第5話 新たな依頼
暗がりに俺は一人だけ立っていた。周りには何もない。
俺は死んだのか?先ほどまでの戦闘の記憶がやけに遠く思えた。
それに俺はゴッズの回復魔法で体内部の傷は治っているはずである。
ではここは何処なのか。
瞬間、世界は真っ白い部屋に変わった。ここには覚えがある。ここは俺をアルステラに転生させたあの靄がいた場所である。
つまりはやっぱり、俺は死んだのか…?落胆し俯いた。
「久しぶりだね。元気だった?」
不意に声を掛けられ前を向くと、人型の靄が目の前にいた。
六年前より、姿が、っていうか形がハッキリしてきていた。
表情までは読み取れないが、何の動きをしているかは分かる程度に姿が見える。
「ここは何処?」
「ここは僕の部屋さ」
「部屋?」
部屋にしては何もない世界だな。そんなことを思って周りを見渡す。
「君は大事なポイントにいる」
「ポイントってなにさ」
「世界再生のさ!重要だろう?」
はぁ…?事が大きすぎるだろ。世界再生なんて言葉初めて聞いた。
「言ってなかったからね」
「あ、心が読めるのかお前」
「何となくだけどね。何もない部屋だと思ったでしょ?これから増やす予定なんだ」
「そうか…」
「そう。で、君は勇者として選ばれたってわけだ」
「は?」
勇者?俺が?ますます困惑した。あのゴッズに手も足も出なかったのに?
「今は弱いけど、そのうち魔王を倒せるくらいには成長する。そんな器を選んだからね。大丈夫、君なら出来るさ」
「具体的に何をしろって?」
「世界再生には、魔王を滅ぼす必要がある。それと聖剣の確保も重要だ」
「魔王はどれだけいるの?」
「今のところ観測できるのは三十二体かな」
「多すぎだろ!」
「これでも減ったほうだよ。
大戦争…そういえばメリルが言っていたっけな。千年位前に起こった人類対魔族の戦争があったって。
たしか、その時の衝撃で大陸が割れて、海がこの地に流れ込んだらしい。
「先代の最期は?」
「自殺だよ。あと少しのところで何を考えたのか自分で命を絶った」
「…そうか。俺が自分から死なない可能性は?」
「ないね。そうならない様に呪いが掛かってる。一種の安全策だ」
「呪い?」
「言ってなかったけど、君はどんな状況になっても諦めることが出来ない。抗う事を優先してしまう呪いだ」
なるほどね。だから俺はあの状況でゴッズに立ち向かったのか…。
今まで生きてきて訓練で無理でもどうやっても諦められないのはそのせいか。
「あくまで優先するだけだから、頑張れば無視も出来るよ?強靭な意志がいるけど」
「それで、俺はどうなった?」
「安心してよ、生きてるから」
「えっ…」
「今日は君と話したかっただけさ。もうすぐ目も覚ますし」
「おい、まっ…」
「じゃ、頑張って!またねー!」
靄を掴もうとしたが、次の瞬間には世界は暗がりに戻っていた。
ふざけるな、そう言おうとして力んだ拍子に目が覚めた。
白い天井だ。あの靄の世界ではない見慣れた景色。ここは自分の部屋だ。
「はぁ……、わわっ」
「目、覚めたね。無事で良かった…」
目の前にメリルが居た。メリルは恐らくずっと、俺の顔を見ていたのだろう。
そのまま抱きしめられた。腹が痛む。少しうめき声をあげてしまった。
「ごめん、クラウス。まだ万全の状態じゃないのに…」
「いや、いいよ…。そういえばラージュとアクラは?」
パッと離れるメリルに一つ質問をした。
メリルは相変わらず少し悲しそうな顔に見える表情をしている。
「ラージュは重傷だけど生きてる。アクラは無事。アクラが猟兵団に連絡して回収してきたの」
「そっか、無事か…よかった…」
とりあえずは一安心。仲間は誰も失わずに済んだ。
「クラウスは平気?」
「お腹が痛むけど、それ以外は元気だよ」
「…そう」
メリルはぎゅっと俺を抱きしめた。
「メリル?」
「もう心配させないでね。大切な家族なんだから」
「うん。ごめんねメリル…」
メリルはその後、俺に水を飲ませ部屋から出て行った。
俺は一人、自室にいた。ベッドは窓の近くにあって、そこから中庭を眺める。
中庭には団員達が数名集まっていて何か話をしているようだった。
その中の一人にアクラが居た。
アクラは俺の視線に気が付いたらしく、手を振ってくれた。それに手を振り返してベッドに戻る。
俺には力がないし技術もない。誰かを守れるだけの能力が決定的に欠けている。
靄は俺を勇者だと言った。だが、俺にはそんな才能なんてない。
初陣だったとはいえ役に立ったかと言えば怪しいところだし、ゴッズには完敗した。
ゴッズが情けを掛けなければ、ラージュは死んでいたし、俺も恐らく死んでいただろう。
もう、どうしていいか分からなかった。情けなくて涙が出る。いや出た。
悔しくて悲しくてやりきれなくて涙が溢れ出る。
嗚咽して号泣していた時、部屋の扉がノックされた。気配からして一人か?
