第3話

(3)


 実際、生活のために荒事を請け負う連中は多い。

 普通の仕事では暮らしが良くなりにくい世の中なのだ。


 統治者はなんだかんだと税金を取りまくる。

 軍備を整え、国の中央とのつながりを維持するにはどうしても金がいる。


 ギルドも統治者サイドとの関係を良くしたいから、税金を収めて、さらに政治献金を欠かさない。

 なので、ギルド構成員には上納金が課せられる。

 仕事をこなすだけでは足りないくらいの額になる。


 普通の町人が仕事をしていても、常にかつかつの生活をしてるのはこういう仕組みになっているからだ。

 ……人間たちも大変だな。


 私も生活を少しでも楽にし、レベルを上げるために盗賊ギルドのつてを利用して荒事を受けることにした。

 クラス的にはシーフ(盗賊)になるのだろう。

 もともと手先が器用だったし、身のこなしも普通の人間と比較したら良い方だ。

 戦い方はヒット&アウェイを基本とした急所狙いのチクチクしたものになる。

 ……ちょっとセコイが。

 ステップワークと俊敏性が必要になるので、暇があれば走り込みをしておくことにした。

 腿上げ、反復横飛びなどの練習、それから最低限の筋トレをする。

 生き残る確率を高める。

 今のところ目的はこれだ。


 トラップの解除、鍵開けなどは盗賊ギルドで学べる。

 といっても、講習会などやらないので、どこの誰それの手練がスゴイからと聞きつけて習いに行ったりするのだが。

 お土産を持参したり面倒だが、人脈が作れると考えたら良いのかもしれない。

 人付き合いは特に苦にならない。

 学んだものを自分で練習するために、錠前やらトラップの機構を再現した。

 細工ものなんかのスキルが役立った。

 何度も練習を経て体得する。

 すべての技に共通するが、反射的に出てくるところまで鍛えないと実戦では通用しない。


「意外に熱心ですねー」

 リチャードが物珍しそうに私の練習を見ている。

「うん、練習を怠るといざという時にしくじるからな」

 私は鍵開けの練習をしながら言った。

「そんなもんなんですかね」

「ああ、それに錠前の機構とか仕組みを理解すると新たなものに対しても応用が利く」

「よく分かりませんな、その辺のことは」

「お前も魔法使いなら、理論が大事なのは知っているな」

 理論が分かれば威力調整、持続力調整、エレメントの組み合わせによる効果などなど、色々なバリエーションを生み出せる。

「私は理論はあまり得意ではありませんでしたね」

 リチャードはフードの上に汗を浮かべている。

 器用なヤツだ。


 *


「おい、ちょっといいか?」

 ある日、マクレーンが私の工房に顔を出した。

 つい先日、例の職業訓練所から出所してきていたのだった。

「あ、マクレーンさん、こんちわ」

 私は会釈して対応にでる。

「商売の方はどうだ?」

「まー、ぼちぼちでんなぁ」

 なぜか私は商人っぽい方言で答える。

 普通に世間話をしてから、

「でな、頼みてぇ事があるんだが」

 マクレーンは本題を切り出してきた。

「話を聞きましょう」

 私は続きを促す。


 内容はこうだ。

 街の金持ちは何人かいるが、結構な確率で対立してる。

 ……お決まりのパターンだな。

 仮に金持ちAとBがいるとしよう。

 BがAに公衆の面前で恥をかかされた。

 Bは意趣返しにAの所持する宝物を盗ませた。

 ……盗賊ギルドに依頼したんだな。

 くだらない確執だが、それが盗賊ギルドのような犯罪者集団には飯の種という訳だ。

 その後、盗賊ギルドはAに接触して宝物を買い戻すよう持ちかけた。

 テンプレートなやり取りだ。

 盗賊ギルドはヤクザものだが、目的はあくまでも経済活動なのだ。

 脅しや見せしめの殺しはするが儲けのない事には興味を示さない。


「ここまでは良かったんだがな…」

 マクレーンの顔が曇る。

 後から判明したのだが、Aは別の街の盗賊ギルドとつながりがあったらしい。

 盗賊ギルドが他所に勢力を伸ばそうとして小競り合いを起こすのは過去にもよくあったようだ。

 金持ち同士の争いが盗賊同士の争いにスライドする危険性が出てきた。

 そんなところらしい。


「それで、オレは何をしたら?」

 私は質問をしてみた。

 大まかな状況は分かってきたものの、この状況でギルドは何をしたいのか?

