第27話

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魔族の領域に、ひとつの噂が流れた。


現魔王が悪政を敷いているため、それを正すために魔神が闇の神族を使わした。

というもの。


いや、流したんだけどな。

セコイけど、噂というのはバカにできない。

住民にある種の空気を持たせられる。


「こんなんでホントにいけるのか?」

サバーシが疑問を口にする。

あくる日、マジニーとディロピートが私の事を伝えたようだ。

最初は驚いていたが、サバーシはすぐに気にしなくなった。

深く考えない性格だな。

「本当に民が不満を持ってるなら、それが噂によって噴出してくる」

私は自信たっぷりに言った。

しかし、内心ではサバーシと同じように不安だ。

「いけるさ」

マジニーはうなずいた。

そう言ってもらえると、私も少しは安心する。

「噂をバラまくのは布石にすぎない。同時に協力者を集めてゆく」

「ボーソン家は既に協力を約束している」

ディロピートが言った。

「我々レイス族も協力を惜しまない」

マジニーも言った。

「それから、ゴブリン、ガーグも協力を約束している」

「普段から虐げられてる連中ばかりだな」

サバーシは見抜いたようだった。

普段から不満がある種族だ。

これらの種族は勢力としては少数派で、基盤が弱い。

「だから、神族を味方につける。お前さんも巫女として協力してくれ」

「それは構わないけど」

サバーシは茶を一口すすった。

皆、私の部屋でテーブルを囲んで座っている。

「成功率は低いんじゃないか?」

「分らん、ただ失った力は取り戻してくれるそうだ」

私は答えた。

「闇の力か」

「その辺はよくわからん」

私は首を傾げる。

「なんだか、別世界の神族らしいしなぁ」

「力になれば、なんでもいいじゃないか」

ディロピートが割って入ってくる。

「まあそうなんだが…」

「この勢いで一気に攻勢をかけるべきだ」

「賛成だな」

ディロピートの意見にマジニーが同意した。



「サンバッ!」

エンプーサはなにやら言って、奇妙な踊りを踊った。

「はい、解呪したよ」

「え、もう?」

私は瞬きをした。

何も感じないんだけど。

「私は身体に付いていた呪法を除去しただけさ」

エンプーサはキセルをふかし始めた。

「魔力は少しずつ戻ってくるよ」

「え、時間かかるの?」

私は驚いて聞いた。

「そのうち戻るよ、めんどくさいねぇ」

エンプーサたちは、のんべんだらりとするのが板に付いてしまったようだった。

「本めくるのめんどくせー」

「ゴハン食べるのめんどくせー」

「息するのめんどくせー」

毎日ダラダラしている。


……あれ? どっかでみた光景だな。


もう死んでるけど、そういうヤツらいたよね。


「まあ、いいけですけど、挙兵したら手伝ってくださいね?」

私は頼み込んだ。

我ながら低姿勢だが、相手は神族だし、仕方ない。


「わかった、わかった、でももう少しダラダラさせてくれないかえ」

エンプーサはソファに寝っ転がってしまった。



ゴブリン、ガーグ、レイス、ダークエルフ。

数の上ではゴブリンが一番多く、1万人ほど。

ダークエルフがその次で、5千人ほど。

レイス、ガーグは数百人単位だ。

どんなにかき集めても2万人規模の軍勢だ。


現魔王の勢力は10万人はいくだろう。

そのうちの中核となる勢力は3万人程度か。

残りの7万人は日和見。


現職魔王は牛角の悪魔だ。

悪魔は言い換えれば「上位の魔族」のことで、その種類は多岐にわたる。

牛や羊などの獣の特徴を持つ有角人から、蛇や亀やトカゲなどのは虫類系、吸血鬼、獣に変身する獣人などなど。

かく言う私も悪魔の一種族である。

