの幸せこそが私の生きる全てです!!」


 クラスの全員が言葉を失っていた。

 隣りの美凪も目を見開いている。


 や、やべぇ女だ……


「そんなお兄ちゃんに仇なす人間は許しません!!こんな私ですがどうぞ一年よろしくお願いします!!」


 初っ端からぶっ飛んだ自己紹介に、クラスの全員が拍手を忘れてしまった……

 山野先生は苦笑いを浮かべていた。


「さ、さて……次の奴に行こうか……」


 山野先生の言葉で次の人が自己紹介を始めた。


 名前と趣味。尊敬する人は両親。

 普通の自己紹介だった。


「さ、桜井さんて……特殊な方だったんですね」

「俺もびっくりだよ。話してる時はそんな雰囲気はなかったけどな……」


 なんて話をしていると、俺の後ろまで自己紹介が進んでいた。


 そして、奏の自己紹介が始まった。


「皆さんこんにちは。音無奏です。趣味は読書でライトノベルや漫画などを読むのが好きです。苦手なことは身体を動かす事で、体育祭ではご迷惑をおかけするかと思います」


 と、奏は『余所行き』の話し方で自己紹介を始めた。


「好きな人は前の席に居る海野凛太郎くんです」


 ザワッ!!


 奏の言葉に俺は頭を抱える。


「……え!?隣人さん!!どういうことですか!!??」


 奏さんって隣の席の成瀬さんとお付き合いをしてるんじゃないですか!?


「続きを聞いてればわかるよ……」


「ふふふ。そして『愛している人』は隣の席に座っている幼馴染の成瀬幸也です。彼とは中学生の時からの交際三年目になるラブラブの彼氏です。結婚を前提にお付き合いをしています」


 ザワッ!!


「こんな私ではございますが、一年間よろしくお願いします」


 フワリと笑みを浮かべながら、奏は席に座った。


 そして、興奮冷めやらぬ中。幸也の自己紹介が始まる。


「はい!!皆さんこんにちは!!成瀬幸也と言います!!」


 と元気良く声を張り上げるとクラスの視線が幸也に向いた。


「趣味は身体を動かすことで、中学までは野球をしてました!!苦手なことは勉強で、この高校に入れてのは奇跡だと思っています!!」


 あはは。とクラスに笑いが生まれた。

 だが、それも一瞬のことだった……


「好きな人は前に座る海野凛太郎です!!」


 ザワッ!!


「り、隣人さん!!??」

「続きを聞いてればわかるよ……」


 本日二回目のセリフを俺が言う。


「そして、『愛している人』は隣の席に座っている音無奏です!!彼女が言っていたように、交際三年目で結婚を前提にしているラブラブのカップルです!!」


 ザワッ!!


 幸也はそう言うと、隣の奏にウインクをした。


「もー幸也ったら!!」


 なんてやり取りをしてるバカップル二人。


「こんな俺ですが、一年間よろしくお願いします!!」


 そう言うと幸也は席に座った。


「あ、あなた達の関係性が……よくわかりません……」

「まぁ……そうだよな……」


 俺がため息をつきながらそう言うと、美凪はこぶしを握って


「私も負けない自己紹介をしなければ……っ!!」

「張り合うなよ……ばか」


 そんな俺の声も虚しく、美凪の自己紹介が始まった。


「皆さんこんにちは、美凪優花と申します」


 フワリとほほ笑みを浮かべ、余所行きの話し方……いや美凪いわく、日常の話し方で自己紹介を始めた。


「得意なことは勉強です。趣味は奏さんと同じく読書です。ミステリー小説が好きです」


 嘘つけ。漫画本を読んで笑ってたじゃねぇか……


「好きな人や愛している人は居ませんが、命の恩人ならいます」


 ザワッ!!


 俺は嫌な予感がして隣を見る。

 すると、美凪はニヤリと笑っていやがった。


「私の命を救ってくれた人は、隣の席に座っている海野凛太郎くんです。彼には多大なる感謝をしています」


 や、やりやがったな……


 クラスの視線が俺に集まっているのを感じる。


 海野凛太郎って何者なんだ……と。


 桜井さんの『お兄ちゃん事件』が薄れているのを感じた。


「こんな私ではございますが、一年間よろしくお願いします」


 美凪はそう言うと席に座った。


「やりやがったな、てめぇ」

「ふふふ。あの二人に負けないインパクトを残せました!!」


 ドヤ顔でそんな事を言う美凪。


 そして、異様な空気の中。最後の生徒の俺の自己紹介が始まった。


「えー皆さんこんにちは。海野凛太郎と申します」


 こいつは何を言うんだ!?

 という視線をビシビシ感じる。


「趣味は勉強と筋トレです。得意なことは料理です。家庭の事情で家事全般のスキルは高いと自負しています」


「隣の美凪には昨日、俺の料理を振舞っています。隣の部屋に引っ越してきたこいつが、腹が減ったから飯を食わせてくれ。そう言って俺の家まで来ました」


 ザワッ!!


「隣人さん!!??」


「隣の席の美凪優花は、タダ飯を食ったあげく、引っ越しの荷片しの手伝いまでさせる厚かましい女です。俺が食器を棚に閉まってる時は、漫画本を読んでヘラヘラ笑っていやがりました。自分はそんな人間にも優しく出来るような男です」


 俺はそう言うと、隣の美凪にニヤリと笑った。


「そして、明日の委員決めでは立候補が無ければ学級委員をやろうと思っています。こんな俺ですが一年間よろしくお願いします」



 俺がそう言って席に座ると、隣りの美凪が頬を膨らませていた。


「お、美凪。可愛い顔をしてるな。今まで見た中で一番の美少女だそ」


 と、からかってやった。


「わ、私の持っている純情可憐なイメージが台無しです!!責任取ってください!!」


 可愛いのは当然です!!


 なんて言っていた。


「純情可憐なんてイメージは欠けらも無いだろ……」


 見てみろよ?


 と俺が言うと、


「……え?」


 クラスメイトの視線がとても暖かく美凪に注がれていた。


「……あぅ」


 美凪は顔を赤くして机に伏せた。



「はぁ……今年も個性的なやつらのいるクラスの担任とはな……」


 と山野先生は呆れたようにそう呟いていた。

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