第一話 ~腹ぺこお嬢様が家にやって来た件~
第一話
春休みの最終日。俺は明日から始まる新学期のための準備を急いで進めていた。
昨日一日は引っ越してきた荷物の整理に追われていたため、何も出来なかったから今日がそのラストチャンスと言える。
このマンションに引っ越してきたのはつい昨日のこと。
俺が進学した海皇高校と親父が勤める会社が近かったことが理由だ。
母親は五年前に病気で他界し、今は俺と親父の二人暮らし。
システムエンジニアの親父はかなり生活が不安定の為、家に居ないことも少なくない。
そんな生活を何年も続けていたからか、家事全般のスキルが俺に身に付いたのはある種当然とも言えた。
時計を見ると、午後の三時を指していた。
マンションの隣の部屋に、引っ越し業者が朝からガサガサとやっていたが、それもようやく落ち着いてきた頃だった。
どうやら一日違いで隣に引っ越して来た家族が居るようだ。
そんなことを考えていると、
ピンポーン
とインターホンが鳴った。
「誰だ?」
引っ越して来たのは昨日のこと。
誰かが訪れるなんてことは考えていなかった。
「NH〇の人間かな……」
なんて呟きながら、インターホンの前のカメラの映像を見ると、二十代後半位に見える、栗色の髪の綺麗な女性が何やら箱のようなものを持って立っていた。
親父の恋人?いや、そんな訳ないな。こんな美人があの親父の恋人なはずが無い。
……壺でも売りに来たか?
まぁ、話くらいは聞いておくか。
俺はそんなことを思いながら玄関へと向かう。
そして、ガチャリと鍵を開けて扉を開く。
すると、
「こんにちは、いきなりすみません。今日より隣に引っ越して来た
美凪と名乗った女性はそう言うと、フワリと微笑んだ。
「朝からうるさくしてすみません。こちら、つまらない物ですがお納めください」
そう言って女性は手にしていた箱を俺に渡してきた。
「お隣さんでしたか。引っ越しの音なら気にしないで良いですよ。自分は
「まぁ、そうだったんですね。それは奇遇です」
パンと手を合わせながら、女性は笑った。
笑顔が素敵な女性だな。
そんなことを思いながら、俺は『社交辞令の一環として』次の言葉を言った。
「何か困り事があったら言ってください。隣人同士、助け合いで行きましょう」
まさか、この言葉がきっかけであんな事になるなんてのは、その時の俺には全く予想もしていなかった。
「ありがとうこざいます!!仕事の関係で家を空けがちなんです。子供も居ますのでそう言っていただけると助かります。お隣さんが優しい人で良かったと安心しました」
……今の言葉。もしかしたら母子家庭なのかもな。
若そうに見える人だし、まだ子供も小さいんだろうな。
もしかしたら『子供の面倒を見てくれ』なんてことを頼まれることもあるかもしれないな。
小さい子供は嫌いじゃない。たまに遊び相手になるくらいなら良い暇つぶしになるだろう。
そんなことを思いながら、
「うちの親父も仕事で家を空けがちなんです。まぁ、基本的には暇なんで子守りでもなんでも、頼まれればやりますよ」
と答えた。
「ふふふ。うちの子供はまだまだお子様で君みたいにしっかりした子じゃないのよね。でも、流石に一人でお留守番は出来ると思うわ」
「あはは。しっかりしてると思っていただけて光栄です。あ、すみません。長話をしてしまうと美凪さんの荷片付けに支障が出てしまいますね。この辺で失礼したいと思います。それでは今後もよろしくお願いします」
「お気遣いありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
俺はそう言って玄関の扉を閉めた。
そして、美凪さんが立ち去った頃を確認してからガチャリと鍵を掛けた。
「ふぅ……結構緊張したな……」
あれほどの美人と会話をしたのは初めてだったので、背中には冷や汗をかいてしまった。
お隣さん。という事は、これからも交流があるんだろう。
少しずつでも慣れておかないとな。
なんて思っていると、持っていたスマホがメッセージを受信したことを知らせた。
『すまない、凛太郎!!会社でトラブルがあって帰れなくなった!!今日の夕飯は無しでよろしく!!』
はぁ……またか……
最近多いよなぁ。システムトラブル。
新規の顧客案件が上手く行ってないようで最近は帰れないことが多い。
なんだかんだ言って、昨日の荷物整理も全て俺がやってるし。
『わかったよ。今日はハンバーグだったけど残念だったな』
と俺は読むかはわからんが返事を送っておいた。
冷蔵庫の中には仕込みを済ませたハンバーグが寝かせてある。
あれは……そうだな、焼いておいて、明日パンに挟んで食うか。
そして、明日のための準備も終わり、汗を流すためにお風呂にも入ったあと、さっぱりとした身体で夕飯を作るか。
そう考えていた。
時刻を確認すると十九時。
寝かせて置いたハンバーグのたねも、いい感じになってると思う。そろそろ焼いてもいい時間だな。
俺は冷蔵庫の中からステンバットを取り出して台所に置く。
そして、IHのコンロの上にフライパンを乗せて、フライ返しとサラダ油を用意する。
テーブルの上にはお皿を用意しておけば準備万端だ。
「よし。お手製ハンバーグを焼くか」
俺がそんなことを呟いた。
その時だった。
ピンポーン
とインターホンが鳴った。
「……誰だ、こんな時間に?」
親父。では無い。先程の俺の返信に
『ハンバーグは残念だけど諦めるよ……』
と返事があったことから、帰って来た。とは考え難い。
「N〇Kの人間かな……」
なんて思いながら、俺はインターホンの前のカメラに映った映像を見る。
そこには、
「……え?美凪さん……いや、似てるけど違うな」
栗色の髪を腰まで伸ばした美少女がカメラに映っていた。
その姿は、先程お会いした美凪さんが、十歳くらい若返ったような見た目だった。
そう、俺と同年代位の女性が立っていた。
俺は訝しげに思いながらも玄関へと向かう。
そして、ガチャリと鍵を開けて玄関の扉を開いた。
目の前に居るのは、やはりカメラに映っていた俺と同年代くらいの栗色の髪の美少女だった。
その彼女は切羽詰まったような表情で、俺の目を見ながらこう言った。
「お腹が空きました。何か食べさせてください」
と。
これが、
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