第5話

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 ギルドは到底このままじゃ収まらない雰囲気であった。

 その日は解散となったが、ギルド幹部の動きが活発化したようで、頻繁に連絡役のメンバーが走り回るようになった。

 同時に敵の足取りの搜索が始まり、ギルドメンバーが駆り出されているらしい。

 といってもメンバー同士、お互いの顔はあまり知らないのが普通だ。

 マクレーンのようなまとめ役の元に何人かが従っていて、さらにその上に幹部クラスがいる。

 いわゆる縦割りの社会だ。

 知らなければ捕まった時に吐くことはない。

 用済みになったり、余計なことを知られて始末しなければならなくなった時に自然と最低限の人数になるので、暗殺者が楽だし、手勢を無駄に減らすこともない。

 私も兵隊として駆り出された時に顔を合わせたヤツらは初対面であった。

 あの後、連絡を取り合うこともない。

 ちなみに浮浪者の施設に居た連中も散り散りになって特に連絡し合うこともない。

 つまりそれはお互いのためだ。


 ギルドは恐らく私を含む新参者の身辺を洗うだろう。

 これは何かを掴んだからではなく、とにかく情報を集めようとしての行動になる。

 ま、私がギルド幹部の立場でも同じ事を考える。


「ギルドは最近入った奴を調べる。もしかしたらその中に敵の手先がいるかも知れないからな」

「え、じゃあ魔王様が疑われるんですか?」

 リチャードは驚いた顔で聞いた。

「いや、私は単なる流れ者だ。素性までは分からんだろう」

 私は一応は否定する。

「だが、敵と積極的に戦って無傷で帰ってきた」

「ん? それのどこが行けないんです?」

 リチャードの頭上にハテナマークが浮かんだ。

「敵はかなりの手練れだ」

 私はできるだけ分かりやすく言った。

「新参者がそんなのと戦って無事だというのは怪しくないか?」

「まあ、そう言われればそうかもしれませんね」

 リチャードはあまり納得してない感じだが、話を合わせる。

「まずは怪しいという以上の意味は持たないだろうがな」

「じゃあ、しばらくは大人しくしてるんですか?」

「当面はそうだ」

 私はうなずいた。

「本業の仕事をこなして大人しくしてれば疑い自体忘れ去られる。組織なんてそんなもんだ」


 と、リチャードには言ってみたものの、不安要素は消えた訳ではない。

 マクレーンが死んだのは、今考えるとマイナスだった。

 あいつが私の唯一の身元保証人と言えなくもなかった訳だから。


 ギルドが報復のために動き出したら、なりふり構わず敵の情報を得ようとする。

 それこそどんな手を使ってでも。

 下っぱの一人や二人は死んでも気にしないだろう。

 拷問にかけて何かを吐かせようとするかもしれない。


 …ちょっと立場が悪いかもな。


 私は不安になったが、しかし魔族の間ではこんなのは日常茶飯事だ。

 なるようにしかならない。

 私は酒を飲んでさっさと寝た。


 次の日、材料の仕入れで街の雑貨屋が集まってる区画に出掛けた。

 細工物や木工品などを作って食べている以上、当然材料の仕入れと製品の納品はしなくてはならない。

 当分は目立った行動は避けるべきではあるが、家に綴じ込もって一歩も外にでないものおかしい。

 自然な行動を心掛けるのが吉だろう。


 適度に材料を購入して、適度に街を歩いて日用品を買ったりする。

 発注元を訪ねて仕事がないか聞いて回ったりもしておく。

 夕方に差し掛かる頃に工房へ戻って、適当に飯を食べて酒を飲んで寝る。

 さらに次の日は工房でクラフトして過ごす。

 仕上がったら、街へ出て納品がてら新たな仕事を受注し、材料を買い込む。

 これの繰り返しだ。


 *


