第10話

(10)


・1週間分の食糧(乾パン、干し肉、魚の干物、ドライフルーツ、干し豆、干し野菜、塩、砂糖、等々)

・皮の水筒(1日分の水入り)

・毛布、衣類、防寒具

・背負い袋

・衛生用品(歯ブラシ、洗面器等)

・調理器具、食器

・照明器具(ランタン、蝋燭)

・火口箱(火打ち石、火口)

・紙と筆記用具

・細工道具+ピッキングツール

・武器、防具

・魔法使いが必要なアイテム類(杖、ポーション、魔術用小物など)

・金


 …等々、旅に必要な物を準備する。


 街の武器専門店では刃物の研ぎも請け負っているので、武器を研ぎに出したりする。

 武器が耐久度を越えている場合は買い替え。

 防具は綻びなどは自分で修復するが、ひどく損傷している場合は修理に出す。

 やはり耐久度を越えている物は買い替えになる。


 食糧と水は土地によって内容は異なるが、主食、主菜、副菜、調味料というのは同じだ。

 時にはまったく食糧が買えない場所に行ったり、現地の食事が信用できないこともあるので、基本的に全部持参となる。

 重量を軽くしたいので乾燥させたものが多くなる。

 調味料は貴重な上に高価なので、少々しか買えない。

 この街では何でも屋家業の者が多く集まるので、そういう家業を相手にする店では旅行に適した食糧セットが販売されている。


 武器は、ダガー2本とショートソード1本、

 防具は、柔らかい皮鎧とワックスで硬く煮込んだ皮鎧を組み合わせることにした。

 動きやすさと防御力の両立のためだ。


 胴体は、柔らかい皮の胴衣。硬い皮のチェスト&ブレストも購入した。必要に応じて着用する。

 腕は、自由な動きを妨げたくないので、柔らかい皮の手袋のみ。

 脚は、柔らかい皮のスボンにブーツ。硬い皮の脛当ても購入。

 頭は、硬い皮の半円型ヘルムを選んだ。皮紐で結んで固定するヤツ。ヘルムの下に布製のフードを被って皮膚を保護する。


 楯は買うか否か悩んだが、バックラーを買うことにした。

 軽くて使いやすいし、ショートソードで戦いにくいヤツが相手の時に、との考えだ。


「旅の準備って意外と楽しいですなぁ」

「お前、着いてくる気満々だな…」

 リチャードが妙にうきうきしていてウザいので、私はジト目で睨んでやった。

「魔王様のお世話をするのが私の使命ですから!」

「屋敷が没収されてしまって、お前が管理する場所がなくなったのが痛いな」

「そーいうこと言わんでくだされ!」

 リチャードはフードの奥で目を剥いている気配を出す。

「それはそうと着いてゆくとなると、あいつらの中には巫女がいるから最初に説明しとかないとな」

「え?なんでですか?」

「巫女には霊を払う役目もある」

 私は説明した。

 神官、巫女、僧侶、呪術師、牧師等々呼び名は様々だが、神仏や精霊の力を借りて「力」を行使する職種は昔からある。

 治癒、治療、祈祷、厄払い、除霊など奇跡方面や、神学、薬学、冶金術、建築術、武芸などの技術を併習する場合も多い。

 巫女は特に神仏の力をその身に受けて術を使い、同時に護身として武芸を身に着けていると聞く。

 魔法使いとは別のベクトルで、ある種総合的な知識技術の集団である。


「なるほど…って、私、除霊されちゃうんでしょうか?」

 ガクブルしてるリチャードだが、

「いや、ちゃんと私の配下だと説明すれば問題ないだろう」

 私は答えた。

 ゴーストを使役する魔法使いは少なくないから大丈夫だろう。


 *


「みな揃ったな」

 マジニーがメンバーを見回す。

 明らかに装備が足りてないヤツが居ないかのチェックだろう。

「ゴーストまで憑いてるけどね」

 サバーシがなんとなく不機嫌なのはスルーだ。

「えと、皆さん、よろしくお願いします」

 リチャードはゴーストらしからぬ様子で挨拶してる。

「温厚そうなヤツで良かったぜ」

 ジェリーが愛想笑いをしていた。

 仕事柄のせいだろう、霊系の魔物にはあまりいい印象を抱いてないのが分かる。

「……」

 トラバンユは人見知りするのかまったく口を開かない。

 事前に皆の性格を教えておいたから、リチャードが「新人いじめですぅー」とかいうことはなかった。


「へー、サバーシさんはディーメンの信徒なのですな」

「まあね、ウチは普通の回復術の他に、肉体を法術で強化するのが特徴かな」

