第26話
(26)
ボグダの街を出て、古い神殿へ向かう。
ボグダの街の住人は「いにしえのしんでん」と呼んでいるらしい。
「いにしえ…イニシエーションなんつって」
「くだらん」
私が冗談を言うと、マジニーは一笑に付す。
神殿は林の中にあった。
この辺は樹木が多い。
もう何十年と人が住まない廃墟になっており、荒れ放題に荒れている。
…下手すると遺跡だな。
「この神殿はどの神を祭ったものなんだ?」
「あー、あれだな、古い神の一柱だな」
サバーシが遠くを見るように神殿を見つめた。
なにかが見えているのだろう。
巫女だしな。
「名前はなんて言ったっけ、セドルだっけか」
「…黄昏の魔神か」
マジニーが言った。
「そうか、闇属性の魔法使いはセドルの力を借りるんだっけか」
私は聞きかじりの知識を披露した。
魔王時代に聞いたものだが。
「借りるというか、闇のパワーそのものだからな」
マジニーは肩をすくめる。
「闇の精霊の親玉みたいなもん」
サバーシはあっけらかんと言う。
「闇は力の根源であり、この世界のすべての物の半分でもある」
マジニーは誰にとでもなく言った。
「混沌そのものだ」
「そう、混沌は世界から消えたものをも包括する」
サバーシが続きを言った。
「だから、無くしたものを取り戻すのも闇の力という訳だ」
マジニーは厳かに言い渡した。
「そうか、闇のアイテムか」
私は理解した。
魔神に身を売り渡す事になりかねない。
魔族は人間以外の種族であり、しばしば人間と敵対的にはなるが、悪ではない。
しかし、一部の魔神は根源的な悪である。
破壊
混乱
無秩序
そうした力の発現した姿だ。
「…そんなものに頼るのは躊躇するな」
「ここまで来て、躊躇するのか」
ディロピートが言った。
「そういうがな、闇の力を取り込むのは危険だ」
私は答える。
「そう、レイス族は闇の力を使うが、そのお陰でこんな姿になった」
マジニーはフードを脱ぐ。
金色の目。
ガリガリに痩せて骨張った身体。
常に黒く濁った魔力が滲み出ていて周囲にいる者をヒヤリ、ゾクリとさせる。
「我らも元はエルフに近しい種族だったらしい」
マジニーは自嘲気味に言う。
エルフの近縁種は多い。
レイス族、オーク族、グール族、トロール族、そしてゴブリン族。
ほとんどの亜人はエルフから分れたものだ。
信仰する魔神の影響だったり、使用する魔法の属性による影響だったり、理由は様々だがエルフから変異し枝分かれした。
例外はドワーフである。
ドワーフはノーム、レプラコーン、コボルトなどと同系の種族だ。
ドワーフは独立した国を形成しているので、人間や魔族と関わってくることは少ない。
*
神殿の付近には野生動物が生息しているが、わざわざ襲ってくることはない。
野生動物は得てして臆病なものである。
一応、林の中にゴブリン族の集落があるが、ボグダの街に住む人間たちとは不干渉の間柄だ。
時々、物々交換をしているらしい。
林で採れる果物、木の実、キノコ、山菜などを供給し、その代わりに服や生活必需品を得ている。
「どうも、ゴブリンさんたち」
私はゴブリンが使用する平原エルフ語で挨拶をする。
ゴブリン族は、平原エルフにくっついて生活してきた歴史があり、秘密主義・保守的な森エルフ、つまりダークエルフとは関わりが薄い。
「族長殿はいるかな?」
「どうも、遠い遠い親戚のエルフさん」
「族長を呼んできますだで」
ゴブリンたちは礼儀正しく対応した。
「…鉱山にいた連中とは別物だな」
「ゴブリン族は喧嘩っ早く勇猛果敢ではあるが、それは敵が居る時だ」
マジニーが疑問を述べると、私は説明した。
「普段から全方位に敵対的な訳はない。それにこの辺の連中は文化的だ、流れのゴブリンとは違う」
「ふむ、そういうものか」
すぐに族長がやってきて、歓迎の意を述べた。
「ようこそ、遠い親戚のエルフ殿とそのお仲間さんたち」
「丁寧な挨拶痛み入る、これは我々の気持ちです」
荷物の中から、食糧や日用品、アクセサリなどを渡す。
予めボグダの街で用意してきたものだ。
「いえいえ、受け取れません」
「いえいえ、気持ちですから」
と、お決まりのやり取りを経て、
