第24話
(24)
などと、だらだら話ながら森を抜ける。
3日もすれば黒い森に着くそうだ。
黒い森。
ダークエルフの故郷。
彼らの中では強固にして崩す事のできない決まり事みたいなもの。
実際には、ダークエルフも幾つかの部族・氏族に分かれている。
平原や都市部で暮らすークエルフ、森で暮らすダークエルフ、高い山で暮らすダークエルフとおおまかに分けられる。
今では平原に住むダークエルフが多くて、森と山に住むダークエルフは少ない。
それでも祖先が住んでいた黒い森が種族的故郷であり、精神的な拠り所としている。
一種の聖地だな。
私もダークエルフに成りすましている以上、黒い森を否定するのは避けなければならない。
*
「着いたぞ」
ディロピートが言った。
森の奥深くに開けた場所があり、木々に密着したようにダークエルフ達が生活している。
いわゆる「森エルフ」の集落だ。
大きな木に空洞を作って住居とし、木と木の間をつり橋で繋いでいる。
そこをダークエルフ達が往き来している。
所々に露店があって、買い物をしたり、飲み食いしたりと賑やかだ。
ダークエルフに限ったことではなく、他のエルフでも森に住む連中はこのような生活様式をしていることが多い。
「失礼、ちょっと確認を…」
どこから現れたのか、衛兵らしきダークエルフが二人近付いてくる。
「ボーソン家のディロピートだ」
ディロピートが言うと、
「御一族の方でしたか」
「こちらのお連れ様たちは?」
衛兵は一応職務なんで…みたいな態度で聞いてくる。
どこの世界も衛兵ってのは同じだな。
「我が商団の客人だ、大事な商談があるのだ」
ディロピートは淀みなく答える。
「どうぞお通りください」
衛兵達は一礼して道を開ける。
「うむ、ご苦労である」
ディロピートは威厳を醸し出して歩き出す。
私達もその後に続いた。
「商団?」
サバーシが聞くと、
「我々ダークエルフは商業活動が生活基盤なのだ」
ディロピートは答えた。
「森に住んではいるが、実際には商隊を組んで外に出ることの方が多い」
「私もそういうヤツらの一部だがな」
私は補足する。
ダークエルフは商売で財産を作ると一族安泰という共通認識を持っている。
スレスレの詐欺紛いの手口や、ウソは言ってないけどホントの事は伏せてたりとか、相手を出し抜いてだまくらかすのを良しとするので、方々で嫌われている。
ダークエルフ自身は頭脳を駆使して利益を獲得しているだけという認識なので、性質が悪い。
「一部の商隊は外に出たっきり戻ってこないので、実質平原エルフと化す。森の事もほとんど知らない」
私は魔王時代に培った知識の一端を披露する。
「私もその末端に位置する者の一人だがな」
「うむ、しかし、我々は必ず森へ帰る。それが定めだ」
ディロピートは言った。
何か思想的なものを感じさせる言い方だ。
「まあ、確かに帰ることになったな」
私が言うと、
「そうだろう、そうだろう」
ディロピートは満足げにうなずく。
こりゃ、いわゆる信仰のレベルだな。
私はもちろん知っていたが、目の前で見ると引いてしまいそうになる。
ディロピートは機嫌良さそうに案内した。
しばらく森を抜けると、急に開けた場所が現れる。
森の中の平地だ。
そこに外の世界で見られるような館が建てられている。
「私の家だ」
「ボーソン家の館だな」
ディロピートがさっと手を広げて紹介し、私が補足する。
ラグダラのボーソン家。
元々はラグダラという場所にいたとされる。
ボーソン、ダルク、サンドーという部族があって、祖先が同じとされる。
ボーソンはダークエルフ、ダルクは灰色エルフ、サンドーは雪エルフと言われている。
ボーソンは後に黒い森に移り住んだ。
