第14話

(14)


「で、やっぱり私が出動する訳か…」

 私はぼやきながら外出。

 魔族のマジニー、サバーシは外に出て聞き込みするのは不向きだ。

 リチャードはゴーストだし、依頼主のディーは動く気がないときている。

 私だけ割食ってるよな、これ。


 街の寺院を一つずつ訪ねて回る。

 特に用事がないのに訪ねて行くのは変なので、正直に尋ね人の用件で寺院の人に聞き込みをした。

「こんな人を見かけませんでしたかー?」

「しらんな」

「衛士隊に言え」

「なんで寺院にくるし」

「アホか」

「帰れ!」

 すっげー冷たい対応をされた。


「クッソ坊主どもめ、そのうち焼き討ちにしてやる」

「ノッブですか?」

「一部人類に大人気w」

「そんなことより情報は?」

 リチャードがジト目で私を睨む。

「うっ…それが相手にもされんかったとさ、チャンチャン」

「バカですか」

「ちょとは慰めろよ」

「そんな一時的な優しさは魔王様のためになりません」

 リチャードはフンとそっぽを向く。

 ちなみに家に戻ってきている。

「でも、尋ね人を衛士隊に聞いてみるのも一つの方法ですよね」

「そうかな?」

 私は首をひねるが、

「そうですよ!ちゃっちゃと行ってきやがって下され!」

 リチャードは私を家の外へ追いやる。

「ちくちょー、部下が主人より偉そうってなんだよ」

 ブツクサ言ってみるものの、他にやることもないし、結局、衛士隊の詰所へ向かう。

 衛士隊は要するに街の治安を守る衛兵隊のこと。

 街の統治者が雇ってる警察のようなものだ。

 腐敗はそこそこしてるが、それほど賄賂も通じない、程よい腐れっぷりだ。

 統治者に従う家臣が率いているので、家臣団の一角に加えられてもいる。

 あんまりないだろうけど、他国の侵略を受けたら軍隊として参加するんだろうなぁ。

 家臣団から次男や三男など家督を継げない人種が集まるため、平民より偉そうなヤツが多い。

 つまり貴族や権力者の失業対策ってところか。

 犯罪者を取り締まり、荒事も担うので比較的腕が立つヤツらが集まってる。

 頭はあまりよろしくないようだが。


「こんちわー、ちょっといいですかー?」

 私はできるだけニコヤカに聞いた。

 衛士隊の詰所を訪れている。

「尋ね人なんですけどー」

「ああん?」

 詰所に居たコワモテのおっさん達が一斉にこちらを向いた。

 机に足を乗っけたり、地べたに腰を下ろしたり、三点倒立で行進曲を唄ったり、左人差し指を鼻の穴に突っ込んでボクシングのパンチを繰り出しながら「命を大事に!」と言ってたり、各自思い思いのくつろぎ方をしている。

 ……ん、後半くつろいでるか?

「こんな人を探してるのですがー」

 私は持参した人相書きを見せる。

 適当に想像で絵師に書いてもらったものだ。

「しらんなー」

 おっさん達は明らかに迷惑そうな、それでいてコイツどうしてくれようか?みたいな表情でこちらを見てる。

「まーまー、そんなに殺気立たなくてもいいじゃないですか」

 おっさん達の中から、若い男が進み出てきた。

 結構、整った顔立ちの感じの良い青年だ。

「んだよ、レイモンド」

「一般市民が僕らに頼み事してくるなんてあんまないですし、少しは街の人達と仲良くしてもバチは当たらないですよ」

「めんどくせー事を自分から買って出るとは殊勝なこって」

「皮肉ばかり言ってないで仕事しましょう」

「へいへい」

 おっさん達は急に冷めたようで、また思い思いのヒマ潰しに戻った。

「こんちわ、レイモンドです」

「ラグナスです」

 挨拶を交わし、用件に入る。

「尋ね人ですか…何でも屋に依頼したほうがいいんじゃないですか?」

 レイモンドは極めて常識的なことを言う。

「それが依頼できるほどお金がなくて…」

 私は誤魔化した。

 自分がなんでも屋稼業に足を突っ込んでいるんだが、それを言ってしまうとなんでそっちのツテを使わないのか?と突っ込まれてしまうからな。

「ああ、そうですよね、みんなお金持ちって訳でもないですしね」

 レイモンドはにこやかに受け流して、

「まあ、我々衛士隊も街の治安を預かる身とは言ってますが、太守の私兵みたいなもんですしね、街の皆さんとはあんまり接点がないんですよね」

「はあ」

 ……いや、衛士隊員がそんなこと言ってちゃダメだろ?

