出産そして親として




 長い冬が終わり、春がやってきた頃それはやって来た。

 クレメンテがトイレから出てきて青ざめた顔で微笑みながら言った。

「破水したみたいだ」

 皆持っていたものを落としそうになった。

 事実、クレメンテが一番腹が大きい。

「フィレンツォ! 分娩室! えーっと私は入れるんだよな?!」

「かしこまりました。ご安心を、同性ですので入れます!」

 フィレンツォは車椅子にクレメンテを乗せ、私は隣を走った。


「ダンテ、クレメンテさんが破水したの?」

「はい、そうです!! 母上!!」

「じゃあ、側で応援してあげて」

「はい!」

 分娩室の外にいた母上が私にそう言うと、私とクレメンテは分娩室に入っていった。

「ダンテ……怖いです……」

「大丈夫です、側にいます、私の腕を握って下さい、折る勢いで!」

「あ、ああ……」

 クレメンテはおっかなびっくりに私の腕を掴んだ。


 出産が始まった。

 苦しそうなクレメンテは私の腕を握り、必死に息む。

 私はクレメンテの事を見守り、応援するくらいしかできない。


 そして──


「お生まれになりました!! 女の子です!」

 医師が赤ん坊を取り上げると、濡れた赤ん坊がふぎゃあふぎゃあと泣いていた。

「私の……赤ちゃん?」

「そうですよ、クレメンテ。貴方と私の子どもです」

「っ……うう」

「く、クレメンテ? どうしたのですか」

 泣き出したクレメンテに私は戸惑う。

「嬉しいのです……!」

 クレメンテは泣きながら笑った。


 産んだばかりのクレメンテの子と、クレメンテが別室に運ばれる。

 まだ妊娠中の皆が見に来る。

「おめでとう、クレメンテ」

「クレメンテ、おめでとうございます」

「クレメンテ、頑張ったな!」

 そしてエドガルドもやって来た。

「クレメンテ、おめでとう」

「皆、有り難う」

 クレメンテはそう言うと、近くの赤ん坊を見る。

 うっすらと栗色の髪に色白でしわくちゃな女の赤ちゃん。

「お前に似るんなら美人になるんじゃないか?」

「おい、アルバート、どういう意味だ?」

「違う違う! 褒めてるんだよ!」

 出産が終わって若干殺気立ってるクレメンテにアルバートは慌てて弁解の言葉を述べようとしているが、見つからない。

「クレメンテ、愛しい私の伴侶。貴方に似ているならこの子はきっと愛される、私が貴方を愛したように」

 私がそう言ってクレメンテの額にキスをするとクレメンテはふにゃりと笑った。

「名前……どうする?」

「ブルーナ、ブリジッタから一文字貰って考えていたんだ、女の子なら……」

 クレメンテの言葉に私は頷く。

「分かりました。ではこの子の名前はブルーナで」

「ブルーナ……どうか私と違い、愛されておくれ……」

「クレメンテ……大丈夫ですよ」

 過去を思い出し、気弱になっているクレメンテを私は励ました。

「ところでダンテ、腕の痕はどうしたんだ?」

 カルミネの指摘に、私は腕をみた。

 握り閉めた痕らしきものができていた。

「ああこれは……」


「クレメンテに折るつもりで握って下さいと言った証ですよ……産みの苦しみを代理できない自分なりの行為です」


 そう言うと皆が納得し、自分が出産時も同じようにして欲しいと頼んできたので了承した。



 その夜──

 眠っているクレメンテと生まれたばかりのブルーナの部屋に誰か入っていった。

 それを見た私は部屋をこっそりと開けてみる。

 手には金属らしきもの。

 私は急いで扉を開けて刃物を持っている侍女を取り押さえる。

 クレメンテも飛び起きて我が子を抱きしめる。


「フィレンツォ!」

「お呼びですか?!」

「この侍女は一体?!」

「離して! せっかくジューダス陛下がいたときは私の家は扱いが良かったのに、エルヴィーノ陛下になったとたん扱いが悪くなったのはこいつの所為だ!」

