第4話

(4)


 私が思うが早いか、個室の中でドタドタと物音が響き出した。

 たちまち怒鳴り声が聞こえ出し、剣戟の音。


「…う、おっ!?」

 ホールで待機していた幹部クラスの男が一瞬動きを止める。

 まさか戦いが始めるとは思っていなかったらしい。

「おう、てめぇらっ」

 …部屋に押し入るぞ!

 幹部クラスの男が言い切らぬ間に、


 バアンッ


 個室のドアが開いた。


 血の臭い。

 ガチムチ男が剣を片手に飛び出てくる。

 既に中にいたこちらの幹部連中は殺られてしまったらしい。

 角度的によく見えないものの、何人かが床に転がっているのが見えた。

 もちろん永遠に動かなくなっている。

 フードのノッポの男、フードの女が続いて出てくる。

 フードの女はAとAの連れを引っ張ってきていた。

 なんか女らしくない腕力だな。


 ホールにいたヤツらが反射的に武器を抜いた。

 剣戟が始まる。


 私も腰のショートソードを抜く。

 もう一本ダガーを腰に差しているが、狭い屋内ではショートソード1本の方が戦い易い。


 といっても、まっ先に剣を交えるのは無茶だろう。

 一瞬の間に味方の何人かが斬り伏せられた。


 …おうふ、剣の速さと斬撃力が強すぎる。


 ちゃんと剣の訓練をした人間なのだろう。

 ヤクザもの風情がかなう相手ではない。

 槍や棒などの長物で距離を取って取り囲み、飛び道具などで狙い撃ちにするのが最良の対処法だろう。

 しかし、ギルド幹部は取り乱しており、

「くそ、数ではこっちが多いんだ、やれッ!」

 と、間違った判断を下していた。


 フードのノッポの男が、こちらのチンピラどもを指さす。

 黒い球のようなものが撃ち出された。

 私は反射的に屈んで身を低くする。

 周囲に居たチンピラどもが何人かが倒れる。


 …マジックミサイル。

 黒いのは暗黒魔法だからだろう。


 もう片方の手には短めの杖が握られていた。

 どっから出したのか。

 

 降り下ろされる刃は杖で弾いている。

 受け弾いた時には杖を翻して敵の手首へ叩き込まれていた。


 ビキッ


 手首の骨が折れたようだ。


「うげっ」

 遅れて悲鳴がして、剣が落ちる。

 手首を抑えて床に転がってのたうつ。


 ……杖術か。


 私は屈んだまま、じっと相手を観察する。

 これは、ヤバイかもな。


 フードの女は金持ち連中を護衛しつつ、徐々に出口へと移動している。

 時折、こちらの兵隊が刃を打ち込むが、その瞬間にカウンターで蹴りを食らってのけぞる。

 アゴを下から蹴り上げられてぶっ倒れるヤツが続出。

 脚が柔軟でかなり間合いが広い。

 更に魔法も使うかもしれないから、おいそれと近寄れない。


「おい、なんだよアイツら!?」

 マクレーンだった。

 いつの間にか私のそばに避難してきている。

 顔面蒼白。

 虚実を織り交ぜた荒っぽい交渉には慣れていても、こういうストレートな戦闘は不慣れなのだろう。

「思ったよりヤバイ連中ですね」

「悠長だな、おい」

 マクレーンは驚きを通り越して呆れたようだった。

「あのノッポのヤツはオレが」

 私はそういって身を低くしたまま、ノッポの男に近寄る。

「ちょ、やめとけよ、殺されるぞ!」

 マクレーンは叫んだが、私は聞く耳持たずにノッポの男の眼前に立った。


 相手はちょっと目を細めて私を見た。

 私は遠くもなく近くもない間合いを取る。

 遠すぎると魔法を食らう。

 近すぎると杖を食らう。

 なので、杖を食らわないギリギリの距離に陣取った。

 ショートソードで牽制する。

 魔法が来たら切り込む。

 杖が来たらちょっと下がって受けに回る。

 これだけで倒される確率が格段に下がる。

 レベルが低いので戦術を駆使して戦うしかないのだ。


 これがガチムチ男だと筋力と体格で押し切られるだろう。

 フードの女は素手だが格闘には自信がありそうである。

 どんな隠し玉を持ってるか分からない。

 という訳で、消去法でゆくとノッポの男しか相手に成り得ないのだ。


「おりゃあっ」

 その隙をぬって別のチンピラが剣を振り下ろした。

 ノッポの男は剣を受け弾きつつ、手首を打ちにゆく。

 そこへ、私は間を詰めてショートソードを突き出す。

 ノッポの男は素早い反応を見せ、杖の軌道を変更してショートソードを弾いた。

 私はすっと元の距離に戻って睨み合いを続ける。


 くっ。


 ノッポの男の表情が歪んだ。

 この野郎とでも思ってるだろう。


 ……現実は非情である(笑)


 こうやって戦っていれば相手が逃げるまでの間、「敵わなかったけど戦ってました」って言えるしね。

 後ろ向きだけどレベルの差を埋めるためには仕方ない。


 ノッポの男は大きく間合いを取ろうとする。


 私は短縮された呪文のフレーズを唱えて、スモール・ファイアを出した。

 スタンダードなファイアより威力や飛距離を抑えた極小型のファイア魔法だ。

 調整魔法というヤツである。

 威力も距離もないがそれだけに出が早く、連射も効く。


「ぐわっ!?」


 ノッポの男はモロにスモールファイアを食らった。


 普通は呪文詠唱に時間がかかるので、詠唱中に対抗呪文を使うことができる。

 スモール・ファイアは、それができないくらい短い呪文詠唱なのだ。

 まあ、威力は全くないが。


 私は続けてショートソードを突き込む。

 ノッポの男は杖で防御した。

 私はまた戻って同じ距離を取る。


「……ふざけやがって!」


 ノッポの男はキレたようだった。


 しかし、


「おい、なにしてる! ずらかるぞ!」

 ガチムチ男が声をかけてきて、

「……チッ」

 ノッポの男は口惜しそうにしながらも、それに答えてさっさと酒場の出口へ走った。

 

 *


 気づくとこちらの幹部連中は全滅。

 マクレーンも死亡していた。

 ガチムチ男が暴れたせいだった。

 合掌。

 完璧にボロ負けである。

「おい、どうする?」

 周囲にいたチンピラたちが動揺していたが、

「まあ、落ち着け」

 私は諭すように言った。

「まずはギルドに連絡する。次にギルドの者を待ちながら死体を片付ける。官憲に踏み込まれたら面倒だからな」

 反対する者はなく、みな黙々と作業に取り掛かった。


 幹部の死体は個室の中に転がっていたので、そのまま並べてギルドの者が来たら確認できるようにした。

 集められたチンピラどもの死体は、酒場の調理場にある肉斬り斧で分断した。

 酒場の裏手には河が流れてるので、そこに分断した死体を流して捨てる。


 床には手や指などの肉片が落ちていた。

 刃物の立ち回りでは、普通に見られる光景だ。

 こういうのも箒や木製のトングで集めて、同じく河に捨てた。


 ギルドの者がすぐにやってきて、現場の状況を確認する。

 幹部連中の死体はどこかへ運ばれていった。

 私たち下っ端は何も知らされないまま解散となった。

 非常にモヤモヤした感が残っていたが、私には関係ない事だ。

 この有様では、賃金も期待できないだろうなぁ。


 で、この件は確実にギルド間の抗争になる。

 面倒事が増えただけに終わった。

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