第4話 初めての仕事
先日、拠点の近隣の村から依頼が来た。
山道に出る山賊を討伐してほしいという依頼で、もうすでに数人の人間が犠牲になっているらしい。
我らがツヴァルヘイグ猟兵団はこの依頼を受け、討伐隊のメンバーを決めるときに、不意に名前を呼ばれた。自分はまだだと思っていたからびっくりした。
「クラウス、そろそろ初陣だ。死ぬなよ」
ゴードはそれだけ言って俺の頭を撫でた。
俺は不安でいっぱいだった。いきなりの依頼が、魔物殺しではなく、人殺しだったからだ。
相手がたとえ悪人であろうと、人を斬るのには殺すには抵抗があった。
選ばれたメンバーは俺とラージュとアクラの三人だった。
アクラは遠方から援護し、俺とラージュで山賊を討伐する手はずになった。
正直、不安がないとすれば嘘になる。選ばれた時だって、手は震えたし冷汗が止まらなかった。依頼の緊急性があったため、明日すぐに出ることになった。
前日の夜、一人で訓練場で木剣を振るっていた時、ラージュがやってきた。
「明日本番だというのに、今から練習か?」
「そういうわけじゃないけど…」
「冗談だ。明日は早い、もう寝ろ」
下を向いてしまった。足が震えている。ラージュの顔をまともに見れなかった。
「ねぇ、ラージュは怖くないの?」
「なにが?」
「人を斬るの」
「そりゃ怖いさ。人を斬るのに必要なことはいくつかあるが、一つは覚悟だ」
「覚悟?」
「そう。そいつの人生を絶つ覚悟だ」
重すぎない?確かに俺はツヴァルヘイグ猟兵団の一人だけど、子供にそんなこと言っていいの?
心のもやもやは晴れない。
「割り切れないよ」
「割り切れよ。覚悟がないと仲間が死ぬ、犠牲者が出る。そんなこと、お前だって望んじゃいないだろ。そう言うもんなんだよ、戦いってのは」
「…うん」
確かにそうだ。俺がもし、失敗したら、敵を逃がしたら、もっと犠牲が出るかもしれない。仲間だって死ぬかもしれない。でも…。
俺は木剣を握りしめた。
「分かんないよ…命なんでしょ!生きてる人を殺すんだよ!」
「安心しろ、相手は悪人だ」
「そういうことじゃない!」
「お前の言いたいことは分かる。すぐに決めろとは言わん。だが、お前がしくじればだれか別の犠牲者が出る。それだけは覚えておけ。さぁもう寝ろ。明日は早い」
ラージュの顔は最後まで見れなかった。
こんな考えの自分が嫌だった。
決行当日の早朝、昨日あんなことを言っておきながら、俺は良く寝れたと思う。
いつものように服を着替え、兵舎を出ようとしたとき、珍しくメリルが入り口に立っていた。相変わらず胸はぺったんこだ。
「どうしたの?」
「これ。団長に頼まれたから、持ってきた」
ガチャリと重そうな音が聞こえ、メリルは俺に鋼の小剣を渡した。それと薄いプレートのようなモノだ。プレートには白い花の刻印が刻まれていた。
「これって…」
「うちの装備。ここで着けよう、そうしよう」
メリルは呆ける俺を無視し、プレートを俺に着させ、鋼の小剣を腰に括り付けた。
「プレートはそんなに重くないから、防御力も低いけど弓位なら数発なら弾く。鋼の剣は山賊くらいなら殺せる十分な装備。クラウス、いってらっしゃい」
「…ありがと、メリル」
メリルは淡々と喋り、相変わらずの無表情だが、少し悲しげな顔をしていた。気がする。
メリルに背中を押され何とか踏ん切りをつけた。
集合場所に行くと、既にラージュとアクラが馬に乗っていた。俺はラージュの後ろに乗って、山賊が出る山の近くの村を目指す。
「覚悟、決まったか」
「…うん。なんとか」
「ならいい、行くぞ!」
馬を走らせ拠点を出る。
正直な話、俺は拠点を出たことは無かった。出来ればこんな依頼で外には出たくなかったし、人を殺すなんて考えても居なかった。悪人だとしてもだ。
