第二話 ~生意気なお嬢様に夕飯を食わせることになった件~

 第二話




「お腹が空きました。何か食べさせてください」



 栗色の髪の美少女は切羽詰まった表情で、俺の目を見ながらそう言ってきた。


「なんで初対面の人間に飯を振る舞わなきゃなんねぇんだよ?」


 いや、この対応は普通だろう。いきなりやって来て、お腹が空いたから何か食べさせてくれって、中々の暴論だと思う。


 だが、目の前の女はニヤリと笑いながらこんな事を言ってきた。


「先程お母さんに言ったそうですね。『何か困り事があったら言ってください。隣人同士、助け合いで行きましょう』と」


 子守りでもなんでも、頼まれればやりますよ。なんてことも言ったそうじゃないですか?


 おいおいマジかよ……目の前のこの女は、先程の美凪さんの『娘』だったのかよ……


「まさか、その言葉を言って数時間でこんな事になるとは思いもしなかったわ……」


 俺は高校生にもなって隣の部屋の住人に飯をせびりにくる厚かましさに辟易としながら、そんなことを呟く。


「ふふーん。こんな美少女にご飯を振る舞えるのです。光栄に思ってくださ……」


 パタン


 俺は玄関の扉を閉めた。


 当たり前だろう。少なくとも頭を下げて『お願いします』とでも言ってくれば話は別だが、こんな上から目線の奴にくれてやる飯は無い。


 すると直ぐに


 バンバンバン!!!!


 と扉を叩く音がする。


 うるせぇな。どんだけ強く叩いてんだよ!!


『ごめんなさい!!嘘です!!お腹ぺこぺこなんです!!助けてください!!隣人さん!!』


『お母さんは職場に呼ばれちゃって家に居ないんです!!』


『朝から引越しやらなんやらで何も食べてないんです!!このままでは餓死してしまいます!!殺さないで!!』


 一日くらい飯食わなくても死ねねぇよ!!


 てか、美凪さん。職場に呼ばれちゃってたのか……


 なんて思いながらも、このままご近所さんに誤解されるのも嫌なので玄関の扉をもう一度開く。


「……お願いします。ご、ご飯をください……」


 と涙目の女が目の前に居た。


 流石に少しだけ不憫になってきたので事情を聞いてやることにした。


「いや、そもそもなんでうちに来るんだよ?五百円玉一枚あれば牛丼くらい買えるだろ」


 マンションの下には牛丼チェーン店がある。

 五百円なんて言わなくても三百円位でも食えるだろ。


 俺がそう言うと、女はドヤ顔で言ってきた。


「宵越しの銭は持たない主義なので、財布の中は0円です!!」

「自業自得じゃねぇか……」


 俺は一つため息をついてから、女に言う。


「入れ。飯を振舞ってやる」

「良いんですか!!」


 ぱぁ!!と表情を輝かせる女。

 その顔はまあ可愛いと思ったな。


「ちょうど一人分の夕飯が余りそうだったんだ。その分を食わせてやるよ」

「あ、ありがとうございます!!」


 そう言って頭を下げる。だが、顔を上げた女は少しだけ眉を寄せながら、


「あ、家に連れ込んだからって変なことをしたら警察を呼びますからね?」


 パタン


 俺は玄関の扉を閉めた。


 よし、あの二つのハンバーグは俺の分と明日の朝の俺の分だな。


 バンバンバン!!!!