「風の噂では現職・魔王は早速自分の利益だけを追求して、公平に欠ける事をし始めたので抗争が起きているようです」

 リチャードはおしゃべりに興じている。

「あほか! 魔王が率先して和を乱してどうする! 力による支配だからこそ、公平なジャッジをせんことには、まとまるものもまとまらんだろ」

 私は晩飯を食べながら言った。

「利益の追求とか権力闘争なんぞ、水面下でやらせとけばいいんだ」

「あ、禁止はしないんですね」

「その代わり、公務はきちんとこなしてもらう」

 私は即答。

「公務をこなしつつ、私腹も肥やす。それが正しい有力魔族の姿勢だ」

「はあ、意外に面倒なもんなんですね」

 リチャードは酒の瓶を持っている。

 杯の酒がなくなったら酌をしていた。

 結構気の利く幽霊だ。

「うん、魔族が暴力だけで成り立ってたのなんか大昔の話だ」

 私は日頃のストレスもあってが、喋り倒した。

「まとまりがないから常に内部分裂状態だ。目先の利益に流されて、内部対立を外敵に利用されて制圧されたことが何度もある」

「へー、そーなんですねぇ」

「こうなると悲惨だ。基本的な権利などない。奴隷として売り出される。屈強な男は強制労働に駆り出され、見た目美しい女などは性奴にされる。金持ちなんかのペットになったりするのはまだいい方だな」

「うへぇ」

 リチャードは嫌悪感を露わにしていた。

 豆腐メンタルなんだろう。

 やわな幽霊だが、ま、元が人間だから仕方ない。

「初代魔王は強大な魔力で有力魔族を締めて回って、今の国を作り上げた。歴代の魔王はそうならんよう常に国の状態に気を配り、常に自身の力を高めてきた」

 私は一旦は興奮の極みに達するが、

「しかし、私の代でこのようなことになってしまって、歴代魔王様に申し訳が立たん」

 一転して、泣きが入る。

 我ながら酒ぐせが悪いようだった。


 *


 目立たないように過ごして、1週間もした頃、ちょっとした変化があった。

 材料の購入をしていたら、いつもの店に品切れがあって遠くの区画まで足を伸ばさなければならなくなったので、晩飯を出先で食べた。

 適当な酒場に入って、軽く酒と食事を頼む。

 で、入ってすぐに誰かが声をかけてきた。

「よお、久しぶりだな」

 誰だっけ?

 私は思ったが、

「お、おう(どっかで会ったっけ?)」

 と話を合わせてみた。

「あん時は結構やばかったな」

 そいつはヒゲを生やしたいかつい男だった。

 ジェリーというらしい。

 あん時は、ってことは翡翠亭の時だろう。

「オレは適当に戦う振りして、後は死んだふりしてたから助かったけどよ」

 小声でぶっちゃけてくる。

 なんだ、こいつ、アホなのか?

「まあ、そうするのが利口だな」

 私は適度に合わせて、

「そのなんだ、また顔を合わせたのも何かの縁だ、一杯奢らせてくれよ」

「お、すまねえな」

「おい、ウェイター、エール2杯追加な!」

 私が言うと、ウェイターがやる気なさそうにエールを運んできた。

「じゃ、遠慮なくいただくぜ」

 ジェリーは笑みを漏らして、杯を受け取る。

「ところで、あん時、かなりのメンバーが死んだだろ。おかげて、オレにつなぎ役が回ってきちまってよ」

 つなぎ役は、まとめ役のことだ。

 下っ端と幹部をつなぐ役目なので、つなぎ役。

 ……ああ、なるほど。

 自分のいうことを聞く手下を探してるのな。

 マクレーンが死んで、私も宙ぶらりんの状態だから、まあ、渡りに船とは言える。

 だが、話がうますぎるような。

 出先で偶然会うというのも変な気がする。

 用事があれば呼び出すか、訪ねてくるのが適切だろう。


「おめえ、ヤツらと渡り合えるくれえの腕前だし、オレと組まねえか?」

 ジェリーは意気込んでいる。

 やはり勧誘目的で近づいてきたんだな。

 だったら、私に奢らせんな(笑)