でも、それで困ってる人がいるなら。被害が出ているなら、俺はやらなきゃいけないと思う。メリルの顔を見た時、そう思った。
仲間…団員達の顔を思い出す。みんな強いけど、いつかは死ぬ。それが自分が関わってという死なせ方はしたくない。我儘な考えだとは思うがその時考えたのがそれだった。
馬を走らせて半日が過ぎて、ようやく村に着いた。想像では小さな村のイメージがあったが、実際に見てみればほぼ町だ。
白い石を切り出して作った様な建物が印象的で、村の真ん中に『中央ギルド』と書かれた看板が置かれた建物があった。
ラージュの後ろをついて行く。俺の後ろにはアクラがいる。そのまま建物に入った。
中に入った時、俺は度肝を抜いた。中には話だけは何度も聞いた冒険者らしき者達が多数いたからだ。
ラージュはそのまま進み、目の前のカウンターに座るお姉さんに話しかけた。
俺とアクラはその横につく。周りの目線がラージュに向いた。
「ツヴァルヘイグ猟兵団の者だ。依頼に応じ参上した」
「その紋章たしかに。緊急の依頼を受けて下さりありがとうございます」
ラージュが受付のお姉さんと話している間、俺は緊張して無言で立っていた。
ラージュがツヴァルヘイグという単語を名乗った時、周りの冒険者たちが少しざわついたせいだ。
耳を澄まして聞いていると、「あのツヴァルヘイグ猟兵団かよ」とか「初めて本物を見たぜ」とかそういう会話が聞こえてきた。
少し、緊張し震えていると頭を抑える様に手が伸びてきた。アクラの手だ。
「大丈夫か、クー坊。そんなに緊張するこたぁないぜ、俺たちがついてる」
「でも…なんかいろんな人から見られてるし」
「俺たちの猟兵団は滅多にこういう所には姿を晒さないからな。珍しいんだろ」
「姿を見せないのに有名なの?」
「まあな。お前は知らないだろうが、本来なら俺たちはアルステラ全域の魔物やら魔王共を討伐する、スペシャルエリートな存在だからな」
「アクラもいろんなところに行ったことある?」
「ああ、あるぜ。これでもラージュと同じ小隊長だからな。いろんな戦場に行ったし、仲間も失ってる」
「…」
「ま、安心しろ。今回はお前の初陣をサポートするために来てるんだ。お前だけは何が起こっても生かしてやる」
アクラはケラケラと笑いながら言ったが、俺は少しというか大分不安だった。
「よし、話はついた。すぐ行くぞ。準備できてるな」
ラージュの話は終わったようで、俺とアクラを急かす。
アクラはニィっと笑い自身の得物である弓を見せた。俺もそれに倣い剣を掲げる。
「良し、日が暮れる前にかたを付ける。二人ともこの外套を着ろ」
「変装ってか?ところで数は?」
「そうだ。これで山賊の目を欺く。数は分からない。多い事だけは確かだ」
「了解、じゃ、行くぞクー坊!」
「は、はい!」
そうして俺たちは、山賊の根城へと向かうことになった。
ラージュが先頭で、俺はその少し後ろを歩いている。アクラは山道が見える位置の巨木の上にいる。
そのまま山道を進んでいると人の気配がした。数人に囲まれているようだ。
「クラウス、剣は抜くなよ。まだアイツらは俺たちがただの旅人だと思っている」
「分かってる」
「ならいい。姿を現したら先手を俺がうつ。そうしたら戦闘開始だ。遠目はアクラが殺す。自分の事だけ考えて行動しろ」
「了解…」
ラージュが小声で呟いた。武者震いか、体が震えた。いよいよ本番なのだ。
山道にあるでかい洞窟の入り口に近いところで一人の男が立っていた。
明らかに山賊と言ってもいいひげ面の男だ。その男は山道の真ん中に立ち、通せんぼした。
「悪いな旅人さん達、ここを通るにゃ料金をいただかなきゃいけないんだ」
にやにやと嫌な顔で笑っている。言うが早いか手入れもろくにされていない様なこん棒を取り出した。