『ごめんなさい!!冗談です!!開けてください!!』


 ……はぁ


 ガチャリともう一度玄関の扉を開いた。


「うぅ……ごめんなさい……」

「わかればいいよ。とりあえず、お前相手に何かしようなんて思わないから安心しろよ」

「はい……」


 そして、女は家に入ってから言う。


美凪優花みなぎゆうかと申します。好きに呼んでください」

「じゃあ、美凪って呼ぶわ。俺は海野凛太郎うみのりんたろうだ。好きに呼べばいい」


 まぁ、苗字呼びだろうな。なんて思ってると、


「では、『隣人さん』でよろしくお願いします」

「……は?」


 俺の言葉に、美凪はニヤリと笑いながら


「先程は意地悪をされましたので、私も意地悪をし返そうと思います」

「お前の飯を無くしてやっても良いんだけどな?……まぁいいや。好きに呼べって言ったしな」


 俺はそう言うと、美凪を部屋へと案内する。

 荷物整理は昨日の内に終えてるので家の中は綺麗だ。


「ほうほう……なかなか綺麗にしてありますね」

「まぁな。昨日引っ越して来たばかりだし、そもそも汚れる要素なんかないだろ」


 なんて話をして美凪を手洗い場に連れて行く。


「まずは手を洗え。飯はそれからだ」

「はーい」


 俺はしっかりと手洗いをしてるのを見届けてから台所に向かう。


 IHのコンロに熱を入れて、フライパンを温める。


 その間にステンバットにかけてあったラップを剥がして捨てる。


 そして、しばらくするとフライパンが充分に熱せられたのでサラダ油を引いてハンバーグを焼いていく。


 ジューと言う肉の焼ける音と、暴力的な匂いが辺りに広がる。


「いい匂いですね!!」


 そう言って美凪がトコトコと台所にやって来る。


 そして、フライパンの中を見て叫んだ。


「ハンバーーーーーーーーグ!!!!!!」

「いや、そのネタはもう古いだろ……」


 苦笑いを浮かべながら俺はそう言うが、美凪はドヤ顔で言い返して来た。


「ハンバーグを見たら絶対言うと決めてますから」

「あ、そう……」


 そして、美凪は少しだけはにかみながら言う。


「なにか手伝うことはありますか?」

「へぇ、殊勝な心掛けだな」


 俺はそう言うと、フライパンから少しだけ離れ、冷蔵庫から半玉のレタスを取り出す。


「そこの棚にボウルがあるから取って水道の横に置け。そしたらこのレタスを水で洗ってちぎってボウルの中に入れてくれ。簡単だけど付け合せのサラダにするから」

「はーい。これ程の美少女がちぎったレタスなんて、諭吉が吹っ飛ぶ価値がありますよ」


 なんて言いながら、美凪は手際良くレタスを洗ってちぎっていく。ふーん。この位は出来るんだな。


 なんて思っていると、ハンバーグが良い感じに焼けてきた。


「おい、美凪。ボウルが入ってた棚に皿がある。俺の分はもうテーブルにあるから、それと同じのをテーブルに用意しろ。それがお前の皿だ」

「はーい」


 美凪はそう言うと、棚から皿を一枚取り出してテーブルに乗せる。ボウルに入れたレタスサラダも一緒にテーブルに乗せた。


 そして、俺はハンバーグが入ってるフライパンを持ってテーブルへと向かう。

 用意された皿に、ハンバーグを移せば完了だ。


 いい感じに焼けてる。箸で割れば中から肉汁が溢れる最高の一品に仕上がってるはずだ。


「おい、美凪。棚に茶碗があるから好きなだけ炊飯器からご飯をよそえ」

「わーい!!ご飯大好きなんです!!」


 美凪はそう言うと、棚から茶碗を取り出して炊飯器を開ける。


 予約で炊いてあったご飯はしっかりと時間通りに出来上がっていた。


「ご、はん!!ご、はん!!」


 としゃもじで炊けたご飯をほぐしていく。


 そして空気を混ぜてふんわりしたあきたこまちを茶碗に山盛りにしていた。


 良く食う女だな。


 だが、『ダイエット』なんて言ってちょっとしか食わないような奴よりは断然好感が持てる。


 そして、俺もご飯をよそって椅子に座る。


「汁物が欲しければコーンスープなら粉のを用意出来るけどいるか?」

「いえ!!お腹がもう限界なので早く食べたいです!!もう待てません!!」

「あはは。そうか。確かに俺も腹が減ったよ」


 時計を見ると二十時になっていた。

 確かに腹も減るよな。


 そして、俺と美凪は声を揃えて


「「いただきます!!」」


 と言って夕飯を食べ始めた。



 これがこいつと今後何回も、何年も、共に食べる事になる夕飯の記念すべき『一回目』だった。

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