第16話

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帰ってリチャードに報告。

「え、ではこの街から離れるのですか?」

「うむ」

私はうなずく。

「できれば一緒に来てくれるとうれしいが、街から出たくないなら、例の屋敷で待機して…」

「行きますぞ!」

「そ、そうか…」

リチャードはなぜか意気込んでいる。

私としても、何でも話せるヤツが側に居た方がありがたい。

元魔王の心情など誰にも話せないからな。


「でも魔王軍の領地に入るとなると見つかる危険性がでませんか?」

「あ、そうか」

私はしばし考えたが、

「ま、ダークエルフで通そう、どーせ魔力もあらかた失なってるし。それに相手の様子が分かるから、リスクもあるがメリットもある」

「魔王様がそうおっしゃるならそれで」

リチャードはそれ以上反論しなかった。


次の日から出発の準備を始める。

マジニー達は流れ者なので旅支度などすぐできるだろうが、私は住居の明け渡しやら離職の申し入れやらで駆け回らねばならない。

元手はあるので、それを使って旅に必要な物を揃える。

幸いゴブリン退治の時に揃えた道具があるので、そんなに出費にはならなかった。

盗賊ギルド、細工屋組合、口入れ屋、衛士隊に挨拶して周り、マジニー達のいる宿に部屋を取る。


「そろそろもう仮の名前はやめよう、私はラグナスだ」

「ディロピートです」

…なんか二人分の名前がまぜこぜなのは気のせいか?

「マジニーだ」

「サーバルちゃんです」

「よし、自己紹介も済んだな」

「うぉい!?スルーかよ!」

サバーシは私の背中をぶっ叩く。

痛てぇ。

「サバーシだよーん」

くっそ、ツッコミづれー。あつかいづれー。

「あともう一人、ゴーストのリチャード」

「よろしくお頼み申します」

「ゴーストとは驚いたな」

ディロピートの目が青く光る。

魔法を使っている。

霊視の魔法だ。

「魔法使いとお見受けするが」

「魔法は下手だがな」

「うっく」

リチャードは呻いた。

「だが、助けにはなる」

私は言った。

柄にもなく持ち上げてしまった。

ちょっと恥ずいが、まあ連れてゆく理由がいるし。

エヘ、ウフ。

とリチャードがウキウキしてる。

現金なヤツだ。


出立の日がきた。

これまで街と言ってきたが、正式にはクルーダの街という。

クルーダは城壁に取り囲まれている城塞都市で東西南北に城門がある。

城門を出て街道を南に進む。

しばらくは道沿いに建物が続くが、一刻もしないうちに閑散としてきて、畑や林の風景に変わる。

ちなみに私達は馬車を購入していた。

一頭立てのホロ馬車だが、徒歩よりはマシだ。

マジニーとサバーシは荷台に入っており、私とディロピートが交代で御者役をする。

宿場があれば立ち寄って物資を買い込む。

しかし金を節約するため、寝泊まりは馬車の中である。

当然風呂などには入れない。

風呂に何日も入らないと体臭で凄いことになるから、湯を沸かしてタオルで体を拭く。

「のぞくなよ?」

サバーシは馬車の荷台の中で、野郎共は外で。

「あれ、どうしたディロピート?」

気付くとディロピートが樹の陰でこそこそしていた。

「体拭かんのか?」

「いや、私は…別に…その…」

「変なヤツだな」

見ると顔が赤い。視線も宙を泳いでいるし。

「風邪でもひいたのか?」

「いや、そういう訳ではないが…うむ、私のことは気にせんでくれ」

ディロピートはそっぽを向いていた。

ダークエルフがヒューマンに比べて体臭が少ないなんて事はない。

「あんたが良くても我々が気にする」

「男同士だし恥ずかしがることはない」

私とマジニーが言ったが、

「いや、それがその…」

ディロピートはもじもじ躊躇っている。

「何、揉めてんの?」

体を拭き終わったサバーシが荷台から降りてきた。

「…ん?んんー?!」

サバーシは何かに気付いたらしく、ディロピートに駆け寄った。

そして体をベタベタと触る。

「あ、あんた女なの!?」

「はー?!」

「なんやてー!?」

サバーシ、私、マジニーが叫ぶ。

「あ、あの、なんか言いそびれて…別に隠すつもりはなかったのだが…」

ディロピートはもにょもにょと言い訳をした。

エルフは男女とも美形が多く、造形も似たり寄ったりだから男か女か分かりにくいところはある。

体つきもほっそりしてるから見分けにくいが…。

…あ、だから、私の家に住むのを断ったのか。

「もっと早く言えよ」

「すまぬ、どーにも言い出せなくて」

「じゃ、荷台で体拭きなよ」

サバーシが荷物から取り出した六尺棒をガスンと地に打ち付けながら言った。

もちろん、のぞくなよ?って意味だ。

「うむ、すまぬ」

ディロピートはそそくさと荷台に上がった。

…ディロピート、胸薄っす!腰もくびれてねー!

「なんか失礼なこと考えてるって顔だね?」

サバーシが私を睨んだ。

「滅相もねーでさー」

私はすっとぼけて、

「さて、夕飯の支度と」

野営の準備に取りかかった。


日暮になるとゴーストが外でも活動できるようになる。

昼間は陽の光がキツすぎて消耗するのだそうだ。

なのでリチャードは荷台の中でじっとしてた。

「スリーブモードです」

リチャードが説明する。

「ゴーストでも眠るんだな」

「単に機能を休止させて最小限の活動だけに留めているのですぞ」

…はぁ、なんか想像してるゴーストとは違う感じだな。

ともかく、リチャードが活動できるってことは、他のゴーストも活動し始めるってことなので、もし野営地の周辺にゴーストがいた場合、リチャードが追い払うことになっている。


睨み「ジーッ」

威嚇「ガーッ」

攻撃「クラスケッツォッ」


追い払いは3フェイズで構成される。

大体これで驚いた相手ゴーストは逃げ去る。

…ん?クラス…なに?