 ひいては、それについて、私が何をすべきかがはっきりしない。


「ギルドは抗争を望まねぇ」

 マクレーンは言った。

 これは本音だろう。

 ギルドもマクレーンも面倒な争いはしたくないに違いない。

 誰も得しないから。


「だが、この家業ってのは舐められたらやってけねえ」

 マクレーンは眉をしかめる。

 表情からヤクザものとすぐ分かる雰囲気が滲み出ていた。

「とりあえず盗品を買ってもらう方向では進めるんだが、ヤツらがしゃしゃりでてくるに決まってる」

「まー、そうですよね」

 私は相槌を打つ。


 話の流れからだいたいのところが読めてきた。

 盗品を買い取らせるのに他所の盗賊たちが横槍を入れてきたら、兵隊が必要になる。

 その一人として集められるってことか。


「ヤツらにオレらのシマで好き勝手させる訳にはいかねぇ」

 マクレーンはドスの聞いた声で言う。

 唸るような感じだが、所詮人間、魔族に慣れた私には効果はない。

 でも、一応ビビっておかないと後で面倒くさそうなので、合わせておく。

「で、オレは何をするといいんですかね?」

「おう、それよ」

 マクレーンはうなずいて、

「お前の胆が座ってるところを見込んで言うんだが、ヤツらとの交渉の場に加勢してくれ」

 やはり、な。

 胆がどうのは決まり文句でしかないだろうが…。

 ……まあ、断る訳にはいかないだろう。

 人間同士の争いなら、魔族が関わってくることはないだろうし。


「なあに、ただの人数集めさ。なにも起こらねぇよ、お前はただ居てくれたらいい」

 マクレーンはチラとこちらを見やる。

 結構切羽詰ってる感じがする。

 人数集めで、さぞかし苦労してるんだろうな。

 中間管理職の悲哀ってヤツだな。

「わかりました、お力添えします」

「お、やってくれるか。じゃ、頼んだぜ。こまけえことは後で伝えるからよ」

 マクレーンは途端に笑顔になって、上機嫌で帰っていった。

 単純だなぁ。


 *


 その後、マクレーンから細かいというか集合場所と時間を聞いた。

 いきなり現場に向かう訳ではなく、先にギルドの息のかかった酒場に集合した。

 私と似たような集められたヤツらが結構いて、酒場のホールにたむろしている。

 盗賊ギルドにつながっているヤツらだから、どいつも一癖ありそうな感じである。


 酒と食事が振舞われて、注意事項を聞かされた。

 ま、簡単に言うと、


 ・お前らは何も考えなくていい

 ・その場の幹部とか構成員の言うことをちゃんと聞け


 この二つだけだ。

 制式訓練されてないゴロツキだからこの程度の注意事項でいい。

 その点は正しい。

 だが、相手の情報があればもっとよかったな、私的には。

 魔法を使うヤツがいると面倒なんだが。

 そんなことを心配しても仕方ないんだけどね。


 で、現場に向かう。

 ゾロゾロと。

 なんかシュールな気もする。

 現場はやはりギルドの息がかかった酒場だ。

「翡翠亭」とかいうひねりのない名前の酒場だった。

 集合場所の酒場は「火竜亭」という。

 それよりは高級感があり、金持ち連中が足を運んでもまあ違和感がないくらいのグレードだ。

 酒場の個室を使って交渉事を進めてゆく。

 普通の商談に近い。


 しばらくして相手がやってきた。

 金持ちのAとその取り巻き。

 全部で5人。

 あからさまに盗賊っぽいのは居ないが、素人ではない身のこなしのヤツが3人。

 痩せたノッポの男が一人。フードを被っているので顔は分からない。

 同じくフードの女が一人。体のラインから女だと分かる。

 それと筋肉質のがっしりした男が一人。腰に剣を佩いている。

 残りの二人はでっぷり太った体格で、Aとその身内だろう、似たような顔つきをしている。

 ……少数精鋭ってヤツか。

 挨拶もそこそこに個室に通されて商談となった。


 私たち下っ端は外のホールの席に陣取って待機。

 何かあれば個室に殺到することになっている。

 酒を飲みすぎるといざって時に役に立たなくなるので、口を付けず、軽くツマミを食べる程度にしていた。

 周囲の男達と適当に談笑しつつ、相手の戦力を分析して暇潰しをする。


 魔法を使いそうなのは二人。

 ノッポの男と女だ。

 ガチムチ男はどうみても戦士系なので魔法はないだろう。

 ノッポの男、女ともにフードを被っているし、多分魔法使い系だ

 魔法の系統は分からない。

 事が起こったら面倒なことこの上ない。

 私が使える魔法は初級魔法のヒールとファイアくらいのものだし。

 何も起きないことを願うのみだ。


 しばらくして、


 個室の方から怒号が響きわたった。


 ……あ、これ、話こじれたわ。

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