第18話

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「という訳なんだが…」

翌朝、私とマジニーとリチャードはサバーシとディロピートに昨晩の話をした。

朝食を取りつつ、要点だけを話す。

「別に路銀が不足してる訳じゃないだろ」

サバーシは渋った。

「それに滞在すればするほど宿泊費や食費がかかるな」

ディロピートも追随して突っ込んでくる。

ダークエルフらしく妙に計算を働かせている。

「つまり、それを上回る報酬がなければ持ち出しだ」

「それはそうだが、我らの資産額からしたらその辺は誤差だな」

「…むむっ」

私が言うとディロピートは唸った。

ディロピートは仲間というには微妙だが、マジニーとサバーシは多少費用が増えたところで対して変わらんのを知っている。

「要は興味があるかないか、先を急ぐか否かだな」

「なら最初からそう言ってくれたらいいじゃないか」

なんか妙に拗ねた口調でディロピートがそっぽを向く。

「パーティーの内部事情だからな」

「それは私は構わんが、詳しい内容を聞かせてくれませんかね。パーティー部外者の、この私にも!」

ディロピートは何だか怒っていた。

「まあ、これでも飲んで落ち着け」

言って、私はシュガージンジャーを勧める。

「ふん、このようなもので…」

ディロピートは瓶に口をつけて、

「あまーい!」

急に機嫌が変わる。

「…あ、いや、ゴホン。こんなもので私の機嫌を取れるとでも思うなし」

ディロピートは咳払いして取り繕う。

いや、今、思いっきり機嫌取れてましたやん。

「そんな積もりは毛頭ない」


こんな調子で話を進めていくとディロピートはすぐに折れた。

結局はメインクエスト依頼人のディロピートが許可すればいいことだからな、サブクエストみたいなもん?


日中はのんびり観光みたいな事をして、夜、もう一度ゴーストAに会う。

依頼を受けることを伝えた。

「お、おおきに」

ゴーストAはぶわっと涙を流して喜んでいる。

霊体の構造ってどうなっとんじゃい?