「掛け声です」

リチャードは誤魔化した。


とはいえこの辺は、北の皇国と南の魔族連合の緩衝地帯で、中立和平地帯だから、ここ数年戦場となった場所はない。

霊は我々が思ってるほど長くは地に留まらない。

放っておけば自然と成仏してしまう。


「リチャード、お前はなんで留まってるんだ?」

「あ?さ、さあ?」

リチャードは首を傾げている。

留まる理由がよく分からない場合もあるのかね。


そんなこんなで旅を続けて、クルーダから南下、ボグダの街を目指す。

ボグダはこの大地の知的生命体黎明期から存在する古宗教の街で、サバーシが信仰するディーメンなどもその部類に入る。

魔族連合に属する国々では、ヒューマンのように救世主(笑)が宗教改革したりというイベントが起こらなかったので、古宗教が信じられている。

魔族連合の国々ではまだ現役という訳だ。

新宗教も伝統あるボグダの宗教には手を出せない。

魔族がそれを理由に北上してくる恐れがあるし、何よりも新宗教の本拠地である皇国から遠い。


「そろそろボグダに着くな」

「あー、やっと風呂に入れるよ」

サバーシが服をパタパタさせる。

いい加減体を拭く毎日に嫌気がしてるようだ。

ディロピートはなにも言わないが、同じように思ってるのだろう。

道中、野盗には遇わなかったし、それなりに統治された土地だなと感心する。元統治者として。


道中を通して感じたのは、クルーダの統治者や周辺の領主は有能らしい。

道中の村を見るに、税収はあるものの、取りすぎて村人がカツカツになってない。

また何か内職のようなものを上が持ち込み、村人にやらせているようだった。

村人は小遣い稼ぎになるし、できた物を買い上げて特産として交易するのだろう。街の収入になる。

面白いシステムを考えたものだ。

クルーダのような所は色んな地方から来る人々が物や情報を持ってきて交換する、売買することで生きるしかない。

地勢にあった生き残り方を探ってるのだな。


「そろそろ城門だぞ」

ディロピートが言った。

「お、そうか」

私はハッと現実に戻った。

「ラグナスって時々、考え事に没頭するよね」

サバーシがジト目でこちらを見る。

「いいではないか、それで我らに利益がもたらされたら」

マジニーはなんだか経営者みたいな事を言ってる。


「止まれい!」

城門に入る所で、衛兵に呼び止められた。

「怪しんでる訳ではないが、これも職務ゆえ許されよ」

衛兵は任務なんで一応検査しますよ、的な態度で協力を求めてくる。

もちろん、断る選択肢はない。

「あ、はいはい、検査ですね」

私は馬車を止めて、愛想笑い。

「うむ、協力感謝いたす」

衛兵が二人やって来て、手早く馬車を見て回る。

「うむ、どうぞ通られい」

「お役目ご苦労様です」

私は懐からさっと袋を出して衛兵へ差し出す。

賄賂だ。

付け届けだ。

これが普通ですよ、とばかりに堂々と渡すのがコツかな。

「うむ、すまぬな」

衛兵は若干俊順したようだが、素直に受け取り懐へしまった。

皆で酒でも飲むもよし、何かの足しにするもよし。

賄賂を受け取っていけないという法があるわけでもなし、別に誰が罰する訳でもない。

職務特権ってやつ。

こうして潤滑油を流し込んでおいて、何かあった時は力になってもらうのだ、くくく…。

「いま、コイツ、スッゲー悪い顔してたぞ、おい」

サバーシが引き気味で言う。

「うむ、流石、手慣れておるな」

マジニーは感心してる。

「ラグナス殿はダークエルフのなんたるかを心得ておるな、うん」

ディロピートがやたら持ち上げたので、2対1で軍配はこちらに上がった。


で、ボグダの街に入ってすぐ今日の宿を探す。

やっすいとこでいいや。

ボグダは宗教の中心地だけあって治安はかなりいい。

目についたところに決め、マジニーと私、サバーシとディロピートでツインを2部屋取る。

この男女比率だと経費に無駄がでないな。

ディロピートがもし男だったらもう一部屋借りないといけなかったぜ、ぐふふ。

「いま、守銭奴の顔」

サバーシがからかい半分で言う。

うるせーな。

「いま、うるせーなの顔」

くっ…コイツ、なんて勘がいいんだ?

「コイツ、なんて勘がいいんだ?って思った顔」

「おいおい、無駄に巫女の能力使ってないでしっかり休めよ」

「やだぷー」

んべっ

とアカンベしてどっかに行ってしまう。

子供か?!


夕飯は宿の飯を適当に頼んだ。

みなビールで酔っぱらってストレス発散する。

ボグダから先が治安の悪い土地になるのだが、今は水を差さずに楽しんでもらうことにした。

いや、ボグダが治安良すぎで、ホントはこれから足を踏み入れるのが普通の土地なのだ。



「マスター、起きてくだされ!」

夜、寝てるところを起こされた。

「なんだ、リチャード?」

身を起こすと、リチャードの見慣れたローブ姿ともう一人、見知らぬ霊がいた。

「む、なんだソイツは?」

「この人の依頼を受けてやってくだされ」

「はぁ?霊の依頼だと?」

私は驚いて叫びそうになった。

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