 サバーシとリチャードはおしゃべりに興じている。


 ディーメンはつまり魔神というヤツだ。

 一般には獣や蛇等の悪魔的な容姿と荒ぶる性格で知られるが、魔物や一部の人間に信仰されている。

 …て、ことは魔族だな。

 人間社会ではほとんど翼の神々が信仰されている。

 容姿が人の美的感覚にマッチしてるのと、清廉なイメージを全面に押し出したせいだろうな。

 よほどの田舎や古くからの信仰が残っている地方でないと見られない。


「武芸は棒と体術をメインにやってたけど、まあ、それなりに何でも扱えるくらいにはなったな」

 サバーシはさらっと言った。

「じゃ、モンスターなんかは一撃ですな」

「そう簡単に行けば楽なんだけどね、ヤツらも侮れないよ」

 荒事の経験が豊富なだけに厳しい見方をしているようだ。

 こういうヤツは事前の準備を怠らないし、現実に柔軟に対応するので、敵に回すと非常に厄介だ。


 ……うん、仲良くしとこう。


 私は力弱い自分を鑑み、友好政策をとることにした。


 *


 採掘場にはすぐに到着した。

 街の近くにある森林の一角の山の横腹を掘ってる。

 途中の道のりで野盗や危険な動物に出くわさないのは、支配階級がちゃんと目を光らせているからだろう。

 そういえば浮浪者や犯罪者どもをぶち込んで手に職つけさせることもしてたな。

 やり方がお役所すぎた気もするが。

 ……案外、善政を敷いてるのかもしれん。


 管理小屋を訪ねて、仕事を請け負ったことを説明する。

 ここで口入れ屋の名前が役に立つ。

 掲示板のビラにハンコを押しただけのものだが、それを見せるとすぐに信用してもらえた。

 この地域では口入れ屋が信用を得てるのだ。


 偽者や仕事を請け負った後、途中から強盗に変わるヤツらもいるが、そうしたヤツらは何でも屋選りすぐりのメンバーが始末しに来る。

 口入れ屋もその時は金を惜しまずつぎ込んでくる。

 業界の指名手配ってヤツだ。

 それを知っててわざわざ悪行を働くヤツらは少ない。

 血なまぐさい話だが、そうやって信用を築いているのだ。


 採掘場には管理者以外はおらず、人足は皆逃げ出していた。

「じゃ、後はお願いします。オラもズラ借りますんで!」

 と、さわやかに管理者は逃げていった。

「よく今まで生き延びたな、アイツ」

 私が言うと、

「モンスターが来たらすぐに逃げて、モンスターが居なくなる頃に戻ってきてたんじゃね?」

 ジェリーはピンと来たのか答える。

「モンスターに管理小屋が占拠されてないのが不思議だな」

 マジニーも疑問を口にする。

「夜行性のヤツらなんじゃね?」

「かもな」

 マジニーはちょっと考えて、

「ゴブリンかホブゴブリンってとこか。じゃ、採掘場の中に潜んでるな」

「オークかもよ?」

「オークはこのあたりでは見かけないな」

 私は一応知識を披露してみる。

「ゴブリンならダイアーウルフがいないか注意するだけでいい」

「詳しいな」

「ヤツらとは国でよく揉めたからな」


 ゴブリンの諸部族混成軍がよく反乱を起こしたので、鎮圧に苦労させられた。

 魔族の尖兵たるゴブリンは喧嘩っぱやいが敵を恐れず突っ込んで行く勇猛さも持ち合わせているので戦では必要な連中だ。

 …まあ、頭悪いだけとも言うが。

 全滅させる訳にもいかず、半端な懐柔も効果ないので、圧倒的な力で押し潰してギリギリ数を残して降伏を迫る。

 戦が終わった後は勝手に増える。

 旺盛な繁殖力と何も考えず突っ込む習性がウリの種族だが、もう一つ能力があって獣をテイムするのに長けている場合がある。

 ゴブリンテイマーはゴブリンシャーマンより少ないが、そいつが居たらダイアーウルフを飼ってる可能性大だ。

 ダイアーウルフは狼の中でも凶暴で体がでかい種だ。

 並みの戦士では勝てないくらいに強い。


 ちなみにダークエルフは頭の回転がよく策謀好きなので、頭の回りが良くないゴブリンをからかう傾向があり、よくケンカになる。

 お互いによく思ってない。

 これもまた悩みの種だ。

 魔王が強力な魔法と軍隊をもってるから言うことを聞く、というのが現実。


「ダークエルフとゴブリンは仲がよろしくない」

「そうだったな」

 マジニーはうなずく。