「入るぞ、クラウス」
「あ、ちょっとまっ…」
ガチャリと扉が開いた。
その人物は俺の制止を無視し部屋に入ってきた。
一人かと思っていたが、二人だった。気配が感じ取れなかったようだ。それほど気配が希薄だったからだ。
ゴードともう一人は見た事の無い人物だった。外行の外套を羽織った青年のように見える。
「おかえりクラウス。よく帰って来たね。それによく頑張った」
青年が微笑んだ。その笑顔は何処か母親に似た感覚を覚えさせるほど柔らかく優しいモノだった。
「良かったなクラウス。団長殿に褒めてもらうなんてそうそうないことだぞ」
「だんちょう?」
そういえば今まで見た事が無かった。というより、ゴードの方が団長だとずっと思っていた。
団長と呼ばれた青年は呆ける俺の手に何かを握らせた。
息を呑むほど綺麗に磨かれた紅い石のペンダントだった。
「これは僕からの帰還祝い。受け取ってくれると嬉しいな」
「あ、あの、ありがとうございます」
「気に入ってくれたならよかった。肌身離さずつけておくと良い。お守りだからね」
顔が映るほど磨き上げられたペンダントを早速付けた俺は何か高揚感のようなモノを感じていた。それがペンダントの力なのかは分からないが。
「早速で悪いんだが傷が治り次第、君には新しい依頼を受けてもらう」
「はい」
「ティア王国に縁ある、ある人物の護衛を頼みたい。勿論、君一人じゃない」
「護衛…俺が?」
「ちょうど護衛対象が君と同い年だからちょうどいいと思ってね」
力ない俺に?護衛なんて大層な仕事を頼むのか?疑問はいくつもある。
が、団長には妙な説得力があった。なんか納得してしまうというか。
「この大陸ゴースティアから、ティア王国のあるマンデットまでの長い長い道のりだ。あのゴッズから生きて帰ってこれたんだ、君なら出来るよ」
「…分かりました。やってみます」
「いい子だ。それじゃあ、出発の時にまた会おう」
団長とゴードはそれだけ言って部屋から出て行った。
部屋には団長のものと思われる花の甘い匂いが残っていた。
それから一週間後、傷も癒えて旅立ちの日になった。
団長室に呼ばれ向かうと、ゴードが入り口の前に立っていた。
軽くあいさつしノックして入る。
一緒に行く護衛係はベルベットだった。というよりベルベットだけだった。
つまり俺とベルベットの二人で護衛しなければならないという事だ。
ベルベットは珍しく和装ではなく、ツヴァルヘイグ猟兵団の正装を着こんでいた。長槍は背負っている。俺ももちろん正装だし、鋼の剣もこの日のために研いでいる。
「さて、準備は良いみたいだね」
団長が俺とベルベットを並べ見て、またあの微笑を浮かべた。
「では、護衛対象の話に移ろうか。今回の依頼の護衛対象はティア王国の第二王女…ハルカ・クォーディリアだ」
「第二王女!?」
俺は思いっきり驚いたが、ベルベットは涼しい顔をしている。
「そう。送る先はティア王国城まで。つまりはここから南東へと下ってほしいわけだね。必ず陸路と海路で、だ。翼竜はある理由から使えないからね」
「長い旅になるんじゃ…だってマンデット大陸までですよね?それもティア王国があるのは最南東…」
「陸路と海路を使えば半年くらいかかるけど行けないことはない。大丈夫君なら出来る」
「いやいやいや!なんで二人なんです?王女様ならもっと護衛が居た方が…」
「最近は物騒だし、それにこの依頼に適任だったのが君達だけだったからだよ。簡単な理由」
「それだけ…?」
「それだけ」
笑顔のままの団長はそう言って、手を叩いた。
外にいたゴードが中に入ってきた。
「ゴード、王女様を連れてきて」
「了解です、団長」
数分してゴードは一人の少女を連れてきた。
旅外套を着てフードを被ってはいるが、ちらりと見える顔は何処か優雅さと気品が見受けられた。
「初めまして、護衛の皆さま。私はハルカ・クォーディリア。このような格好で申し訳ありませんが、どうか私をティア王国まで連れて行っていただけないでしょうか?」
「勿論ですハルカ様、この二人が必ずあなたを王国まで連れて行くでしょう」
王女様の目線が俺に移る。少し不安そうな表情になって、俺は気まずくなる。
そりゃそうだ。同じくらいの年齢の男の子が護衛者だとしたらそりゃ嫌になるかもしれない。俺だったらゴードやラージュに護衛してほしいと思う。
「よろしくお願いいたします」
平民である俺たちに首を垂れ、王女様はお辞儀した。
普通の展開だったらあり得ない事態かもしれない。俺はあ、あ、としか答えられず、代わりにベルベットが「お任せください」といって説明会が終了した。
