第7話
(7)
ギルド幹部が刷新され、暗黒街のパワーバランスが変化したものの、政財界、有力者などとの顔繋ぎが済めばそれほど波風は立たず新体制に移行した。
結局街の有力者はこれまでどおり金が入ってきて、これまでどおり汚い仕事を請け負う奴らがいれば文句はないのだ。
ちなみに金持ちのAとBは屋敷に賊が押し入って殺されていた。
知りすぎたヤツは消される、ということらしかった。
幸い、私はまだ大丈夫だ(笑)
「あれだな、利用価値があるかどうかで生き残るみたいだな」
私はつぶやいた。
「魔王様はまだ利用価値があるということですね」
リチャードは軽い感じで言う。
「まあ、そうだな」
私はうなずいてから、
「ギルドには手足が要るし、マジニー達も仕事が一段落したとはいえ、しばらくはこの街で休息するだろう」
「そうなんですかね?」
リチャードは訝しげに聞いた。
「あの手の連中って、ひと処にはとどまらないんじゃないですか?」
「荒事を生業にする連中ってのは、概ね仕事の時は集中して行い、完了したら羽根を伸ばすもんだ」
「なんでです?」
「命のやり取りには集中力が不可欠だ。だが、集中力が持続する期間は短い」
私は過去の自分の経験を思い浮かべつつ、言う。
「間を置かずに仕事をし続けるといずれ疲弊してヘマをする。だから、仕事の時は仕事に集中して、休む時は思いっきり休む」
「メリハリをつけるってヤツですか」
リチャードはやっと納得したようだった。
「で、あいつらをどう利用するか、だ」
「うわー、黒いですね、魔王様」
「いや、だって、ワタシ魔王だよ?」
「そーいや、そうですた」
「で、だ。あいつらも魔族の端くれだし、魔王の号令の元に馳せ参じて功績を残せばお家は安泰、子孫繁栄…」
「ちょっと待ってくだしあ!」
…なんだ、そのキーボードを打ち間違えたみたいな言い方は?
「今の魔王様にそんな権威は備わっておりません!」
「アイエエエエッ!?」
リチャードの冷たい言葉に、私はしめやかに失禁してしまいそうになった。
「なんて冷たいことをいうだぁーッ?」
「利害の一致、それを見出す以外には方法はナッスィングですよ」
リチャードは仁王立ちで私を睨みつけるように言う。
「ぐぬぬ」
私は歯噛みしてみたが、いかんともしがたい。
「なんぞ良いアイディアでもないかのう? いいだしっぺの誰かさんがもってないかのう?」
「くっ…それはないですけども」
私が切り返すと、今度はリチャードが歯噛みして、言い訳がましくつぶやいた。
「いまは思いつきませんが、なんか思いついたら提示しますデス、ハイ」
「うむ、苦しゅうない」
私は尊大にうなずく。
とはいえ、私自身もノーアイディアだが…。
結局、ジェリーに会いに行って見ることにした。
一応、つなぎ役だしな。
ギルドの人員が少ないので、次の仕事が決まるまでバイト感覚で続けているみたいである。
「おう、景気はどうでぇ?」
ジェリーはテリトリーの酒場に入り浸っていた。
元々が宿屋住まいだから仕方ない。
「ボチボチでんなー」
「どこの訛りだ?」
ジェリーはノリが良かった。
「なんか、次の仕事が決まらねーんだよなー」
「なんでも屋は高い報酬を取るからな」
私は飲み物を注文してから言った。
昼間なので、ノンアル飲料である。生姜汁を炭酸水で割って砂糖をこれでもかと入れたヤツ。
「あまっ」
「あまっ」
私とジェリーは同時に吹き出した。
「ソフトドリングがこれしかないんだよな、この街は」
「なんて街だ…」
ジェリーはちょっと放心していた。
「で、お前さん達はこの先どうするつもりなんだ?」
「どうって、そりゃあ高い報酬の仕事を選んで…」
「いや、そうじゃない」
私は遮った。
「この先、年取ってもこの仕事を続けるのか?」
「あー、そりゃ、わかんねー。てか考えたこともないなー」
ジェリーはアゴに手を置いて言った。
「なんでも屋とか盗賊の老後はだな、早めに手に職をつけて引退、家族に囲まれて暮らすのがベストエンドだ」
「なんだよ、それ」
「バッドエンドもある」
「ほう、言ってみてくれよ」
「年とともに衰える身体、無理をしていると、ある時ドジって捕まる⇒拷問⇒惨死」
「……」
ジェリーは青ざめている。
「または関係ないところで、ゴロツキに刺されて道端で死亡、それこそゴミクズのように。ま、犬死ってヤツだ」
「おい、ちょっと、縁起でもねえこというなし」
「どうかな? 意外と良い線いってるんでないか?」
私は冗談めかして言った。
脅かして楽しんでいるだけだが、それでも真実味はある。
裏の家業なんて末路はこんなもんだ。
「なんか、くだらねーこと話してんな…」
声がして、振り向くとトラバンユだった。
オフだからか、腰に短剣だけのラフな格好だ。
「お、トラバンユ、あんたも飲むか?」
私が誘うと、
「シュガー・ジンジャーか、いいな」
トラバンユはそそくさと席に着いた。
「…お前、甘党か」
「こちとら甘いものとバトルには目がないんでね」
「変なヤツだ」
「お前にそんなこと言われたくないな」
*
結局、マジニーとサバーシが加わって、適当に宴会をしてその日は終了した。
…そういや、サバーシの種族はまだ謎のままだな。
適当なところで切り上げて、工房へ帰る。
「どうでした、魔王様?」
リチャードが出迎える。
「まあまあだな」
私は曖昧に返したが、
「意味が分かりません」
リチャードはピシャリと言った。
どうも常に話相手に飢えてるみたいだ。
「仲は良くなってきたがな、まだ方針が決まらん」
私は「うーん」と天井を仰ぎ見る。
「シュガー・ジンジャーという飲み物がこれがまた甘くてなぁ」
「シュガー・ジンジャー! 美味しいじゃないですか!」
「リチャード、お前も(甘党)か!」
私はどっかで聞いたセリフを言ってみる。
「めくるめく甘味の世界ッ …生き返ってまた飲みたいですな」
リチャードの表情が、甘美⇒不貞腐れとくるくると変わる。
喜怒哀楽が激しいゴーストだ。
「あと、道中気づいたのは資金作りの方法だな」
私は真面目モードで言ってみた。
「組織の立ち上げには金が要る」
「じゃあ、お宝を見つけるしかないですね」
リチャードは答える。
なんとはなしに言ったつもりだろう。
しかし、
「その手があったな」
私は手を打った。
なんでも屋とか冒険者とか便利屋とかしてたら、そういうチャンスもあるだろう。
盗賊ギルドに足を突っ込んで、細工屋してても儲からない。
てか、このまま「昔はえがった」と寿命を迎えてぽっくり逝くだけだろう。
「寿命どこまで長いんでしょうかね?」
「知らん」
「魔王様の種族は長命でしょ?」
「かもな」
私は相槌を打ちながら、考えた。
「何でも屋にくっついてたら経験値を積んでレベルアップできるし、人脈も広がるし、お宝を見つける機会もあるだろう」
「じゃあ、あいつらに着いてくんですか?」
「うん、それが良さげだ」
「じゃあ、私も憑いていきます」
「…なんか字が違うような?」
「幽霊だからダイジョブです」
「いや、まあ、いいか」
という訳で、マジニー達に着いてゆく方針と。
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