第6話

(6)


 なるようにしかならない。

 世の真理だ。


 私は利益を計る。

 この街の盗賊ギルドには義理はない。

 隣街の盗賊ギルドにも義理はない。

 どちらに着いたほうが得か。

 ただそれだけのことだ。


「この街出身の私としては、この街の盗賊ギルドを応援したいですな」

 リチャードが何か言っていたが、

「……」

 私は無視を決め込んだ。

「無視しないでください」

 リチャードは怒りマークをフードの上に浮かべている。

 器用なヤツだ。

「義理人情など不要」

 私はカッコつけて言ってみた。 

「この街の盗賊ギルドには遅かれ早かれ疑われる。もうジェリーと接触しているし、これといってアイツの申し出を断る理由はないからな。むしろ断ったら不自然だろう」

「そんなもんですかねぇ?」

「こういう時は一旦常識を捨て去ってみるのも手だ」

「なんかそれ、私が前に言ったセリフですね」

 リチャードはジト目。

「…そうだったか?」

 私はすっとぼけた。

「隣町の盗賊ギルドの連中に会って話してみる。直談判だ」

「え!?」

 リチャードは驚いて飛び上がった。

「な、な、なんで? 殺されるでしょう、普通?!」

「連中は幹部を皆殺しにしてギルドの枠組みを奪いたいんだ」

 私は強く主張してみせた。

「今のところ、協力者は喉から手が出るほど欲しいはず。だから、わざわざジェリーのような潜入しているヤツを使って手勢を増やしてるんだ」

「はあ?」

 また理解の範囲を超えたか?

「つまり、積極的に隣町の盗賊ギルドに協力して、この街の盗賊ギルドを一掃すると?」

「お、冴えてるじゃないか」

「やりぃ」

 リチャードは喜んで飛び上がる。

 単純なヤツだ。

「そんで、新たな盗賊ギルドのメンバーとして食い込んでとりあえず基盤づくりをする」

「え、なんのですか?」

「現職・魔王を倒す勢力に決まってる」

 ふふふ。

 私は素晴らしい考えを表明する。

「えー、それムサイ盗賊ばっかじゃないですか、もっとかっこいい勇者一行を目指してくだされ」

「ムリ」

 私は即答。


 *


 ほら、あれだ。

 この街は他種族が住んでいる。

 時折ケンカはあるが、基本的には平和的に共存している。

 ダークエルフも黒小人もいる。

 魔族に近い種族が結構住んでいるのだ。

 そいつらを仲間に引き込んでゆくことで、新規勢力を立ち上げればいい。


 最初はチンケな盗賊まがいでも、そのうち何とかなるだろう。


 私はどっかで聞いたフレーズを唱えて、支度した。


 あちらからの連絡を待つことはない、ジェリーの縄張り付近に行ってみるつもりだ。

 恐らく、翡翠亭で立ち会ったヤツらも近くに潜んでるだろう。

 と、思って工房を出たら、ジェリーと出くわした。

「よお、出かけるのか?」

「お、訪ねてきてくれたのか、なら話がはやい」

 私はまた工房に引き返して、ジェリーを招き入れた。

 何とかの根っこを乾燥させて作ったお茶みたいな飲み物と菓子をだす。

 世間話をして、相手の様子を伺う。

 特に緊張も気負いも見られない。

 単に連絡だけをしに来たのだろう。

「とりあえず、お前さんの他にも何人か集めたよ」

「じゃあ、そいつらに面通ししないとな」

「お、おう」

 ジェリーはちょっと面食らったようだが、

「そうだな」

 と話を合わせた。

 コイツ盗賊ギルドの暗黙のルールをよく知らんのだろうな。

 ゴロツキじゃなくて、なんでも屋関係か?