いつの間にか、俺の後ろにも数人の男が現れた。みな既に武器を抜いている。
「笑わせるなクズ共」
「なに!?」
「貴様らには死だけが待つ」
そう言った瞬間、前にいた山賊の首を素早く双剣を抜いたラージュが斬り落としていた。本当に一瞬だった。斬り落とす前にラージュの姿がブレて一瞬で男の前に移動していた。
「戦闘開始だ!」
ラージュが叫ぶ。
俺は練習と訓練通りに小剣を抜く。後ろの男たちの方に向き直り外套を脱ぎ去った。
「こ、こいつら、冒険者ギルドの…!」
「違う!こいつらまさか、猟兵団か!?」
外套を脱ぎ双剣を持ったラージュを見て男たちが騒めく。俺が剣を振るおうとした次には、一瞬で跳んだラージュの刃が煌めき、二人を瞬殺した。
「クラウス!逃がすな!」
俺は覚悟を決め、逃げようとした男を後ろから斬り捨てた。嫌な感触、血の匂い。
男はそのまま倒れ動かなくなった。
「まだ終わりじゃない、油断するな!」
息を吐き、少し安堵した俺をラージュが追い打ちの如く叱る。その通りだった。
騒ぎを聞きつけ洞窟から何人もの山賊達が姿を現す。皆、様々な武器を持っていた。山賊には不釣り合いな高価な品々を体に身に着けている。恐らく旅人から奪ったものだろう。
「行くぞ!」
ラージュはそのまま、洞窟の前に立つ山賊を斬り捨てていく。俺も後を付いていき、離れている山賊に斬りかかった。
山賊はこん棒で俺の斬撃を防ごうとしたが、その程度では俺の剣は防げない。頭の中でスイッチを入れる様に魔法を唱えていた。
『ロー・ブースト』
瞬間的に強化された俺の一撃はこん棒をも断ち切り、山賊を一刀両断した。返り血がはねて顔が濡れる。
不意に後ろから来た奴は、アクラが放った矢をもろに受け倒れ込んだ。
ラージュの動きは止まらない。一切の無駄がない動きで山賊を屠っていく。まるで踊っているようだった。どうやらラージュのは俺より少し強いやつを選んで斬っているようだ。俺でも倒せそうな雑魚ばかり残して、俺はソレを斬る感じだ。
そして洞窟から出てきた山賊を全員斬り終えたと思った時、洞窟の中から大声でガハハと笑う声が聞こえ、筋肉質の大男が姿を現した。その背にはどでかいこん棒を持っている。
これで最後だろうか。そう思って俺が斬りかかろうとした瞬間ラージュが俺の目の前に跳び出し俺を制止する。
「クラウス、お前は手出しするな。待機命令だ。こいつは俺がやる」
後ろ姿しか見えないが、ラージュの体からは先ほどまでは無かった圧が出ているように思えた。
大男はニィっと笑い口を開く。
「まさかこんなところでツヴァルヘイグの連中に会えるとは思ってなかったぜ。青い髪に双剣、お前『
数を把握されている。それはこの大男が歴戦の戦士だという事の表れかもしれない。
静かにラージュは、深く息を吐き、双剣を構える。右手は普通に持ち、左手には逆手持ちをして。
「俺の山賊団を潰した礼に教えてやる。俺は大力のゴッズ。これでも昔は戦場の英雄だったんだぜ」
背のこん棒を持って、おもちゃを見つけた子供のような目をしたゴッズは音もなく飛んできたアクラの矢を片腕で払い飛ばした。
「安心しろよ、双刃の死神。遊ぶのはお前とだけだ。後ろのちびと木の上にいる仲間には攻撃しない」
「その言葉、二言はないな」
「おう」
そう言った瞬間にまたもラージュの姿がブレて喰いかかる様にゴッズの懐に潜りこんでいた。その一撃をこん棒で防御したゴッズはそのままこん棒を地面に叩き付ける。地面が音を立てて陥没した。ラージュの攻撃は全て防御されている。
「さすがに速ぇな!死神よぉ!」
「チッ…!」
俺は離れ見ているしかできない。戦いについていけなかった。