歴代の個体が強力なため、大体が魔王を継承してきた。

要は、有力種族をまとめて悪魔と称した訳である。

これには人間たちの宗教の影響もある。

力のある魔族を一緒くたにして悪魔に仕立てたという事でもある。

ゴブリン、オークなどはどちらかというと精霊の血を引いていて、これはエルフが大元になる。


余談だが、精霊は最初に四つに分れた。

地水火風の4種だ。

地はノーム、水はウンディーネ、火はサラマンダー、風はシルフ。

ノームからは、ドワーフやレプラコーンなどが派生した。

ウンディーネからは、ケルピーやメロウなど、水に関係する種族が派生した。

サラマンダーからは、火に関係する種族が生まれた。

シルフからは、エルフが生まれ、ゴブリン、オーク、トロールなどの近縁種たちが派生した。


悪魔や精霊が集まって一大勢力となり、魔族となった。

魔族は人間の国々とは非友好関係にあることが多い。

過去の幾度かの大戦を経て、人間も魔族も国としてはお互いに犬猿の仲だ。

むしろ、人間が我々を魔族として結束させたと言える。

中にはボグダやクルーダのような中立の街もあるが、そうした街は多くはない。

大多数は魔族を嫌っていて、皇国の影響下にある。

皇国は新たな宗教を興し、人間たちを教化して魔族を敵視させている。

貧困や不幸の原因はすべて魔族のせいという訳だ。

単純な洗脳だ。


皇国は事ある毎に南下し、魔族連合を打ち倒そうとしてきた。


……まずい。

我々が内紛している時にヤツらが攻めてくる可能性がある。

なぜもっと早く気がつかなかったんだろう。


私の心に迷いが生じた。

ここで現魔王との戦いなど起こしてたら、攻めてくれと言ってるようなもんだ。

短期間で終わらせる?

上手くいくとは限らない。

泥沼の戦いになって疲弊するかもしれない。


「どうしよう、リチャード?」

私は側近に相談してみた。

いつもコイツが話を聞いてくれた。

今回もそうした。

『難しい問題ですね』

リチャードは腕組みしている。

『私にそんな事が分る訳ないです』

「うん、そうだろうね」

私はうなずいた。

『じゃあ聞かないでくださいよ』

「まあなんていうか、一種の儀式みたいなもんだ」

『訳が分りませんな』

リチャードはため息をついている。

幽霊のくせに器用だな。


「簡単だ、逆に考えれば良い」

ウピルが言った。

結局、神族に頼ることにした。

一応神様だしな。

「一応とかいうな」

ヴルコラクがつっこむ。

「侵攻されちゃってもいいさ、と考えるってことか?」

ヴァラコルキが冗談めかして言う。

「ま、そういうことだな」

ウピルはうなずく。


…え、ちょっと待って。

なにこの極悪な理屈?


「皇国だったか、敵をこちらの内側へ引き込み、それを利用すれば一石二鳥ってヤツだな」

ウピルは続けた。


戦略としては分るが、被害どんだけ出るんだよ。


「そ、それは国内の被害がすごいことになりそうなんですが……」

私が正直に言うと、

「被害だと?」

ウピルはきょとんとしている。

「そんなもん気にしてたら統治なんてできないだろ」

そして、言ったもんだ。


さすが闇の神族。

しかし、一理あるかもしれない。

この状況下では、どうやっても被害は出る。

できるだけ被害を少なくするという考え方になる訳だ。


「メリットはあるぞ、味方がピンチの時に、お前さんが颯爽と現れて敵を追い払うんだからな、味方の支持率が爆上げになること請け合いだ」

ウピルは、ニヤニヤ笑いながら言った。

「デメリットは伏せる訳ですね」

私が言うと、

「気付かない方が悪い」

ウピルは悪びれもしない。


いや、自分で敵を引き寄せてる時点で卑劣過ぎることこの上ない。

所詮、政治なんてそんなもん、か?