「ではあまりに固辞しても失礼ですので」
ゴブリンの族長は贈り物を受け取った。
「ぜひ歓待を」
「いえ、これから神殿に行きますので」
「え…あそこに行くので?」
ゴブリンの族長はドン引きしたようだった。
闇の神が祭られているので、この反応は予想できた。
「ちょっとした用事があるので」
「はあ」
ゴブリンの集落を離れ、私たちは神殿を目指す。
林の奥へ古道が続いており、暗い道を歩いて行く。
すぐに神殿が見えてきた。
小さな建造物である。
誰も来ないのだろう、汚れ放題になっている。
建物の中に入ると、礼拝堂になっていた。
礼拝堂のみの作りだ。
「どうやってそのアイテムを得るんだ?」
ディロピートが聞いた。
「分らん、くればなんとかなると思ってた…」
私は力なく答える。
「らしくない適当さだな」
マジニーが言った。
こんな訳の分らんアイテムだ。
情報は幽霊のお告げだけ。
適当と言われても仕方ない。
「少し考えさせてくれ」
私は時間稼ぎをする。
これがゲームなら、神殿が迷宮になっていて、モンスターを倒しつつ深部を目指せば自然にアイテムが入手できるだろう。
しかし、これは現実だ。
そう都合良くはいかない。
「サバーシ、なにかお告げとかないか?」
私は聞いてみた。
訳の分らない事は訳の分らないヤツに聞けばいい。
「なにも…」
サバーシは答えようとして、
「ちょっとまて」
途中で言を変えた。
「なにか降りてくる」
「え?」
私が言おうとした時だ。
バシーン!
雷にも似た音が響く。
途端にまばゆい光が礼拝堂に満ちた。
「うわ!?」
「なんだ!?」
「まぶしっ!」
私たちは身構えた。
「来た!」
サバーシが言った。
光が収まると、そこに居たのは4人の男女だった。
目が隠れるほどの長い黒髪。
サンダル履きで、ワンピースの服である。
肌が青白い。
筋肉質の大柄な男。
痩せてガリガリの男。
まるでガイコツのようだ。
髪の毛を逆立てた男。
口に沢山の牙が生えている。
「ち…」
「結局、戻れなかったか」
「しかし、どこだ、ここ?」
「別世界だな」
そいつらはブツブツと言い合った。
何だコイツラ…。
「…神族だ」
サバーシがつぶやく。
「なに?」
「てか、アイテムは?」
マジニーとディロピートが言った。
「それどころじゃない」
サバーシは緊張している。
「闇の神族だ、何をしてくるか検討もつかない」
「よう、お前ら」
筋肉質の大柄な男がこちらに声をかけてきた。
「ここはどこだ?」
「はあ、古の神殿です」
私は答えた。
「なんだそりゃ?」
痩せてガリガリの男が聞いた。
「この辺は魔族と人間が共存している土地で、ボグダの街と魔族の領地があります。
もし、ご所望ならボグダの街へご案内しますが」
「うん、まあ、その必要はないよ」
青白い肌の黒髪の女が言った。
「それより、この世界の情報が欲しいわね。あなたたち教えてくれる?」
「はあ、分りました」
私は交渉役を買って出た。
4人は色々と聞いてきた。
この辺の土地だけでなく、すべてについて疎いのが分った。
「はあ、これはまったく知らん世界だな…」
ガリガリの男が天を仰いだ。
それから話していて、名前が分った。
青白い肌の黒髪の女はエンプーサ。
筋肉質の大柄の男はヴルコラク。
痩せてガリガリの男はウピル。
髪の毛を逆立て、口に沢山の牙が生えた男はヴァラコルキ。
どこぞの異世界から来た神族らしい。
「ま、いっかー」
ヴルコラクは言った。
「いいんかい」
ウピルがツッコミを入れた。
「まあ、仕方ないさね」
エンプーサが肩をすくめる。
ヴァラコルキは無言。
「すいません、そちら様の事情は分りかねますが、この先何か目的は?」
私は話を持ちかけた。
「ねえよ、んなもん」
「んだんだ」
ヴルコラクとヴァラコルキがうなずき合う。
「私たちは、この土地には全くの無知だから、この先も案内して欲しいねぇ」
エンプーサが言う。
「それは構いませんが、こちらにもお願いがあります」
「なんだい?」
「みだりに人に危害を加えないことです」
「ああ? なんだと?」
ヴルコラクが気色ばんだが、
「まちな、ヴルコラク」
エンプーサがヴルコラクを抑える。
