第2話

(2)


 保存食を食い潰し続けて数日が過ぎた。

 この状態では魔王の座を取り返すことなど出来るはずもない。

 不貞腐れた私は酒びたりの毎日である。

「どーせ、奪還はムリだし、このまま隠居するかな」

「志が低すぎますよ、魔王様」

 リチャードはため息を吐くものの、為す術がないことは分かっているからか、それ以上は何も言わない。

「蓄えがある限り適当に物資を買ってきて過ごせばいいや」

 私はだらけきっている。

 どうせ、誰にも会わないのだから適当こいてても問題ない。

 風呂には2日で入らなくなった。

 ヒゲも剃ってない。

 めんどくせー。

 ああ、めんどくせー、めんどくせー、めんどくせー。


「蓄えなくなったらどーすんですか」

「……」

「てか、もっと身だしなみにも気をつかったらどうです?」

「余計なお世話だ」

「見た目、完璧に浮浪者ですよ」

「浮浪者で合ってるから大丈夫」

「魔王でしょ」

「魔王(浮浪者)」

「ヤケにならないでくださいよ」

「うーん、ヤケというより諦め?」

「こら、あかんわ」

 リチャードは肩をすくめた。

 定期的に説得はしてくるものの、リチャード本人も説得できるとは思ってないようだ。

「とにかく、ほっといて」

「はいはい、好きなだけ拗ねてればいいですよ」

 こんなやり取りを毎日こなして、テキトーに過ごしていた。


 ある日、曜日感覚もなくなった頃、


「浮浪者狩りです」

 なんか役人っぽいヤツらが廃墟に押し入ってきた。

「廃墟に住み着いた浮浪者というのはあなたですね?」

「住居不定の輩です、よろしく!」

 私は反射的にピースサインをしてみせた。

「……」

 役人っぽいヤツらは少し黙った後、

「一、浮浪者はシティの条例で取り締まることになったんだ」

「一、浮浪者は拘留所兼職業訓練所で訓練をし、手に食をつけてから解放」

「一、シティ統治者殿に感謝したまえ」

 なんか分かりやすい箇条書き的な口上を述べた。


 がちゃっ


 あれ?


 私の両手首に重い手錠がかけられる。


 うげげ、捕まってしまった。

 

 *


 こうして、私は職業訓練所とは名ばかりの刑務所に入った。

 浮浪者の他に犯罪者も入れられてるらしい。

 柄の悪い野郎どもが大勢詰め込まれている。

 環境は廃墟と大して変わりないが、食べ物に困ることはとりあえずなくなった。

 問題は基本、犯罪者の集まりなので、喧嘩沙汰に巻き込まれる危険性が高いことか。

 私は速攻で強いヤツの傘下に入って身の安全を図った。

 盗賊のマクレーン一派の下っ端に収まっている。

 他には、水夫崩れの荒くれ者エルウッドのグループがある。

 小競り合いはしょっちゅうだが、そこはそれ、私には魔族の中で立ち回ってきた経験がある。

 魔族同士の勢力争いは荒くれ者の比ではないので、人間達の争いで上手く立ち回るなど簡単なのだ。

 ちなみに肌の色については、ダークエルフだと言うことで説明していた。

 いろいろな種族が生活している街で良かった。

 ま、そうでなければ拠点として選んでないけどね。


 毎日何時間か手に職をつけるための実習があり、私はそこで細工や木工などの技術を学んだ。

 職人としての技能を身に付ければ何とか食って行けるだろう。

 正直、今の私には非常に助かる。

 出所したら、マクレーンのツテでどこか職人のギルドに入れてもらうのが吉だろう。


 後は戦闘技術のレベルを上げる必要があるな。

 日常生活で争い事に巻き込まれることは多々ある。

 そんな時、身を守るくらいはしないといけない。

 自分から争いに首を突っ込む必要はないけどな。

 そんなことをしたら、追っ手に見つかる可能性が出てくるし。


 物語としてはつまらないことこの上ないが、出所まで何事もなく過ぎた。

 よし、よし。

 地味に目立たずひっそりと生きるのだ。

 元魔王だけど…。


 予てから考えていた通り、マクレーンの人脈を使わせてもらって、職人ギルドに加入し、小さな工房を立ち上げた。

 ギルドから発注を受け、細工ものを作って収めるという簡単なお仕事だ。


「計画通り!」

 ギラッ。

 悪い顔で微笑む私に

「志がホント低いですね」

 リチャードがやはりため息を吐く。

 私が出所してきたのに合わせ、廃墟から引っ越してきたのだった。

「まあ、浮浪者からレベルアップできたからよし!」

「そりゃそうですけど」

「あとはひたすら目立たず影にまぎれて生きるー♪」

「どっかで聞いたフレーズですな」

 リチャードは明らかに付き合いで突っ込んでから、

「この調子でレベルアップしてゆけばいいんじゃないですか?」

 軽い調子で言った。

「仲間も増やしてゆけばいいですよ」

「え?」

「ちょっとヘンかもしれませんが、例えば勇者一行でも組んで現職魔王を倒しに行くとか」

 私を陥れたヤツらは魔王とその愛人に収まった。

 そう風の噂で聞いていた。

 くそぅ、愛人いいなー。

 そんな事が脳裡を過ぎるが、

「ちょっと待て、私は元魔王だぞ、勇者とかあんな連中とつるめるか!」

 私はあくまで元魔王の威厳を保つために拒否!断固拒否!


「そこですよ」

 びしっ

 しかし、リチャードは私の鼻先を指差して力説した。

「魔王様始め、多くの魔族は常識にとらわれています」

「常識は必要だろ」

「常識を覆してゆくことで敵の目を欺き、乾坤一擲の一撃を現職魔王に打ち込んで反撃の狼煙とするのです」

「難しい言い方をしてもダメだ」

「いい考えだと思いますよ」

「うーん」

 私は唸った。

 どうなのだろう?

 明らかに私のレベルは下がりまくって1レベルとかそこらだ。

「ま、色々雑多なスキルは上げたものの、冒険者としてはダメダメだ」

「冒険者とか何を読んでるんですか」

「うるさい」

 私は跳ね除けるように言った。

 …いいじゃねーか、何を読んでも。


「冒険者としてのレベルを上げて行くのはいいかもしれん」

「では決心なされたのですね!」

「いや、早まるな」

 気の早いリチャードを押さえ、私は言った。

「レベルは上げてはゆくが、魔族に見つからないよう隠れて上げてゆく」

「あくまでヘタレなんですね」

 リチャードは何か汚いものでも見るようにしてる。

「いや、だからちょっと待て」

 私は慌てて補足した。

「その結果、満足のゆくレベルまで上がったら、打倒現職魔王を考える」

「…うん、現実的過ぎてつまんねー」

「お前、いい加減にしろよ!?」


 ちなみにこれは幽霊との会話。

 独り言をいうヤツという噂が経つのも時間の問題だった。

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