で、どうやってゴーストAの家族を手助けするかだな。

このおっさん、生前は小麦など穀物の商売をしてたようだ。

この街は国の体裁はなく、自治区みたいなもんだから、信仰と交易で成り立っている。

統治者は君主ではなく、神官職のものが任ぜられていて、古きしきたりの気風がある。

なので、統治者は世事には疎くあらねばならず、俗な仕事は主に商人が取り仕切っている。

穀物などの食糧は統治者が直轄していない。

基本は、


生産農民→買付・運搬業者→卸売業者・倉庫業者→小売り業者→消費者


というような流れになっていて、ゴーストAは卸売業の部類だ。

しかし、長年の商売の経緯から、実際にはフロー中の幾つかの業種に横たわって経営する商人が生き残っている。

これが大商人と呼ばれる。

大商人は、買付から自前で始め、運搬業者を雇って倉庫へ運ばせ、小飼の小売り業者へ売る。

大商人には中堅、小規模の商人が幾つもくっついており、ギルド的なものを形成している。

これは商団と呼ばれる。

商団同士が対立競争関係にあり、それぞれ贔屓の神殿・神官群とパイプを持っている。

ゴーストAの店は中堅クラスと思えるが、乗っ取りを受けて家族は残った少ない部下の支援で細々と暮らしてるようだった。


なんだか小規模ではあるが御家騒動みたいなもんか…。

私はちょっと感慨に耽る。

「魔…マスターも御家騒動で追い出された状態ですもんね」

リチャードが追い討ちをかけてくる。

誰に聞かれるとも分からないので、魔王様の呼び名はせずにいた。

「ぐっ…最近、忘れてたのに思い出させるなよ」

「ハイハイ、じゃあ完全に忘れて一介の冒険者で終わりますか?」

「…それはまだわからん」

私は視線を逸らした。


色々考えたが、結局はこの街で商売の拠点を持ちたい外の商人に扮する事にした。

拠点といっても地元の商人をパートナーにして運営してもらい、何かと便宜をはかってもらう程度のものだ。

これなら多少の不自然さは誤魔化せる。

クルーダのシュガージンジャー経営者へ手紙を送り、商品発注の依頼をする。

シュガージンジャーの買付~卸売りにゴーストAの家族と部下を巻き込もうという訳だ。


「わっるい事考えるよな、コイツ」

サバーシが笑いながら言う。

「ふむ、輸送は結構難しいのではないか?」

マジニーが聞いてくる。

「輸送はこちらで業者を雇う」

私は答える。

「なに、ゴーストのおっさんにも馴染みの業者がいるだろ。それを使えばいい」

「シュガージンジャーだけで建て直せるのか?」

ディロピートが聞いてくる。

「そこは方便だな、関係が良くなればこちらからもアドバイスとかフォローとかできるだろ」

私は答えた。

ちょっと苦しいが、最初は基本方針だけ決めて、都度修正しよう。


早速、ゴーストAの部下の居場所を聞き出し、接触を試みる。

部下は店から離れ、商団のつてで荷役をやっているとか。

倉庫に届いた荷物を荷車から降ろして倉庫へ運ぶ、倉庫から荷物を出して荷車へ積み込む、といった単純労働だ。

倉庫の辺りでたむろしてるようだった。

街の倉庫は交通に便利な位置、生活圏・居住区に隣接した位置へ集まるので、自然と倉庫街を作る。

こういう場所は、だいたいが業界の人間だけが集まりよそ者は目立つ。

私はディロピートを伴っていた。

ダークエルフの商人は、ここいらではそれほど珍しくない。

ダークエルフの商人を装って、接触しようという考えだ。

聞き込みをして、ゴーストAの部下を探しだす。

これでゴーストAの身代を奪ったヤツの耳に入るだろうが、それはそれで想定内。

逆になんもなくていきなり接触する方がおかしいからな。

他所から来た商人が、聞き込みを繰り返してたどり着いた。

自然なルートを通ってきた感がないとな。

魔王の統治領に近づいてるから用心に越したことはない。


部下は倉庫街の一角にいた。荷車待ちでブラブラしてるところだった。

普通はこの手の労働者なんてのは博打で暇潰ししたりするもんだが、その金もないというところか。

「なんや、あんたら?」

不審げな顔で私達を見る。

「マダナクのところで働いてたそうだな」

私は言った。

「そうだけど、あんたらは?」

「申し遅れた、ラグナスという。見ての通り旅の商人だ」

「ダークエルフか」

「そうだが、なにか?」

「別に。おやっさんがダークエルフには気を付けゆーてた」

「ふむ、そうか。いい商人だな」

「……ライネ」

「名乗る気になったのか」

「どーせ、オレらのこと利用する気なんやろ?」

「まあな」

私は肯定した。

「この街で商売をしたいが地盤がない。だからあんたらの地盤を利用させてもらう。もちろん代金は出す、拠点も作りたい」

「…いきなしぶっちゃけられてもなぁ」

ライネはニヤリとした。

一端の商売人の顔だ。

「でもまあ、そゆことなら、仲間と相談させてや」

「構わんよ」


「あれで大丈夫なのか、ラグナス殿?」

ライネと分かれてすぐにディロピートが聞いてくる。

「同じだ」

「え?」

「仲間に話をすると言って時間を稼ぎ、こちらの様子を探る、我らのやり方と同じだ」

「何でも屋のことか?」

「うむ」

私はうなずく。

「何でも屋も商売の一種に過ぎないってことだな」

「ならば、行動に気を付けないとな」

「だな、あとゴーストのおっさんの身代を奪った連中が妨害しにくるだろうから、それを叩かないとな」

「ああ、なるほど」

ディロピートは頷いた。

「色んな連中の視線を気にしないといけないとはな、面倒なことだ」

嘆息。

これにはディロピート自身の立場の話も入ってそうだ。

ディロピートはダークエルフの名家の出だ。

貴族階級と言って良い。

どこの世界でも貴族の娘が求められる要求事項は多い。


「まあ、大事なのは目的に向かってゆくことだな。目的達成のためにやることがあるってだけだ」

私が言うと、

「……」

ディロピートはちょっと黙り混み、

「そうだな」

ふふ、と息を漏らした。

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