「ダイアーウルフはトラバンユとサバーシで楯を作り、後ろで私とマジニーが魔法撃つでいいだろう」

「オレは?」

 ジェリーが聞いてくる。

「お前さんは踊ってるといい」

「あ、そっか、盆踊りでいいかな……ってなんじゃそりゃ!?」

 ノリ突っ込みとかレベルが高い。


「とにかく、採掘場に入ろう」

 マジニーがリーダーらしく言った。

 皆、うなずいて採掘場という名の洞窟に入った。

 狭いので、縦一列になる。

 先頭からジェリー、トラバンユ、マジニー、私、サバーシという並びだ。


 ……これ、のっけからさっきの戦術が使えなくなったってことだな。


 ジェリーは索敵。

 スカウトとしての能力が高く、また意外なことにレンジャーとしての技能がある。

「意外って、お前…」

「もしかして野盗出身なのか?」

「ちげーよ! 狩人だよ」

「あ、そっか」

 弓持ってないから分からなかったが、狩人の家系なのな。

「弓を持ってないじゃないか」

「オレは手投げ槍とナイフで狩るんだ」

「…そんな方法は聞いたことないな」

「熊とかは弓じゃ仕留めらんねーんだよ」

「マタギか」

「弓があればあったで使うけどな」


 雑談をしてると開けた場所に出た。

 人間のジェリー、トラバンユは夜目が利かない。


 ……ちなみに私は夜目が効くようになっていた。

 先の戦闘でレベルが上がったのだろう。

 『インフラレッドビジョン』の能力を取り戻したようだ。


 マジニー、私、サバーシの3人が前に出る。

 モンスターどもに気づかれにくいよう照明器具なしで進む。

 もちろん、あちらも夜目が利くから見つかる可能性は常にあるが、ランタン片手に行くよりはマシだ。


「いたぞ」

「やっぱりゴブリンだな」

「どっかから流れてきたのかな」

 私たちは武器を抜き、後ろで待機している2人に小石を放って合図する。

「よし!」

「やるぞ!」

 トラバンユとジェリーは待機中に松明を点けていたらしい。

 松明と剣を手に前進する。

 ゴブリン達はすぐに気づいた。

 ぎょっとして、こちらを見た後、すぐに武器を取って応戦。

 全部で10匹程度か。

 群れとしては少ない。

 トラバンユは松明を鼻先に突き出して、ゴブリン達をけん制し、剣で斬りつける。

 たちまち2匹が倒れた。

 ジェリーもショートソードと松明を交互に繰り出してゴブリンを屠る。

「魔法を使うまでもないな」

 マジニーは杖とナイフを使って防御を固めジリジリと前に出てゆく。

 サバーシは棒を振り回して武器毎ゴブリンを叩きのめしている。

 私はバックラーとショートソードで上下に攻撃を分散して敵の防御を崩し、斬りつけてゆく。

 敵の攻撃は受けてすぐに返す。

 すぐにゴブリンどもは全滅した。


 と、そこへ咆哮。

 黒い四足の獣が広間に入って来る。

 結構な体格だが重さを全然感じさせない軽やかな足取り。

 ダイアーウルフだ。

「魔法を使え」

 私は迷わず言って、ファイア・アローを唱えた。

 マジックミサイルの一種だが、獣には火の恐怖を与えるので効果的だろう。

 私の指先から、火の塊が発生し、目標に向かって飛んでゆく。

「ダーク・アロー!」

 マジニーも同じく魔法を使って黒い塊を飛ばした。

 暗黒魔法の基本で、肉体を蝕み爛れさせるキモイ魔法だ。

「キモイとかいうな」

「すまんこってす」

 ダイアーウルフは魔法を食らってひるんだ。

 そこへトラバンユとサバーシが突っ込む。

 剣を叩き込むが、厚い毛皮と脂肪の層でそれほど斬れてない。致命傷には至らない。

「ウラアァァァァッ」

 独特の叫びを発し、サバーシが棒を振り上げた。

 わずかに体が光を帯びたようだった。

 上半身の筋肉が盛り上がるのが見えた。

 そしてその部分に毛がゴワッっと生える。

「グルルル」

 という獣独特の咆哮音が聞こえ、棒がダイアーウルフの頭部へ叩き込まれた。


 バクン。


 という鈍い音がして、一撃で頭部が破裂。

 ダイアーウルフは絶命した。


 ……獣化か。

 すげー厄介な能力だな。

「……」

 私の傍らに居たリチャードもフードの奥で汗をダラダラさせて言葉を失っていた。

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