第12話

(12)


 シュガージンジャーの経営権を売った。

 まとまった金が手に入った。

 そしたら、マジニー達が更に仕事探しをしなくなった…。

 うん、これ悪循環。

 どーせ金あるし。

 という心理が働いてしまったようだ。

 …どげんかせんといかん。


「どこの方言ですか」

「ランダース地方の南の方言だ」

「真面目に答えないで下され」

 リチャードと私はいつもの掛け合いをしてから、

「というか、あいつら真面目に仕事を探さなくなってしまったな…」

「そーですな、真面目に職に就くような人たちならこんな家業に足突っ込んでないですもんね」

「うん、この点は誤算だった」

 私はうなずいた。

 つい自分を基準に考えてしまっていた。

 皆、そんなに目標をもってないし、仮に目標を持っていてもそれに向かって突き進むとは限らない。

 生きるのに精一杯なのが普通だ。

「それ、つまり、魔王様が普通じゃないってことですな」

「ま、元魔王が普通とはいえんけどな」


 *


 という訳で、毎日、私一人が口入屋に足を運んでいる状況になった。

 細工作りなどの仕事をしてるのも私だけだしなぁ。

 あいつらにしてみれば

「なんで金があんのに仕事すんの?」

 って感覚なのだろう。


「おめー、なんであくせく仕事してんだよ?」

 ジェリーが覚めた目で私を見ている。

「金があんだから別に働かなくていいだろ」

「私は働いてないと落ち着かない性分なんだ」

「へー」

「興味なしかい」

 私はジェリーと連れ立って口入れ屋に来ていた。

 酒に女にギャンブル…遊びまくって、すぐに飽きが来て、結局、やることがないので暇潰しに着いてきたのだった。

 金だけあっても使い道がないと堕落する典型だなぁ。

 ジェリーは放っておいて、掲示板に張り出される依頼を確認する。

 

 ふと、口入屋のオヤジと話しているヤツが目に入った。

 身長は普通程度。

 細い身体。

 旅姿。

 フードから飛び出た長い耳。

 浅黒い肌。

 バックパックの他に矢筒と弓を背負っており、腰には剣を帯びている。

 ダークエルフか。


 私はちょっと警戒した。

 私は見た目は似てるが、本物のダークエルフではない。

 魔王として在籍していた頃は頻繁に付き合いもあったから、彼らの習慣や文化は知っている。

 しかし、本物を騙しおおせるか否かは分からない。

 ので、関わらないのが一番だろう。


「そうか…ま、掲示板には貼っとくが……受けるヤツなんていないかもな…」

 口入屋のオヤジはいつになく歯切れ悪い受け答えだ。

 ダークエルフは肩をすくめて、席に着いた。

 適当に食事を頼んでいた。

 私は掲示板に近寄った。

「どんな依頼なんだ?」

「ん? …ああ、見れば分かるさ」

 口入屋のオヤジは紙を掲示板に貼り付ける。

「どれどれ?」


 故アッテ

 賊ノ討伐ヲ行ウモノ

 助勢求メタシ


 報酬ハ金○○也


 働キ如何デハ

 賞与有リ


 ……なんじゃこりゃ?

 曖昧過ぎるけど結構な額がもらえるな。

 てことは、かなりヤバイ仕事だな。


「な?」

 口入屋のオヤジはそういう顔をした。

「……」

 私は無言で目を逸らす。

「……これは受けないほうがいいな」

 ジェリーは小声でつぶやいた。

「この手の依頼はダメだ」

 経験上、嗅ぎ分けられるのだろう。

「そうだな」

 私は同意。

 …なんか権力者の揉め事臭がする。

 盗賊ギルドの依頼もどうかと思うが、それでもまだ裏の世界のルールがある。

 だが、表の世界の権力争いは裏の世界より酷い。

 ルールもへったくれもない。

 下手すると口封じに始末されることもままある。

 明日の食物もままならない底辺のクズしか受けない。

 クズ仕事なのだ。


 しかも依頼主はダークエルフと来ている。

 私が最も避けるべきは身元割れだ。

 

 ダークエルフでないことがバレると面倒なことになる。

 また、権力者の争いごとに巻き込まれると最悪消されかねない。


 さっさと掲示板から離れたほうがいいな。

 振り返ったところで、


「おい」

 

 声をかけられた。

 先程のダークエルフが私たちに興味をもったらしい。

 掲示板の前まで来ていた。


 …まずい、離れるのが遅かったか。


「あ、どーも」

 『あっしは受ける気ないですぜ』って感じで離れようとしたが、

「待たれよ」

 ダークエルフは追いすがってきた。

「同族とお見受け致す」

「そのようだな」

「是非、力添えをお願いする」

 ダークエルフはぐいっと顔を近づけて言った。

 くっ…コイツ、強引だな。

「我々は遠く故郷を離れていても、同族とは協力するのが習わし」

「確かにそうだ」

 私は肯定するしかなかった。

 ダークエルフに限らず、エルフは同族意識が強い。

 同族なら協力するのが当たり前。

 しかし、協力させておいて一方的に裏切る可能性も秘めているのがダークエルフだ。

 私が魔王の座に居たときにもそれで度々内紛が勃発していた。

「しかしながら、私も故郷を離れて長いもので、世の厳しさを垣間見てきている」

「……協力はできないと?」

 ストレートだな、おいっ。

「そうではない、うまい話には裏があるというのを何度も経験してきた」

 私は極力刺激しないよう平静を装って答える。

 ホントは心臓が痛いくらいにバクバクしてるけど。

「私が信用に足るか否か分からないということか……」

 ダークエルフはちょっとショックを受けたようだった。

 あれ? 予想外にお坊っちゃん?

