第13話

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 私たちはディーの依頼を受けた。

 私はアール、マジニーはエム、サバーシはエスという仮名を使うことにした。

 ディーは、ジェリーとトラバンユとは接しないから、本名が聞かれる事は、ほぼないだろう。

 基本、本名を知られても困ることはないけど。


「なんかコードネームみたいですな」

「ま、お互いにお互いの事を知らない方がいいパターンだな、今回は」

「ワクワクしますな」

「そんなのお前だけだ」

 リチャードは面白がってるようだが、私は面倒事ができて頭が痛い。

 ダークエルフの習慣や文化をもっと勉強しておけばよかった。


 悩んだ末、純粋なダークエルフではなく、ハーフ、クォーター的な、雑種的な立ち位置。

 そのため、彼らの故郷の『黒い森』の事はよく知らない、外地育ちということで通すことにした。

 エルフは血の純度を好むので、雑種に対しては興味が薄い。

 そこを利用することにした。


 多様な種族が暮らすこの街においても、レア種族であるレイス族のマジニーとライカンスロープのサバーシは目立つので、ほぼ私が探索に出かける役。

 ジェリーとトラバンユは、仕事を探しもせずにダラダラと過ごしていた。


 *


「とりあえず街の噂など、表面に漂っている消息を集めてみたが、それらしき者はいないな」

「うむ」

 ディーはうなずく。

「口入屋の掲示板に貼られている依頼も一通り見てみたが、それらしき者の情報はない」

「うむ」

 ディーはうなずく。

「つまり、もう少し手掛かりが欲しい」

 ちょっと回りくどいが、私は情報が少なすぎることを伝えた。

「……分かった」

 間があったが、ディーはうなずいた。

「私が追っている賊はこの地方に逃げ込んだようだ」

「ふむ」

「……」

「……」

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


「それしか知らんのか!?」

「うわっ!?」

 私がキレかけると、ディーはビクッとして椅子から落ちそうになる。

「もう少しなんかあるでしょー?」

「すまんが、これ以上は話せない」

「……」

 いかん、これでは先に進まんな。


「せめて名前とか分からんと」

「話せない」


「じゃあ容姿とか特徴とか」

「話せない」


「……どうしようもないな」

「すまん」

 ディーは全然済まなさそうな素振りもない。

「逆に話しても構わない事はないのか?」

「…うむ、元は地位のあるヤツだ」

 ディーはためらいがちに話し出す。

「悪事を働き、捕縛されるところで逃げ出した。手傷をおっているのでそれほど遠くには行けないだろう」

「それはもう聞いた」

 私は言った。

「性格や能力など、足取りを追うために知りたい」

「うむ、慎重な性格と聞く。魔法も武術にも長けているらしい」

 ディーは渋々ながらに答えた。

 やっと使えそうな情報が出てきた。

「そうか、面倒そうなヤツだな」

 私は考えた。

 お尋ね者は足取りが分かるような動きは避けるだろう。

 慎重な性格なら尚更だ。

 だが、昔から隠れているヤツを見つけるには食糧などを買い出ししている処を押さえるのが良いという。

 人型の種族なら食料が必要だ。


「そいつは魔法生物とかではないよな?」

「うむ、人型の生き物だ」

「生き物なら探す手はある」

「本当か!?」

 ディーは椅子から立ち上がった。

「そう急くな」

 私は手で制して、

「探す手はあるといっただけだ。現時点では依然雲の手を掴むに等しい」 

「そ、そうか…」

 ディーは椅子に座り直す。


 誰を探すか分からんとか、どんだけ無茶なんだ。

 名探偵でもないとムリだろう。


 情報を少しでも貰わないと行けないのだが、知りすぎると今度は私たちが始末されかねないときてる。

 なんかの罰ゲームか、これ?