灰色エルフのダルクは平原へ移り住み、雪エルフのサンドーは寒冷地へ移住した。
この2部族は少数で、魔王軍とは関係が薄い。
人間の支配する地域からも遠く離れている。
少しややこしいが、
森エルフにはダークエルフ、灰色エルフ、雪エルフがそれぞれ含まれている。
それぞれ交流はないが、魔族の土地にはダークエルフだけが存在し、その他の土地の森にいるのは灰色エルフだ。ダークエルフもいるが少数である。
寒冷地の森には雪エルフがいる。
平原エルフは最もややこしくて、ダークエルフ、灰色エルフが混在している。それぞれ縄張りはあるものの、増えすぎたせいで住む場所はまちまちだ。
寒冷地の雪エルフが平原に住む場合は、氷原エルフともいう。
山エルフは魔族の土地ではダークエルフのみ。それ以外の土地では灰色エルフ、ダークエルフ。寒冷地では雪エルフとなる。雪山エルフとも言う。
魔族の土地 一般の土地 寒冷地
森林 ダークエルフ 灰色エルフ、ダークエルフ 雪エルフ
平原 ダークエルフ 灰色エルフ、ダークエルフ 雪エルフ(氷原エルフ)
山岳 ダークエルフ 灰色エルフ、ダークエルフ 雪エルフ(雪山エルフ)
のような関係になるかな。
自分でしゃべっていて、こんがらがりそうになる。
ダークエルフに限って話そう。
黒い森に移り住んだボーソンは繁栄し、たくさんの分家に別れた。
直系のボーソン家、分家のアネストローミン家、バルトディヤス家、ダイバヤルス家。
それらの分家から、さらにたくさんの分家が出た。
それぞれ森の一部を領地としている。
全部で18家があるらしい。
それから更に分かれた者達には領地はない。
名家とはされない。
つまり、ボーソン家は他種族の王家に相当する家柄だ。
エルフは文化的には高度なものを持っているが、物質的には質素で簡素なものを好む。
そのため館もそれほど豪華ではない。
門を通って中に入るとすぐに玄関へ着く。
「ただいま、戻った」
ディロピートが玄関をくぐる。
「お嬢様、お帰りになられたのですね!」
使用人と思わしきダークエルフが、だーっと走り寄ってきた。
「ご無事で何よりです」
「大丈夫だと言っただろう」
「しかし、お一人でなんて無謀も良いとこ…」
使用人のダークエルフはそこまで言ってから、
「…こちらの方々は?」
「私の任務を手伝ってくれた者たちだ」
「そうでしたか、ご苦労様でございます」
使用人は慇懃にお辞儀をした。
「あ、いえ」
私は思わず恐縮。
「そんなことより、お父様は在宅か?」
ディロピートは、私達のことはそんなこと扱いで話題を変える。
「はい、奥の書斎に…」
「皆はここで待て」
ディロピートは意気込んで屋敷の奥の方へ向かってゆく。
「アディヌバ、この者達の世話を頼むぞ」
「はい、お嬢様」
使用人…アディヌバはお辞儀。
「では、こちらへ」
という訳で、客間で待つことになった。
「この飲み物、木の根っこを乾燥させて煮出した味がする」
サバーシがカップをテーブルへ置く。
「オドロコはオドロコの木の根っこを乾燥させて煮出した飲み物だ」
私は説明してやった。
疲労回復に効くらしいが、詳しいことは分らない。
「まんまやんけ」
サバーシはソファに身を預けてだらしなく伸び切った。
「だらけるな、ボーソン家が味方と決まった訳ではないからな」
「まあ、いいではないか」
たしなめようとする私を、マジニーがなだめた。
「敵も味方も、ここに入ってしまった時点で騒いでも無駄だ。殺す気ならもうやってるだろうしな」
「…む、それもそうか」
私は納得して、力を抜いた。
「ディロピートが戻るまで待つか」
「そうだな」
*
「待たせたな」