「……一度侍女、執事、城で働く者全ての身の上を明らかにしなければなりませんね」

「かしこまりました」


 クレメンテとブルーナに何かしようとした侍女は連れて行かれ、私は怯えるクレメンテを何とか寝かせ、ブルーナも寝かしつけて、二人の側で眠った。

 何かあればすぐ目覚める術を使って。



「ダンテ様」

「んあ……フィレンツォ?」

「伴侶の方々に恨みを持つ者が見つかりましたので全員処分することにしました、そして当分は新しい人を雇うのをやめると」

「ああ……そうか……」



 エリアに恨みを持つというのはエリアをいたぶった人物の家が大惨事になって逆恨み。

 クレメンテに恨みを持つというのはジューダス陛下派で、エルヴィーノ陛下になったとたん扱いが悪くなったのを逆恨み。

 アルバート、カルミネは、おそらく家にまだ二人に恨みがある人間がいたのだろう。


 と、推測して私は起きる。

「ん……」

 クレメンテも目を覚ましたらしい。

「ブルーナ!!」

 起きてすぐ、隣の我が子を見る。

 すやすやと眠っているブルーナを見て安心したように抱きしめる。

「私の可愛いブルーナ……」

 ブルーナの方も目を覚ましたらしく、ふぎゃあふぎゃあと声を上げた。

「あ、一度私達出ますね」

「何かあったらすぐ呼んでください」

「わかりました」


 授乳していると思われる中、部屋の外でフィレンツォと会話をする。

「割といたのか?」

「ええ、身分を詐称してまで入ってきました」

「そこまで……」

 私は頭を悩ませていった。

「身分詐称できないように、今後身分詐称判別術作っておこうかな」

「宜しいので?」

 フィレンツォの言葉に頷く。

「うん、伴侶の無事が一番だし、子どもも一番大事だし」

「ダンテ様……」

「と言うわけでさっくり作るわ」

「え?」

 ノートとペンを魔術で取り寄せ、ガリガリと呪文を書き込む。

「はい、できた。これ使うように」

「……ダンテ様、なんでそんなに早く……」

「経験」

「は、はぁ……」

 まぁ、色々学生時代にあったので、作っておいたのは言わないでおく。


「ダンテ、入ってきてくれないか」


 部屋の中からクレメンテの声が聞こえた。

 私はフィレンツォに調査部にそれを渡すように指示してから、部屋へ入る。


「授乳は終わったのかい」

「終わったよ。見てくれ私達の可愛い娘を」

 ふにゃふにゃと眠るブルーナを見て、私も顔をふにゃりと笑顔にする。

「早々簡単に嫁にはやらんし、政略結婚の道具になどするものか」

「クレメンテ……」

 実親の行動を、反面教師にしまくっていた。

「可愛い娘にそんなことをする非道な親になどならない、私はそう決めた」

「クレメンテ……そうですね、そういう親にならないようにしましょう」

「ええ」

 和やかにちょっとだけアレな話をしていると、扉をノックする音がした。

「クレメンテ、おめでとうブルーナはどこだ?」

 カルミネ達が入ってきた。

「ブルーナならここに」

 クレメンテは腕の中の赤ん坊を、ブルーナを皆に見せる。

「可愛い……」

「そうだろう、可愛いだろう」

 エリアの言葉にクレメンテは鼻高々になる。

「……僕の赤ちゃんも……可愛いといいなぁ」

 その台詞にクレメンテがエリアの額に軽くデコピンをする。

「あいた!」

「その言葉は、生まれてくる赤ん坊に失礼だ、やめろ」

「は、はいぃ……」

 気弱そうなエリア、いや実際気弱だが。

 クレメンテの顔は叱っている表情だ。

 自分と同じ親になるエリアに、親としてしっかりしろと言っているようなものだ。





 私はしっかりした親になれるのだろうか?






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