「で、いつ会う?」

「今でしょ!」

 私は反射的に言った。


 で、ジェリーと連れ立って街に繰り出す。

 ジェリーはしきりにオレの奢りだぜ。

 と何かと世話を焼く。

 飲み物やら、昼飯やら。

 つなぎ役のセオリーをどっかで学んできたらしい。


 昼過ぎにスラムの奥にある、きったねー酒場兼宿にやってきた。

「スラムダンク!」

 私はなんでかボールを桶にシュートしていた。

「……なにやってんでぇ?」

 ジェリーが不審気に私を見ていた。

「いや、なんでもない、条件反射だ」

「そーかい、よくわかんねーヤツだな」

 首をかしげながらも、きったねー酒場の扉を開いた。

「ま、入いんねぇ」

「おう」

 酒場の中は狭くて、きったなくて、カビ臭い、なんか虫が沸いてそうな雰囲気。

 数人の客がくだ巻いている。

「よし、とりあえず酒でも飲むか」

 ジェリーは適当に酒を頼んで、テーブル席に腰掛けた。

 私も腰掛ける。

「で、仲間は?」

「ちょっとまってな、すぐ来るだろうぜ」

「そうじゃない、こないだの仲間はいるかって聞いてるんだ」

「え?」

 ジェリーは一瞬、頭の上にハテナマークを浮かべる。

「なにいってんだ、おめえ?」

「翡翠亭で斬り合いしてたのはあんたの仲間だろう?」

「……」

 ジェリーの動きが止まる。

 腰の小剣に手が伸びかかっていた。

「おい、オレを殺しても何の意味もないぞ」

「……」

 ジェリーは私を睨みつけている。

 本性が出てきたようだ。

「どうやら、オレの読みはあたったようだな」

「……」


「バレたんなら仕方がない」

 と、背後で声がした。

 飲んだくれていたヤツらの内の一人が立ち上がり、私たちの方へ近づいてきた。


「なぜ、分かった?」

 暗かったが、特徴が有りすぎるので、すぐにこの間のノッポのフード野郎と分かった。

「利を計れば自ずと答えは出る」

 私はカッコつけて言った。

「盗賊ギルドの幹部を皆殺しにして利権をそっくりいただこうってことだろ?」

「……なるほど、頭がいいようだな」

 ノッポのフードは私の対面に座った。

 ジェリーは腰の小剣から手を放す。

「翡翠亭ではよくもやってくれたな」

「どういたしまして、楽しかっただろう?」

 私は皮肉たっぷりに言う。


 ぎりっ


 一瞬、ノッポのフードの男が歯ぎしりしたが、


「……まあ、いい」

 なんとか自制心を発揮してとどまる。

 なんたる負けず嫌い(笑)


「ビジネスの話をしたい」

 私は自分のペースが崩れないうちに話を進める。

「ふん、ビジネスと来たか」

「そうだ、オレはこの街の盗賊ギルドには義理はない」

「なるほど」

 ノッポのフードは鷹揚にうなずく。

「我らに手を貸しても良いと?」

「そう、実はオレもこの街には来たばかりでね。新参者なのさ」

 私は言った。

「ギルドの覚えがめでたいとは言い難い」

「……ふむ」

 ノッポのフードはおもむろにフードを外した。

 青白い肌。

 耳は尖っていない。

 ダークエルフではない。

 目が金色に光る不気味な種族だ。

 痩身、痩躯。

 ひたすら骨ばった感じがする。


 ……コイツ、レイス族か。


 魔族の一種族だ。

 暗黒魔法に長けており、見た目に反して体力も強く、もちろん魔力も強い。

「レイス族か」

「よく知っている」

 レイス族の男は感心したようだった。

 ま、魔族はあまりメジャーでないからな。

「ダークエルフの端くれだからな」

 私は誤魔化した。

「……レイス族のマジニーだ」

 あ、コイツ名乗りやがった。

「ドーモ、マジニー=サン。ダークエルフのラグナスです」

 私は礼儀にのっとって名乗り返す。

 挨拶は大事。

 初代魔王も言っている。


「ラグナス?」

 マジニーはふと首をかしげた。

 どこかで聞いたような…なんて顔だ。

「思い出せん」


 そーかい、それは良かった。


 とりあえず、信用はしてもらったみたいだ。


 *


「剣士のトラバンユ、巫女のサバーシ」

 ガチムチ男とフードの女が奥の方から現れる。

「信用できるのかい?」

 フードの女は、サバーシは訝しげに私を見る。

「ダークエルフは信用ならん」

 ガチムチ男のトラバンユが腕組みしながら、私を見下ろす。

 トラバンユは人間の剣士。

 サバーシはどうも魔族っぽい。

 こいつら魔族入りのパーティーか。

 なら生粋の盗賊ではなくて、荒事をこなすなんでも屋の類だな。

「君たち、なんでも屋だろ、なんで盗賊なんぞの手先になってる?」

「盗賊ギルドの依頼だよ」

 サバーシはかったるそうに答えた。

「あんたホントにダークエルフ?」

 女の直感って鋭いな。

「なんか、ダークエルフっぽくないんだよね」

「それはご想像にお任せする」

 私はどうとでも取れるように答える。

「まあ、ここで争っても益はない」

 ジェリーが遮った。

「お互い建設的な話をしようぜ」

「ところで、押し入るのはいつだ?」

 私は気になる処を聞いた。

 あまり潜伏期間が長いと、その間に私とジェリーがギルドに捕まってしまわないとも限らない。

「今夜だ」

 マジニーが答える。

「おう、それはまた早いな」

 私はちょっと驚いたが、まあ、時間が経てば経つほどギルドの防備が整ってきて難しくなるから、良い判断なのかもしれない。

「お主にはこのまま居てもらって、参加してもらうぞ」

「構わんよ」

 私は二つ返事。


 *


 夜になって、私たちはギルドのアジトへ押し込んだ。

 ジェリーと私が先に入って門の鍵を開けておき、マジニー達を招き入れる。

 もちろん、警備は邪魔なので死んでもらった。


 マジニーと私の魔法で先制攻撃を掛け、後はトラバンユの剣、私のショートソード、ジェリーのショートソード、マジニーの杖、サバーシの六尺棒で幹部連中を襲撃。

 時折、魔法が炸裂。

 ギルド幹部達を次々に屠った。


 後は、街の外で待機していた隣町のギルドメンバーを案内。

 そいつらがギルドの幹部に居座り、メンバーたちに御触れを出して終了。

 めでたく、この街の盗賊ギルドは隣町の盗賊ギルドの傘下に入った。

 基本、盗賊なんてのは、自分たちの身が守れれば良いって人種だ。

 上層部が一新したのには驚きはしたが、すぐに誰の言うことを聞けば得なのかを悟って従った。

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