「いい機会なんでここは一つ友好と行きましょう」

「はあ、いいですね」

 とかなんとか交友関係をもとうとしてるみたいだが、要は市民の情報提供者が欲しいんだろうな。

 大抵は密偵が居て統治者及びその傘下のために働いてるもんだが、ここの衛兵隊はそういうのをもってないのかも。

 このレイモンドってヤツはそんだけ目端が効くんだろう。

 他の隊員も一目置いてそうな感じだったし。

 案外使えるかも。

「お探しの人物は地位とかは?」

「普通の流れ者です」

 レイモンドが色々と聞いてくる。

「人を探すのなら街の寺院とか口入屋でしょうかね。一般市民が気軽に立ち寄れて経済活動が行われるところが最も探しやすいのかな?」

「ああ、なるほど」

 私はうなずく。

 衛士隊員なら寺院に行っても門前払いはされないかもしれない。

 口入屋はなぁ。面が割れてるし、稼業のことがバレると面倒になるから避けたい。

「まずは寺院からあたってみましょうか」

「ア、ハイ」

 という訳で、寺院回りをすることになった。


「ええ、流れ者で、人相書きはあまり似てないかもしれませんが、信心深くて、毎日礼拝は欠かさず、教えも守っている厳格な性格で…」

 私は適当に話をしてゆく。

「そういう事情でしたら、衛士様のご紹介でもありますし」

 応対してくれた僧侶はチラリとレイモンドをみやって、

「礼拝希望者に記入していただいている名簿をお見せいたしましょうか」

 渋々ながら名簿を取り出してくる。

 ふむ、これは重畳。

 普通部外者には見せないものが出てきたっぽい。

「ありがとうございます、ちょっと拝見」

 私は恭しく名簿を受け取り、ペラペラとめくってゆく。

 記憶強化の魔法を使うまでもなく、この程度の情報なら覚えられる。

 この宗派の信奉者にはダークエルフは多くないだろうが、ダークエルフの名前は特徴があるのですぐ分かる。

 これを街の主だった寺院で繰り返した。

 ま、一回だけしか通用しない手だな。

 あんまり露骨にやると「こういうヤツが出没してる」という噂が流れてこの手は使えなくなるし。


 で、ダークエルフっぽい名前をいくつか見つけた。

 さすがにボーソン家のヤツはいないが、ダークエルフにはありがちなファミリーネームがあった。

 ・バルトディヤス

 ・ササビートルデン

 ・エドルンステルン

 の三つか。

「変な綴りが多いですね、ダークエルフ?」

 レイモンドが鋭いことを言った。

「少々立ち入った事を聞くようですが、ダークエルフのお友達をお探しで?」

「……いや、実は仇(かたき)のようなものです」

 私は若干迷ったが、そういって誤魔化すことにした。

「事情が込み入っているのですが…」

「そうですか、事情はお話ししてくれなくても結構ですよ」 

 レイモンドはにこやかな感じのまま。

「でもそういう事情なら我々が手を貸すわけにはいきませんね」

「はい、お付き合い頂きありがとうございました」

 私は丁寧にお礼を述べた。

「お礼はこのぐらいでいかがでしょうか?」

「いえ、そういったものは受取れませんよ」

「しかし、こちらの気がすみません」

 なんか教科書のやり取りみたいなことをして、一応礼金を渡す。

 「いやいや…」→「いやいや…」とやり取りして、「固辞し続けるのも返って失礼」まで到達するのが様式美ってヤツかな。

 とりま「他の隊員のみなさんにも…」と酒が奢れるくらいには渡しておく。

「では、私はこれで」

 レイモンドは笑顔のまま去っていく。

「また何かの時にはお手伝い致しますよ?市民の皆さんにご奉仕するのも我々の勤めですからね」

「よろしくお願いします」

 私もこのツテは残しておきたい気がするので、乗っておくことにした。

 どの業界もパイプが大事だ。


 *


「よし、手掛かり入手っと」

「え、ホントに手掛かりあったんですか!?」

 リチャードは素っ頓狂な声を上げる。

「お前が驚いてどーする」

 私はジト目。

「発案者だろーが」

「それはそうですが…」

「少なくとも宛もなく探すことからは脱したな」

「でも、それ合ってますか?」

「なんらかの捜査線には触れるだろう」

「そーかな?」

 リチャードは首を傾げたが、確かにどうなのかは分からない。

 なんも宛がないよりはマシになっただけだ。


 んで、名簿にあった人物を探し出す、と。

 

 ・ヤッカ=バルトディヤス

 ・イデント=ササビートルデン

 ・モトルト=エドルンステルン


 私から見ても変な名前だ。

 ちなみに宗派的なものはあまり関係ないかもしれない。

 …だって、同じ宗教のちょっとした作法の違いだけで○○派なんだもん。

 意味が分からん。

 せめて教義解釈の違いで分けろよ。


「ほら、一般ピーポーなんて教義そのものが理解できてないんですよ」

「あー、まーなー」

「なので、行儀作法が焦点になるんです」

 リチャードは得意げに言う。

「これをやっとけば死後、極楽・天国に行ける、で十分なんですよ」

「あー、そういうヤツね」

 リチャードの説明も納得のいくところもなきにしもあらずである。

 だからどうしたということはないが…。


 口入屋に行き、店の親父に直談判する。

「折り行って頼みがあんだが!」

「なんだよ、あんたらがそういう切り口の時は決まってヤベエ仕事なんだよ!」

「分かってるなら話が早いな!」

「そういう意味じゃねーよ!」

「帳簿見せてくれるだけでいいんだ!」

 私はストレートに言った。

「礼金はこんくらい出すしナ!」

「う…いや、ダメだ、店の信用ってもんが…」

「じゃあ倍プッシュだ!!」

「お、おお! …いやいや、信用がなくちゃこの稼業やってけねーし」

 親父はちょっと心が動いたようである。

 よし、金額の問題だな!