「それは構わねえがな、その、オレにも旨みはあるのか?」

 私はズバリ興味のあるところを聞いてみる。

「そりゃ、組むんだし、実入りがあれば、はずむようにするさ」

 曖昧だが、まあ、その気はあるんだろう。

「分かった、その話、乗った」

「よし、決まりな!」

 ジェリーは上機嫌で言って、エールを追加した。

 おいおい。


 仕事もあるので、適当に切り上げて帰ってきた。

 家に着く頃には深夜になっていた。

 リチャードに挨拶してすぐに寝る。

 睡眠も仕事の内。

 魔王時代に培った習慣だ。

 寝れる時間があれば少しでも寝ておく。


 ジェリーは怪しい。

 抜けてるけど、肝心の何かは隠してるという印象だ。

 急にギルドのつなぎ役になったのは本当っぽい。

 すべてにおいて経験不足な面が見て取れる。

 でも、何かある。

 行動が自然なルートを通っていない。

 それが腑に落ちない。


 視点を変えれば、私の行動も怪しいと言える。

 材料が売り切れていたという理由で、遠くの区画へ足を伸ばして、誰かと接触した。

 と考えられなくもない。


 その相手はジェリーだった。

 ジェリーは最近つなぎ役になっている。

 つまり、新参者の中に何人か敵と通じてる奴がいて、それが連絡を取り合ったというストーリーだ。

 ジェリーとつるんでいたら、ギルド幹部にそういう考えが浮かぶのは時間の問題だ。


 ジェリーについては、ちょっと調べてみたほうがいいかも…

 まてよ。

 あいつが敵に通じていたら?


 *


「ジェリーってやつは、他所の盗賊ギルドから来たってことですか?」

「そこまでは断定できん。金で雇われてるのかもな」

 私は適当に片付ける。

「他所の盗賊ギルドの目的はなんだ?」

「この街の盗賊ギルドを潰す?」

 リチャードは首を傾げながら言う。

「真正面から戦うと、どちらも消耗する。両者消耗したら他の第三者が奪いに来る」

 私は分析を続ける。

 リチャードとの会話形式が自分の考えをまとめるのにちょうどいい。

「じゃあ、今回の抗争は他の第三のギルドの陰謀ですか!?」

「……そんな面倒なことする盗賊ギルドなどいない」

 金、人、物、すべてをつぎ込んで回りくどい事をする営利団体はいない。

「今回は隣街の盗賊ギルドとこの街の盗賊ギルドだけだ」

 私は続けた。

「隣街の盗賊ギルドは真正面から戦って潰し合うのを避けている」

「え、なんでですか?」

「それはこの街のアンダーグラウンドの利権を得たいからだ」

「へー」

 リチャードの頭脳の許容範囲を超えたようだった。

「翡翠亭でも真っ先に幹部を殺していた。幹部狙いだ」

「もしかして、幹部を殺してそっくりいただくってヤツですか?」

「お、よく分かったな、誉めてつかわす」

「やりぃ」

 リチャードは嬉しそうである。

 まぐれでも当たれば嬉しい。

 初代魔王もそう言っている。

「だから、ジェリーのようなヤツを何人か送り込んできた」

 私は続けた。

「手勢を揃えて幹部を皆殺しにして組織の枠組みを奪うつもりだな」

「じゃあ、どうやって阻止するんですか?」

 リチャードは慌てて言った。

「え?」

 私はきょとんとして、

「別にこの街の盗賊ギルドを守る義理はないよ」

「えー?」

「どっちが勝っても構わんね、私の身が安全なら」

「でも、魔王様って、どっちからも狙われ易い立ち位置にいません?」

「え?」

 今度は驚愕。

「だって、ほら、この街の盗賊ギルドからは敵の手先として疑われていて、隣町の盗賊ギルドからは勧誘されてはいますけど、翡翠亭での戦いで恨まれたでしょう?ノッポのフードに」

「そ、そーかな?」

 私の顔に脂汗がだらだらと浮かび始める。

「ジェリーってヤツもどこまで信用できるか保証はないでしょう? 悪くすると捨て駒にされて死にますよ」

「う、そ、そーかな?」

「そうですよ」

 リチャードは勝ち誇ったように言う。


 ……。

 ………。


 私は段々不安になってきた。


「ど、どーすべぇ、リチャードォッ!」

 幽霊だから触れっこないのに、私はついすがり寄ってしまった。


「キャッ」


 と、なんか不気味な声がして、

 それから、私は、無様に床に激突。


 え?


 キャッとか言ったかコイツ?


 ……。


 オカマちゃん?


「失礼な! 私は女です! 名前は男みたいですが!」

 リチャードは激おこ。

「えー? でもその身長…」

「身長も高くてコンプレックスだったんです、生きてる時から!」

 プギーッ!

 リチャードは手を振り回している。

「おまけに魔法使いの爺ちゃんに育てられたんで、年寄り臭い喋り方が身についちゃってますし」

「へー」

 私の頭脳が許容範囲を超えたみたいだった。

「……」

 私はしばらくリチャードのヒステリーを眺めていたが、

「ま、いっか」

 諦めとともに受け入れた。

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