「オレも自分で調べて見たが、遅かれ早かれ皇国は攻撃してくる。そうなってからじゃ遅い」

ウピルは少し踏み込んで話をしてくる。

「はい」

私はうなずいた。

「ならばこちらから仕掛けて行くしかない。真面目な話、どう転んでも被害がデカいからな。お前さんは最後にこの国にとって益となる選択をすべきだ」

「どんだけ国民が死んでも、ね」

エンプーサが怖い事を言った。



選択肢はないようだ。

私は策を練った。

幸い、マジニーやディロピートたちは私に着いてきてくれる。

彼ら、彼女らにとっての現状は、ジリ貧なのだ。

現魔王の政治はそれほど悪化している。


ゴブリンが反乱を起こした。

ゴブリンたちは、よく反乱を起こすので、疑われにくい。

現魔王の勢力が鎮圧にかかる。


しかし、ゴブリンも粘って持ちこたえた。

何故かというと、ボーソン家が裏から物資を供給しているからだった。

ちなみに物資はボグダの街のライネたちから購入している。

現魔王もすぐそれに気付いたらしい。

ボーソン家と連絡を取ってくる。


「おまえら、何のつもりだ? 魔王は反乱を許さんぞ?」

と高圧的に言ってくるが、

「はて、何のことでしょう? 証拠はおありですかな?」

ボーソン家はしらを切った。

ゴブリンたちとの戦いは長引いた。

現魔王の勢力も少しずつ疲弊してくる。


次の段階だ。

レイス、ガーグたちが反乱に加担しだした。

暗黒魔法に長けたレイスと強靱な肉体のガーグは戦力としては強力である。

ゴブリンの人海戦術という「歩」にも苦労しているのに、「飛車」・「角」が増えたようなもんだ。

現魔王は焦ってきたようだ。

なかなか反乱が鎮圧できないというのは、支配体制に影響してくる。


業を煮やした現魔王はダークエルフにも攻撃をしかけてきた。

物資を供給する拠点を叩くつもりだ。

ここで、ダークエルフも反乱に参加である。

通常ならば数ですり潰されるところだが、予めバラまいておいた噂が効果を発揮したのか、多くの種族が参戦を渋り始めた。


これで現魔王とその仲間たちと反乱勢力の戦いに持ち込める。

目的は現魔王勢力を疲弊させること。

それだけのために七面倒臭いことをしてきたのだ。



同時に皇国へ噂を流していた。

人を雇ったのでかなりの出費になるが。

「皇国で噂を流そう」

ウピルの発案だ。

「魔族が仲違いしている、叩くなら今だ! てな具合にな」

「皇国は罠だと思いませんかね?」

私は疑問を口にしたが、

「罠だろうと何だろうと数の暴力を持ってれば気にしないさ」

ウピルは答えた。

「戦争は数だよ、魔王ちゃん」

ヴルコラクが冗談めかして言う。

「皇国は人口だけは多いからな」

ヴァラコルキも同意する。

「今、攻め時と思えば罠とか関係なく潰しに来る」


私の脳裏にそういったやり取りが浮かんだ。

果たして、皇国は動いた。

かなり前から魔族連合の内紛を聞きつけていたらしい。

皇国の軍勢がボグダへ押し寄せてきたという。


10万の軍勢がどっと押し寄せた。

魔族の土地を蹂躙するために。


こちらの勢力は味方が2万。

日和見が7万として、9万の軍勢。

あと、現魔王の勢力から寝返るヤツらがいれば尚良しだが。

それは期待すまい。


国境に皇国の軍勢が現れる。

魔族の軍勢に動揺が走った。


魔族の軍勢は内乱で疲れ果てているのだ。

そこへ皇国の軍勢が押し寄せた。

普通なら敗走確定である。


「臆するな!」

そこへ颯爽と現れたのは、私こと前魔王のドラグナ・ストームベインと、マジニー、ディロピート、サバーシだ。

マジニーはレイスの精鋭、ディロピートはダークエルフの精鋭、サバーシは獣人の精鋭を伴っている。

私は4人の神族を伴っていた。


「魔神様より使わされた闇の神族が我らに味方しておる!」

あらん限りの声を振り絞って、味方を鼓舞した。

「久々に暴れられるぜ」

「必殺技とか見せられるな」

「これまでの鬱憤を晴らさせてもらう」

「やれやれ、私はダラダラしてたかったけど、仕方ないねえ」

4人の神族は一騎当千の働きを見せた。

4千人分に相当する。

たちまち戦況が覆った。

これを見た日和見の種族たちは、我々へ味方した方が良いと考えた。

温存されていた7万の兵が参戦。

皇国と真正面から戦い、これを押し返したのだった。


皇国は敗北を悟り、撤退した。

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