「然るべき証明なりあれば、協力するのもやぶさかではない」

「……」

 ダークエルフは黙り込んだかと思うと、ポケットから何かを取り出した。

「部族の誇りに掛けて」

 私の目の前に掲げる。

 ペンダントだ。

 いくつかの幾何学模様を組み合わせた形。

 ……。

 部族のシンボル。

 ダークエルフの中でも身分の高いヤツしか持てないものだ。

「…ラグダラのボーソン家か」

 私は言った。

 昔とった杵柄というか、魔王の座に就いていた時に何度も会っているので、彼らの部族はよく知っている。

 いつも面倒な揉め事を起こす連中だ。

 ま、ダークエルフ部族は全部そうだが。

「これで私の身の証はできたと思うが?」

「…ちょっと仲間と話させてくれ」

「よかろう」

 ダークエルフが頷いたので、私はジェリーを引っ張って酒場の隅に行く。

「受けるとか言わねーよな?」

 ジェリーはジト目。

「受けたくはない」

 私は目を伏せた。

「だが、アイツ、証を出してしまったのでな、そう簡単には断れない」

 勝手に身分証明しておいて、依頼を断ったら追っ手を差し向けて殺しに来る。という事を平気でやる。

 ダークエルフが他種族に嫌われる由縁は大体ここにあるだろう。

「オレはごめんだぜ」

「分かってる、そうなったらオレだけ受けるさ」

 私は即断した。

 どのみち、いずれはこの街から出るのだ。

 街から出て、どっかでまた仲間を探すさ。

「ならいいけどよ」

 ジェリーはベテランの何でも屋らしくシビアな判断をしていた。


 ジェリーは帰ってしまったので、私一人で話を聞く。

「ここでは話せない」

 ということだったので、口入屋の個室を借りた。

 商談によく使われる小部屋だな。

 適当に飲み物と食物を頼んだ。

「なぜ、ボーソン家の者がこんなところに?」

「それは言えぬ」

 ダークエルフは頭を振った。

「では依頼の内容を聞きたい」

「詳しくは言えぬが、賊を探して討つ、ただそれだけの内容だ」

「…難しい仕事だな」

 私は目を閉じた。

「情報が少ないと探せるものも探せない」

「話せないのだ」

「分かった」

 依頼を受けざるを得なくなった時点で、一応、その線も想定していた。

「だが、場面場面での判断は仰ぐと思う」

「うむ、分かった」

「その賊を探す手掛かりは?」

「……」

 ダークエルフは少し考えてから、

「元々は手強くかなり危険な輩だが、手傷をおって遠方に逃げ込んだらしい」

「ふむ、手傷を追っているなら探しやすいな」

 私は楽観的に考えることにした。

 見つかるかどうかも分からないのだ。

 こうでも思わないとやってられない。

「ところで、其処許は何と称呼する?」

「アールと呼んでくれ」

 私は正直には言わず、ラグナスの『R』を使った。

 相手が名乗らない内はこれで良い。

 ……魔族に限らず身分の高いヤツは面倒だ。

「私はディー」

 ダークエルフは軽く会釈する。

 簡略だが、礼儀にはかなっている。結構育ちがいいようだ。

 てか、本名ではないようだ。

「宿はもう取ったのか?」

「いや、まだだ」

「失礼だが、宿を取る金は持っておられるか? この街の宿代は他所より高い」

「……路銀はできるだけ節約したい」

 ダークエルフは急にしゅんとして下を向く。

 あ、あまり金に余裕がないんだな。

 ずっと野宿してきたっぽい。

 よく一人で野盗に合わなかったな。

「分かった、できるだけ安い処を……いやいっそ私の処に来ればいい」

 そうすりゃ情報伝えるのに移動する手間も省ける。

 でも、ダークエルフでないことがバレるかもしれないから、できるだけやりたくない。

「いや、そこまで甘える訳にはゆかぬ」

 ディーは言った。

 だよな、私もあんまりやりたくない。

「では、できるだけ安い宿を取ろう」

「そうしてくれるとありがたい」

 ディーはペコリと頭を下げた。


 *


 迷った末、結局、ジェリー達が泊まっている宿を取った。

 依頼は受けなくても、こいつらと一緒なら安全だ。

 なんなら護衛代を出すしな。

 それくらいの事はしても別に罰は当たらんだろ。

 それから、ディーの依頼を受けた事をマジニー達に話さないとな。


「我々も着いていく」

 マジニーは予想に反して言った。

「おい、正気かよ?」

「マジか?」

 ジェリーとトラバンユは「びっくり仰天」という顔。

「どうせ、このまま街にいても我々に合う仕事はない」

 マジニーは仲間を見回してから、

「とはいえ強制はしない。反対の者は抜けて良いぞ」

 しばらくの沈黙。

「……あたしは乗るよ」

 サバーシは言った。

「金より力を発揮できる場が欲しいしね」

「ただ暴れたいだけだろ」

 ジェリーがバカにするが、

「悪い?」

 サバーシは悪びれもしない。

「オレは抜けさせてもらう」

「オレも」

 ジェリーとトラバンユはついて行けないとばかり、そっぽを向いた。

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