恩は売る物




 室内庭園にやってきたその日、私は再会した。


「げ」


 嫌そうに引きつった顔。

 学園時代散々見てきた顔だった。

「──やぁ、ベネデット。貴方も来ていたのですか?」

「よぉ、ベネデット。ロザリアはどうした?」

「ロザリアはその……花摘みに行っている」

「分かりました、ところでベネデット」

「な、なんだ?」

「聞いたぞ、家督関係で相当もめたんだとな。何せ俺等の伴侶ダンテ・インヴェルノにしょっちゅう喧嘩を売ってたからな」

「! ほっておけ!!」

 アルバートの言葉に、ベネデットは明らかに嫌そうな顔で怒鳴りつけてきた。

 怯えるエリアの手を握り、後ろに隠しつつ、他の四人が前に出る。

「当然だな、次期国王に喧嘩を売り続けるような輩を次期当主にするのは問題だな、たとえ他国の次期国王であっても」

 エドガルドが、嫌悪も隠さずベネデットに言う。

「家を追放されても仕方ないぞ」

 クレメンテも続ける。


「ベネデット? ああ、ダンテ殿下、ご機嫌麗しく思います」

「ロザリアさん、ごきげんよう。家督で問題が起きているんだって?」

「ダンテ……殿下! ロザリアにその話を振らないで貰おう!」

「いいえ、ベネデット。このことはちゃんとお伝えしなければ」





 ロザリアさんの話はこうだった。


 私に喧嘩を売りすぎてるベネデットを当主にするのはどうかと親類達が騒ぎ立て、自分の子を養子にして跡継ぎにさせようと今動いている最中らしい。

 ベネデットの両親はどうすれば良いか分からず、国王陛下に助言を求めたところ「ダンテ殿下の何かがあれば解決するだろう」とだけ言われた。

 その何かが分からないが、ベネデットは私に喧嘩を売ってきた手前そんなことはできないといい、家族は頭を抱えているそうだ。





──私の何か──

『簡単だ、お前の「許し」が入った書状だ。ベネデットを友扱いしろ』

──マジすかーでもそれしかないよね──





 神様の助言を聞いた私はフィレンツォを見る。

「フィレンツォ書状を今作りたい、持っているか?」

「勿論ですとも」

 フィレンツォが出した紙とペンでさらさらと、「ベネデットは私の事を優遇しない良き友人でした、彼はそうだったかはわかりませんが。今後も彼と良き付き合いをしていきたいです」と言うような内容を書いて、封筒に入れ、印璽を押した。

 そしてロザリアさんに渡す。

「ロザリアさん、ベネデットのご両親にそれを」

「ありがとうございます」

「何でロザリアに──」

「貴方に渡すと破きそうなんですよ、貴方が」

「ぐ……」

 それくらいお見通しだ、同年代であれば王族相手でもプライドの高さを変えないコイツにはある意味尊敬の念すら抱く。


「ダンテ殿下、確かにお預かりしました。行きましょう、ベネデット」

「ロザリア……分かった」

 婚約者には頭が上がらないのかベネデットはロザリアさんの後をついて行き立ち去った。

「それじゃあ、庭園を見て回ろうか」

「「「「ああ」」」」

「は、はい」

 息ぴったりな四人と、未だずれちゃうエリア。


 他の四人にもうっかり様をつけて、頬をのびのびされる事が今も多々ある。


 ちなみに、さんは妥協で、いい加減他の四人は呼び捨てして欲しいらしい。

 私への様呼びも妥協らしいが。


「ダンテ様、蝶々がたくさん……」

「本当だ」

 広い室内庭園を様々な蝶々が飛び交っていた。

「虫が苦手な人にはちょっときついかな? 私は平気だけど、皆は平気かい?」

「へ、平気です」

「平気だ」

「勿論だとも」

「当然だ」

「蝶くらいならな」

 他の皆も平気なようだ。

 フィレンツォは某黒い悪魔を見てもすまし顔で潰すレベルなので虫は平気なのは知っている。


 蝶々が舞う涼やかな庭園を皆で満喫する。


 色とりどりの花々に目をやる、前世と似た花がいくつかあったが名前が違った。


「果実水で喉を潤しませんか?」

 フィレンツォに尋ねられ、自分の喉が渇いている事を理解した。

「ああ、頼む」

「皆様も」

「ありがとうございます、フィレンツォさん」

「ありがとう、フィレンツォ」

「フィレンツォ、ありがとうな」

「どうも」

「すまんなフィレンツォ」

 休憩スペースのベンチに腰掛けて果実水を口にする。

 甘酸っぱくさっぱりした果実水に喉が潤う。

「この果実水は?」

「ここで作られている果実水です、人気商品でしたので」

「なるほど」

 飲み干して、空のコップをフィレンツォに渡す。

「エステータ王国は果物の名産地の一つだからな!」

「アウトゥンノ王国も負けていない」

 アルバートの言葉にクレメンテが返す。


──クレメンテ、負けず嫌いな所があって、国の事でも負けたくないみたいで大変だ──


「どちらも良いところがある、それで良いではありませんか」

「そうだな!」

「……」

 それでいいアルバートと、そうじゃないクレメンテ。


──後でフォローを入れなければ──


「各国特色があって良いだろう、エステータ王国は確かに果実の生産量が多いが、暑い中やるわけにもいかず、生産者達は気温が低い早朝に行うのが常だ。アウトゥンノ王国はその点気温を気にしなくても良い時期に収穫を多く迎えている」

 私がフォローを入れる前に、カルミネがそう言った。

「生産者への負担を考えれば、若干アウトゥンノ王国が優位では?」

「そうです、ね。ええ、そうですね」

 それで納得したようにクレメンテは頷いた。

 ちらりとカルミネを見れば、目配せをしてきた。


 自分が言うとトラブルになりかねないから気遣ってくれたらしい。

 ありがたい。


「どちらにせよ、作って下さってる方々には有り難いことです」


 私はそう言って、言葉を終えてフィレンツォの手伝いをする。

 次期国王がこういうことをするのはどうかと思うが、私がしたいからフィレンツォは特に言わない。






 屋敷に帰ると、ベネデットの父親が待っていた。

「これはジラソーレ伯爵殿、何のご用でしょう?」

「ダンテ殿下。貴方様の書いた文書で息子は無事に跡取りにでき、ロザリアとも結婚ができそうです。心からの感謝を」

「いいえ悪友ともの危機的状況ですからね、私が何もしないわけには行きません」

「本当にありがとうございます……何か私共におっしゃって下さい、私ができる事で恩返しをしたいのです」

「いえいえ、そのような……」

 正直恩は必要な時まで取っておくに限る。

 本当にヘルプの時に、言う方がいい。

「分かりました、では何かあったときご助力を頂きたいのです、宜しいですか」

「はい、私共でできるなら喜んで!」

 ベネデットの父親が帰って行くのを見送りながら脇腹をつつかれる。

「いいのか、そんなんで」

「いいんですよ。アルバート、本当に困ったときに何とか手助けを求めればいい、今は恩を売って奥に限ります」

 私がふっと笑うと、アルバートは苦笑した。

「少しばかり腹黒になってきたな」

「次期国王ですから」

 と、私は答えた。





──そういや、いつ頃国王になるんだろう?──

『ノーコメントだ』

──うわー考えたくねー──


 神様の言葉に、私は一人頭の中で悶絶した。





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