マンデット大陸はここから南東にある海に囲まれた大陸だ。
陸路だとかなり時間がかかる計算になる。通常なら、翼竜と呼ばれる飛行機みたいな移動手段を使って向かうのが一般的だろう。それでも二か月くらいかかるが。
とりあえずゴースティア大陸の町や村を経由して、馬車で船着き場のあるエイムヒルという都市まで行くことになった。
エイムヒルまでは馬車だとおよそ三か月くらいかかり、それから海路も使ってもティア王国まではやはり合わせて六か月弱かかる計算だ。
なぜ翼竜が使えないのかは不明だが、とりあえずはそのルートで行くことになった。
馬車に旅道具やら食料品を詰め込んで、出発した。
俺は手綱を引けないから、馬の管理はベルベットの仕事だ。俺の仕事は専ら、王女様とお話したりする予定だったのだが…。
ツヴァルヘイグ猟兵団の拠点を出て数キロいったところで、王女様がフードを脱いだ。小麦色の髪の毛の美少女だった。だが、説明会と雰囲気が違う。なんかこう、重しを取ったみたいな雰囲気に変わっている。
「あー…疲れたわ。やっぱりいい子ぶると駄目ね」
口調も違う。荒くなっている。困惑している俺を見て、王女様はくすくすと笑いだした。
「フフ。もういいわよね、改めて紹介するわ。私はハルカ・クォーディリア。一応王国の第二王女よ。だけど様なんてつけなくていいわ。呼び捨てにしていいわよ」
「えぇ…」
「これが素の私なの。クラウスとベルベットって言ってたわね。外にいるあなたも、私の事は呼び捨てにして頂戴!堅苦しいのは苦手なの!」
「分かってますよ、ハルカ」
ベルベットは爆速で適応してしまったが、俺はすごく困惑していた。
一国の姫様をそんな簡単に呼び捨ていいモノか…?
「ほら、クラウス。ハ・ル・カよ!言ってみて」
「ハルカ…様…」
「だぁー!枷を取りなさい枷を!私は旅娘として王国を目指すの。様なんてつけてたら変だと思われるでしょ。それに長い付き合いになるんだから!」
「ハルカ。ヨロシク」
「あぁもう…それでいいわ。よろしくねクラウス!」
流されて片言になってしまったが、ハルカは納得したようだ。
俺の方は何とか困惑をのどの奥底に飲み込み、この環境に早く慣れるように努力していこうと思った。
三人を乗せた馬車は夜通し進む。次の町までもう少しかかるからだ。
ハルカとはずいぶん喋るようになったと思う。
正確にはあちらからの質問が多いのだが、好きな食べ物とか好きな遊びとか、そういう他愛もない話は恐らく今日中に出尽くすだろう。
分かった事はどうやらハルカはお喋りが好きで魔法が使えるということだった。
魔法については恐らく俺やベルベットより詳しいだろう。なにせ赤子の頃から使えたらしいからだ。「魔物が出たって私一人でも戦えるわ」とは彼女の弁である。
ハルカは魔法の修行でゴースティア大陸の魔法都市にいたらしいのだが、飛び級で卒業して、その帰りだという。
なぜそれがこんな大事になったのかは分からないが、彼女が翼竜に乗れないのは魔法を使うマナ循環とその吸収の速度が問題らしい。
翼竜は魔法で空を飛ぶと考えられていて、基本的には魔法使いたちはマナを多く吸収できる体のつくりをしており、翼竜のマナ吸収を阻害するからだとハルカは言っていた。
ハルカは他にもいろいろなことを知っており、俺にとっても勉強になった。
「クラウスはどうしてクラウスなの?なんで猟兵団にいるの?」
「俺は孤児だ。名前を付けたのは本当の親じゃない。でも俺は猟兵団を本当の親だと思っている」
「そういうことね。聞いて悪かったわ。ごめんなさい」
「別に謝らなくてもいい。ちょうど俺も猟兵団には同い年はいなかったから。少し嬉しい」
「そう、ならいいわね。護衛者と対象じゃなくって、友達になれないかしら?」
「友達…?君がそれを望むなら喜んで」
「本当?じゃあ約束よ。友達だから、何が合っても私を見捨てないでくれる?」
ハルカはじっと俺の顔を見て言った。
「君を見捨てたりなんかしないよ。約束する」
「じゃあ、約束しましょう!」
そう言って、ハルカは俺に抱き着いて来た。そして耳元で小さく呟く。
「聖神フラーマに誓って…って、ほら、クラウスも」
「聖神フラーマに誓って、約束する」
にへへと笑ったハルカは俺から離れ、座り直した。
「約束、忘れないでね?」
「ちゃんと覚えておくよ」
そしてここから、俺たちの長い旅が始まったのだった。
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