ディロピートが戻ってきたのは、夕闇が辺りを覆い始めた頃であった。
館に到着したのが午前中だから、約6~7時間程度待たされた事になる。
ちなみに昼飯は、アディヌバが持ってきたパンとスープであった。
食事も質素だ。
「夕飯を食べよう」
「おお、やっとか…」
「待ってました、もう腹ペコだよ」
私とサバーシは喜び勇んで駆け寄る。
「ふん、これしきで…」
マジニーはよほど我慢強いのか、謎の上から目線である。
「私の父上や叔父上達も同席する、皆にお礼が言いたいそうだ」
「む、そうか」
私はちょっと怖じ気づいた。
ディロピートの家族とはいえ、よく知らないダークエルフと一緒なのは不安になる。
「良い葡萄酒も用意してある、たくさん飲み食いしてくれ」
「やりぃっ、葡萄酒うまいよな!」
サバーシは単純に喜んでいる。
「さ、行こうか」
ディロピートに先導され、食堂へ入ってゆく。
そこには、ダークエルフが4人並んで座っていた。
私達はテーブルの対面に座らされ、歓待を受けた。
「この度は娘の任務を手伝って頂いたそうで」
「感謝いたしますぞ!」
「遠慮はいらぬので」
「たらふく飲み食いしてくだされ」
葡萄酒が振る舞われる。
鹿肉のロースト、蒸した芋、野菜を煮込んだスープなどがテーブルからはみ出るほど置かれた。
「では、遠慮なく」
私はいい加減、腹が減って参っていたので、飲み食いを始めた。
「時に、ラグナス殿」
「森に来たのは初めてとのことだが」
「どうかね」
「森はいいであろう?」
4人は独特のリズムで訪ねてくる。
…なんだろう、こいつら、変だ。
「はい、同胞が勧めるのもさもありなんと言えますな」
「うん、うん」
「森が我らが故郷」
「これは疑いようもない」
「その通り」
4人は全員、同じようにうなずく。
「わしらはここ最近」
「新たな魔王に疎まれておってな」
「どうしたもんかと」
「悩みが尽きんのだよ」
「はあ、それは災難ですな」
私はさらっと流した。
…なんだよ、急に。
初対面のヤツらにする話題かよ。
「あー、前魔王は良いことばかりではなかったが」
「今の魔王と比べたら」
「どちらかと言えば」
「前の魔王の方がなんぼかマシだった…」
「ほう、そうなんですか」
私はとりあえず、「話しを聞いてますよ」的な態度をした。
逆らったり迎合したりして文句を言われたら叶わんのでな…。
てか、いつまでこんな敏感な話題続くの?!
「あ、いやいや」
「これは客人にする話ではなかったな」
「失礼」
「ささ、食べてくだされ」
4人は先ほどとは打って変わって、雑談をし始める。
…なんだコイツら?
訳が分らん。
そして、しばらくして、夕食はお開きになった。
*
ディロピートに案内されて、寝室へ向かう。
全員個室を使えるなんて贅沢だなぁ。
「では、また明日」
ディロピートはそう言って自室へ戻って行った。
私達はすぐにマジニーの部屋へ集まった。
今後の方針を話すためだ。
「しばらく滞在しろってことかね…」
サバーシがポリポリと頭を掻く。
「そうも言ってられん」
マジニーが否定気味に頭を振る。
「ダークエルフの本拠地なんて、ぞっとしないからな」
私は同意した。
「あんたもダークエルフだろ」
「同族だから、その善し悪しが分るんだ」
私は言った。
「今は歓待されてるが、いつヤツらの気が変わって利用されるか分らん」
「うへぇ」
サバーシはしかめっ面をした。
「ディロピートには悪いが、早めにここを出た方がいいな」
「うむ」
「そうだな」
私が言うと、マジニーとサバーシはうなずいた。
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