 ともかく、ちょっとずつディーから情報を引き出しつつ、歩き回って探しつつを続けるか。

 時間はかかるが、他にやり方を思いつかない。


 *


 何日か過ぎた。


「調子はどうだ?」

 朝だというのにマジニーが珍しく出てきて席に着く。


 マジニーとサバーシは宿の1階の酒場で食事するのが習慣だ。

 朝はほとんど食べず、昼と夕方に情報交換のために落ち合う。

 私とディーもそれに合わせていた。


 ジェリーとトラバンユは大体はどこかに遊びに行っているのが普通だ。

 というか、このところ姿を見てない。


「まだ何も」

 私が頭を振ると、

「そうか」

 マジニーは無表情に言って、朝食のパン、ボイルしたソーセージ、フライドエッグに手をつける。

「情報がなさすぎても有りすぎても困る」

「グチるな、面倒な依頼はよくある」

 マジニーはニヤニヤしていた。

 私が困っているところを見るのが楽しいのだろう。

 魔族はこれだから。

「時には焦らずじっくりやることも必要だ」

「……そうだな」

 私はうなずく。


 とはいえ、ただ漫然と情報を集めるだけでは埒があかない。

 聞きつけた情報が有用か否か、それを判別するための基準がなければ集めても無意味なのだ。

 有用な情報を残して他は除ける。

 それが普通のやり方だ。

 だが、ディーの依頼の内容では判別基準を作れない。

 名前、種族、職業、性格などの基本的なことから、経歴や生い立ちなど込み入った事情を知ってやっと行動原理を見出し、関連情報を見分けられる。


 …うーむ。


 *


「普通じゃない依頼には普通じゃない方法ですな!」

 リチャードがバカっぽく言った。

 勢いだけのセリフだ。

「折角意見を言ったのに!」

「スマンスマン」

 私は形だけ謝って、

「ま、確かにそうかもしれんな」

「でしょー」

 リチャードは急に機嫌がよくなって、

「どうせ普通の依頼じゃないんですから、まともに当たってもいけませんな」

「…んー、まーそーかな」

「もっとリアクションして下され!」


 リチャードは放っといて、と。


「酷い…」


 ま、その線で行くと…。


 ……。

 ……サバーシって、巫女だったな。

 巫女の神託とか?


「という訳で、神託とかできないか?」

「はあ?」

 サバーシは「お前バカか?」という目で私を見たが、

「……まあできないことはないけど」

「できるんじゃねーか」

 私は咎めるような目で脳筋巫女を見る。

「いや、ちょっと色々と問題があるってゆーか…」

「え?」


「テケレッツノパアァァッ!!!」


 サバーシはおもむろに手に持った木のスプーンとフォークの束をぶん投げた。


 …ん、なんかシュルレアリズム?


「でました、明日のラディッシュの価格はなんと斤銅銭1文!」


「かんけーないこと告げられてもなー」

 私がぼやいてると、

「だから問題あるって言っただろ」

 サバーシは複雑な顔で答える。

「でも面白いですねー」

 リチャードだけは面白がっていた。

「下手な鉄砲も数打ちで解決(by.初代魔王名言集)」

「百のスリケンがきかなければ千のスリケンを打つってことですね!(by.八代目魔王、通称米魔王語録)」

 

「他人事だと思って好き勝手言うなよ!」

 サバーシは半切れで叫ぶが、なんか本人も「この神託どうかな…」的な表情がチラチラしている。

 てか、フォークとスプーンの並び方とか裏表の配列を見てインスピレーションを得て直感回答をするとか、摩訶不思議過ぎる。

 …ま、いいか。


「とりゃあぁぁあぁあああッッッ」


 サバーシ=サンにはちょっと頑張ってもらいました。


「おとーさんが胸毛を永久脱毛!」

「さとうの値段が高騰するよ!」

「ガラスの仮面舞踏会に参加した女の子」

「しあわせな一時かと思いきや」

「のっぱらで宴会」

「人の生き様を見て」

「物のありがたみを感じる」

「はがいじめは痛いのでやめよう」

「じんせーいらくありゃーくーもあるさー♪」

「インドの山奥でー」

「にんじんいっぽん、さらしに巻いてー」

「いらいらするのはやめよう」

「ルビーの指輪」


「はーはー…」

 サバーシは息切れしてる。

 そうか、テンションが高すぎて問題があるんだね。


「ちょっち休憩させてよ」

 サバーシは水を飲んで団扇で風を送っている。

「むむむ!」

「何が、むむむ!だ」

 リチャードにお約束のツッコミを入れておいて、

「で?」

 私は先を促した。

「神託を書き留めて見たんですが」

「ゴーストのくせに」

「うるさいですね、ゴーストの能力にデスタッチがあるじゃないですか」

「それ、触られた対象が死ぬだろ、自動書記とかポルターガイストにしとけよ」

「とにかく、これを見てください」

 リチャードはメモ紙を見せる。

 紙は貴重なのだが…まあいいか。

「こ、これは!」

 私は思わず唸った。

「どういうことなんだ、リチャード!」

「人類は滅亡する!…じゃなくて、頭の字を縦に読んでください」

『な、なんだってー!ΩΩΩ』

 私、マジニー、ディーの三人が揃って同じセリフを叫んだ。

「……つい同じことを言ってしまったけど、なんですかこれ?」

 ディーが複雑な顔でつぶやく。

「どことなくテンションが上がっていいな」

 マジニーは味をしめた顔。

「気にするな!」

 うむ、元魔王だから大丈夫。

「お、さ、が、し、の、人、物、は、じ、い、に、い、る」

 リチャードは頭の一文字だけを読み上げた。

「それなんてデスノ」

「なんですか、それ?」

「いや、なんとなく」

 私はそっと視線をそらす。

「じ、いん、じゃないのか?」

「あ、そ、そうですね、寺院でしょうかね」

 リチャードが訂正する。

「寺院だと?」

 マジニーが渋い顔をした。

「この街に寺院がいくつあると思ってるんだ?」

「ま、一つずつ当たってみよう」

 私は諦めと決意がないまぜになったような気分で言った。

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