「ガメツイな!3倍でどうだ!?」

「……ぐむぅッ」

「クッソ、固てぇな、もー4倍で!」

「…………んー、4倍か、いやいや、でもでもだって…」

「よし、こうしよう!」

 私は提案した。

「親父、あんたはちょっと帳簿をしまい忘れたまま席を外しちゃったんだ、ただそれだけだよ、誰もみちゃいないけどついうっかりしてただけ」

 そういって、親父の手にたっぷり金の入った袋を押し込む。

「…お、おお」

「このカシオ…じゃなかった、シュガージンジャー(1ダース)も付ける!」

「う、む、そうか」

 親父は不可思議な表情のまま、ちょっと席を外した。

 よし、丸め込んだ。

 今のうちに帳簿を見る。

 名前と依頼した仕事、受けた仕事が書き込んである。

 結構、几帳面なんだなぁ。

 感心してる場合ではないが、親父の意外な一面を見た気がする。


 ……。

 急いで目で文字を追ってゆく。

 

 ・トンデリ=ササビーデンスト


 あった!

 似たような名前だ。

 仕事を受けた方。

 荒事系だな。

 よし、コイツを追う線で行こう。


 私は親父が帰ってくる前に帳簿から離れる。

「あ、いけね、帳簿しまい忘れた」

 わざとらしく親父が戻ってきて、ささっと帳簿を片付けた。


 …なんとか手掛かりをつかんだな。


 私は口入屋を後にする。

 正攻法ではダメな依頼だから、こうでもしないとなぁ。

 自分でも何やってるかよく分からんが。

 

 *


 そして情報収集的な網を張って、待つこと二日。

 それらしき人物が宿泊している場所を突き止めた。

 ダークエルフらしく、ならず者の多く集まる地区にいた。

 というか、マジニー御一行が滞在してるところの近くだった。

 アイツらもならず者だしなぁ。


「うるさい」

 マジニーがツッコミを入れた。

 夕方の薄暗闇に紛れて宿泊場所を探りに来ている。

 他のヤツらは隠密行動に向いてないのでマジニーと私だけだ。

「しかし、よくあんな理不尽な依頼内容でここまでたどり着いたな…」

「実際、罰ゲーム以外の何者でもなかったよ」

「罰ゲームか、なるほど」

 くっくっと笑い声。

「笑い事じゃないぜ」

「すまん、あまりにも面白くてな」

 マジニーは陰気なようでいて、ユーモア好きらしい。

「ところで、こういう所にいるヤツは、大抵ろくでもない仕事をしてる」

 マジニーは意味ありげに言う。

「つまり、ならず者という意味だが」

「回りくどいな」

「回りくどいのは魔族の特徴だ」

「で?」

「そう、ならず者なんてのは、ならず者とつるんで悪事を働いてる」

 マジニーは続けた。

 分析をしているのだった。

「何か企んでいるなら、それを利用するのも手だ」

「ふむ」

「悪事を働こうとしてるならそこを叩ける、つまりは大義名分ができる。だが徒党を組んでるとしたら数で負けている可能性がある」

「なるほど」

 私はうなずいた。

 徒党を組んでるヤツらを制圧するのは骨だ。

 マジニー達と一緒ならできるかもしれないが、無意味にケンカを売ってもなぁ。

 仲間を全滅させた後に人違いでしたぁ、では目も当てられない。

 ただの殺人狂だ。

「そこで、お前が最近知り合ったヤツを使う」

「衛士隊か…」

 やっと話が飲み込めてきた。

 マジニーは衛士隊を利用して悪党達を叩き、ダークエルフを捉えようと言ってるのだ。

 衛士隊は正当な理由のある公務なら悪党をぶっ潰しても問題ない。

 悪事を企んでいるという情報をリークしてやるといいかもしれない。

 レイモンドなら手柄を立てるために食いつくかも。

 衛士だけで終わるつもりがなければ、出世の糸口になるだろうし。

 情報提供者として加勢して、問題のダークエルフをディーに見てもらう。

 該当するヤツなら捕縛するなり、殺すなりして依頼完遂だ。

 違ったなら衛士隊に任せればいい。


 なかなか良い案のように思える。

 

「サンキュー、マジニー」

「お気に召したら幸いだな」

 私とマジニーは顔を見合わせた。

 表情に乏しい顔だが、心無しか笑ってるように思えた。

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