スピードでは圧倒的にラージュが勝っているのだが、一撃の重さはゴッズの方がずっと上だ。見ている限りでは技術もラージュの方が上の筈なのだが、ゴッズはソレを力と経験でいなしているように思える。
「速ぇだけじゃあなあ!」
ゴッズが地面を叩き、土煙が舞う。
ゴッズがこん棒を横に薙ぎ払った瞬間、ガキィンという金属音が鳴り、双剣の一本が空を舞った。ラージュがやられたと思った。
しかし、土煙が収まった時にはゴッズの腹に剣を突き刺したラージュの姿が見えた。
勝ったと思っていた。やはりラージュは強い。だが…。
「少しだけ遅かったな…!」
「ガハッ…」
ゴッズの巨石のような拳が、ラージュの腹を貫いていた。ラージュが血を吐いた。
ラージュは恐らく土煙に隠れて心臓を狙った。だが、ゴッズはソレを読み切り、囮として振るった剣を弾き飛ばし、ラージュの渾身の一撃をワザと受け、カウンターで攻撃したのだろう。
「ラージュ!!」
俺は叫んでいた。信じられない光景だった。あんなにも強いラージュをたかが山賊の親玉かと思っていたゴッズは打ち負かしたのだ。
「…逃げろ…クラウス…」
微かにラージュの声が聞こえ、ゴッズはラージュの体投げ捨てた。
空を切り、投げ飛ばされたラージュは木にぶつかってずり落ちた。木には大量の血がついている。
「さて。約束じゃあ仕方ねぇか…が。若いうちから芽を潰しておくのもありかもなぁ?」
ゴッズがゆっくりと俺に近づいてくる。足が動かない。動かないのだ。
ヒウゥと音がして、何本もの矢が俺とゴッズを分ける様に地面に突き刺さった。
巨木の方を見ると何か光が見える。撤退の合図だった。
「逃げ…ろ!クラウス!行け!!」
ラージュが満身創痍の状態で立ち上がっていた。空いた穴からはぼたぼたと血がこぼれている。恐らく立っているのも奇跡に近いだろうに、ラージュはそれでも剣を構え、ゴッズを睨みつけていた。
「まだ動けるのか…さすがだな、ツヴァルヘイグ猟兵団!!」
ゴッズの目線がラージュに向いた時、俺の足は逃げ道ではなく、ゴッズの方へと動いていた。鋼の剣を構え、勝ち目のないことは分かり切っているはずの敵へと。
「うわああああああ!!!」
大声をあげて、ゴッズに突撃した。ゴッズはめんどくさそうな顔をしつつ、こん棒を横に振る。俺はソレを跳んで躱し、強化魔法を全力で掛けてゴッズの頭めがけて剣を振り抜いた。ゴッズはこん棒を手放し、俺の剣の前に右腕を出し防御した。
強化魔法を掛けているはずの俺の剣は腕にめり込みはしたが、骨の部分で恐らく止まった。
「ちびの癖にやるじゃねぇか!」
ゴッズの弾いた左指が、腹に命中し、その威力で俺は弾き飛ばされた。
「ガッ…あ。あああ」
恐らく骨にも内蔵にもダメージを貰っている。今度こそ動けなくなった。
「まぁ、今回はちびの活躍に免じてここで終わりだ。次会うときはお互い本気で殺ろうや!遠目、見えてるんだろ!ゴードにそう言っとけよ!」
ゴッズは大笑いしてラージュに近づくと、ぶつぶつと何かを呟き、手を翳した。
ラージュの傷が治っていく。回復魔法だ。明らかに脳筋じみた見た目をしているくせに回復魔法が使えるとは、とんでもないやつだったという事になる。
次にゴッズは俺にも回復魔法を掛けて腕に刺さったままの剣を俺の目の前の地面に突き刺した。
「お前、いい根性してるじゃねぇか。お前にはある種の才能があるみたいだな。精進しろよ、次会う時が楽しみだ。じゃあな!」
そう言ってゴッズは姿をくらました。
陽が落ちて、何とか動けるようになって、這ってラージュの元に近づく。息はしている。生きてはいるようだ。良いかどうかわからないがとりあえずは良かった。
その少し後アクラが走ってこちらに向かってきたとき、俺は意識を手放した。
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