「別にいいさ、私らはこの土地に疎いのは事実だからね」
「だな、理由なく危害は加えんさ」
ウピルが同調する。
「ちっ…」
ヴルコラクが舌打ちした。
「ありがとうございます」
私は丁寧にお辞儀する。
想像の域を出ないが、この4人は普段よりパワーが落ちてるのではないだろうか。
最初に情報を求めたのも、それが影響している。
パワー的に万全であれば、我々など無視して、もしくは皆殺しにしてさっさと外に出て行けばいい。
外に出れば嫌でもどういう所かが分る訳だし。
慎重になっている。
こちらには都合が良い。
戦力はあった方がいい。
にわかに構想が現実味を帯びてきた気がする。
「ラグナスといったかい?」
エンプーサが言った。
神殿の外へ出て、とりあえずゴブリンの集落へ案内していた。
ゴブリンたちは妙な客が増えたので、少し警戒していたが、文句は言わなかった。怖いので。
「へえ、なんでしょうか」
「ボグダの街へ行ってみたいねえ」
私が聞くと、エンプーサは要望を口にする。
「ノッカーが怯えてるしな」
ウピルが言う。
どうやら、リーダー格はエンプーサで、ウピルが参謀役のようだった。
「ノッカー?」
「ああ、こっちじゃコイツラがゴブリンなのか」
ヴァラコルキがつぶやく。
「こっちのことだ、気にするな」
ヴルコラクが流した。
「とりあえず、隠れ家的なもんがほしい」
ウピルが言う。
「それなら手配つくと思います」
私は請け合った。
*
ボグダの街へ戻り、さっそくライネに話をしてみた。
ライネはすぐに物件を探してきた。
というか、商売が順調にいっていて、そろそろ拡大しようかと考えていたらしい。
私は街の一角にある家を借り、4人へあてがった。
「この街は風情があるねえ」
エンプーサはボグダが気に入ったようだった。
椅子に座ってキセルをふかしている。
他の3人も思い思いの暇潰しをしている。
「お気に召したようで何よりです」
私はにこやかに言う。
「ところで、お前さん」
エンプーサが話を振ってきた。
「どうやら、なんかの呪法で力が低下してるようじゃないか」
「はあ、分りますか?」
「見くびるんじゃないよ、これでもボーグだからねぇ」
エンプーサは言った。
…ボーグ?
不明な単語があったが、私は気にしないようにした。
「まあ、お前さんがよければ「ソレ」除去してやろうじゃないか」
「お申し出はありがたいんですけど、まだその時期じゃないので…」
私はやはり丁寧に言った。
「ヘンなヤツだねぇ」
エンプーサは仏頂面をしている。
「じゃあ、その気になったらいつでもいいなさいな」
「はい、ありがとうございます」
これで、力を取り戻す手はずがついた。
問題は軍勢をどう揃えるかだな。
「魔王様、おめでとうございます」
夜になり、自室でくつろいでいるとリチャードが姿を現す。
「いやまだだ」
私は言った。
「軍勢を揃えないとな」
「はあ、魔王様が顕現なされたら自然に集まるんじゃないですか?」
「楽観的でいいな、お前は」
「えー?」
「ダークエルフは現魔王に不満を抱いているようだが、他の種族はどうか分らんしなぁ」
「あの4人を将軍にしたらよいのでは?」
「うん、時期が来たら助力を願う」
私はうなずく。
あの4人は、元の世界に戻るのはほぼ諦めているようだった。
新天地であるここで、のんびり過ごすつもりらしい。
といっても、暇つぶしとして面白い何かを求めている。
「暇を持て余した神々の遊び」という訳だな。
現魔王へ反旗を翻すのは、ちょうど良い暇つぶしになるだろう。
「ラグナス、ちょっといいか」
マジニーが部屋に入ってきた。
ライネの計らいで、宿も一人一部屋、それもVIP用の豪華な部屋という贅沢をさせてもらっている。
これで二人一部屋と同じ料金だというのだから、ライネはどんな交渉をしたのやら。
やり手に育ったなぁ。
「立ち話もなんだ、座れよ……どうした?」
私が椅子を勧めるが、マジニーは突っ立ったまま。
「……」
マジニーの様子が変だ。
「陛下」
急に、マジニーは立て膝の姿勢になった。
俗に言う、ひれ伏すというヤツだ。
「お、おい!?」
私は驚いて変な声が出る。
「私は現王など認めてはおりません。
我がレイス族は、昔から軽視されがちな種族でした。
しかし、陛下の代になり、取り上げられるようになりました」
「ちょっとまて、誰かと間違えてる」
私はしらを切ったが、
「いいえ、王よ」
マジニーは頑として言った。
「始めは分りませんでしたが、途中で気付きました。ドラグナ・ストームベイン魔王陛下」
「……参ったな」
私はつぶやいた。
マジニーが言うように、確かに少数派の種族にも登用の機会を与えるという政策を実施した事があった。
そのせいで、多数派種族・大貴族には睨まれることになったが。
「我らレイス族はもちろんのこと、それまで不遇だった種族は陛下にお味方するでしょう」
「はあ」
私はため息。
「今は秘密にしておきたい」
「それは当然です」
マジニーはうなずいた。
「現王に知られるところになれば、追っ手が来ますからな」
「そのしゃべり方、やめろ」
私は渋い顔をする。
「分った」
マジニーはうなずくが、顔がにやついている。
「今の所、軍勢を揃える手はずが整っていない」
「ボーソン家は助勢する気がありそうだった」
「確約されてない」
「なら、確約を取ったらいい」
マジニーは言って、ドアの方へ声を掛ける。
「ディロピート」
……あ、コイツ、申し合わせてたな。
私は心の中で舌打ちした。
「すまん、ラグナス」
ディロピートは済まなさそうに言って、部屋に入ってくる。
「おまえら正気か?」
私はちょっとイラついて、
「私に味方するってことは命の危険が…」
「承知の上だ」
「右に同じ」
マジニーとディロピートはきっぱりと言い切った。
「そもそも、私の任務は魔王陛下を探すことだった」
ディロピートはカミングアウト。
「……マジか」
私は驚きでやっぱり変な声になる。
「だから、おかしな点がチラホラあったんだな」
思えば最初から依頼内容がヘンだった。
探しているヤツについては詳しく言えない。
見つかったヤツは本当に探していたヤツだったのか。
ダークエルフなら誰でも良かったのではないか。
本当に探していたのは「私」だったんだからな。
「うん、欺して申し訳ない」
ディロピートは頭を下げる。
「だが、天は我々に味方したようだ」
「私が言うのもなんだが、あんなガバガバなやり方で、よく見つかったもんだ」
「ダメモトでもやるしかなかった」
ディロピートは主張した。
「我らボーソンの命運が掛かっていたので」
「ふん、どこまで進めている?」
私は聞いた。
こいつらダークエルフが反乱の用意をしていないはずがない。
御旗を据えるために私を探していた訳だし。
「ゴブリン、レイス、ガーグなどはこちら側だ」
ディロピートは答えた。
……微妙だな。
反乱などそのようなものだ。
勢いを得れば、日和見勢力を味方につけ、確たるものにする。
できなければ少数派のまま潰される。
「現魔王の不評、十分に反乱の理由になる」
「だが、それだけでは勢いを得られない」
私は言った。
「我々、現魔王に味方する勢力、日和見という3つの勢力がある。
日和見がこちらにつかなければ失敗だ」
「……」
「……」
マジニーとディロピートは無言になる。
その辺は考えてないらしい。
「あのー」
リチャードが怖ず怖ずと声をかける。
ずっと黙っていたが、なにか思いついたらしい。
「神様が味方すれば、みんな着いてくると思うんですが…」
「神だと?」
「はい、サバーシさんは巫女ですし、あの4人は神族なんでしょう?」
リチャードは続けた。
「そうか、神のお告げで時代が動いた事例は多いからな」
私はうなずいた。
基本の構想はこうだ。
現魔王は多くの種族から不評を買っている。
それを正すために挙兵する。
4人の神族は、現魔王の悪政を正すために巫女の祈りに応じて降臨。
この挙兵は、神の意志にも沿っている。
一応、筋は通っている。
武力についても、4人の神族、私の魔力回復、ダークエルフを始めとする3~4種族…と悪くないところである。
挙兵して現魔王の勢力を叩けば、勢いはシーソーのように傾くはずだ。
若干、希望的観測が混ざってるけどな。
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