第2話
ステージ下の丸いテーブルに壁を背にして腰を下ろすと、ユキナはハンドバッグから印刷の粗悪なチケットらしき紙切れを二枚取り出した。
「ここのサービス券なの。呑み放題の食べ放題、奢ったげるね」
言いながら、誰か顔見知りらしき客に手を振っている。
ふざけきった店の名といい、怪しげなチケットといい、果たして誰が、何者が演奏するのかと訝しんでいると、虹色のスポットライトがパッと点灯し、そこへどやどやと数人のバンドマンたちが登場した。
体形も年齢もてんでバラバラ、まだ中学生かと見まごう幼顔もあれば、あきらかにメタボ予備軍とおぼしき小太りの中年もいる。
頭の寂しい、それでいて妙に溌剌たる初老の男たちも。
一人残らずお揃いのTシャツを着ているのが不気味だった。
もちろん、外見もしくは第一印象だけで他人を決めつけるのはよろしくない。
豊かな内面を期待して、ニコニコ歓迎の意を表するのが礼儀というものだろう。
演奏開始。
万雷の拍手と歓声!
すると案の定、という身も蓋もない言い方以外考えつかないほどの胸騒ぎがして、さらに怒りが第二次攻撃をしかけてくる直前、僕はビールのグラスに唇を押し当てて抑止した。
「ローカルバンドなのよ。ほら、真ん中でギターを弾いてるのがアニキなんだ。ここのオーナーよ」
ふむ。
サックスのソロが終わり、ギターのパートに突入した。
ユキナの兄というそのギタリストは、エアギターも真っ青なオーバーアクションで、およそミュージシャンらしくないゴツゴツした指先が、目に見えぬほどの勢いで何フレーズかを駆け巡った。
その間、ユキナは椅子から立ち上がり、客をふっかけて拍手させながら、自分も熱い声援を送り続けていた。
演奏を終えたバンドマンたちが、ステージを下りて暗がりへ消えて行く。
いったんテーブルを離れたユキナは、ギタリストの兄を引っ張ってきて僕の隣に座らせ、ビールを何杯となく勧めるのだった。
ギタリストは、ユキナの知り合いというだけで僕を熱心なロックファンと思い込んだらしく、その演奏哲学とやらを熱く語り出した。
朝からずっと酒びたりの怠け者に、そもそも音楽だの絵画だの、およそ芸術と名のつくものが理解できるはずもないけれど、なぜか自分の背で小さくなっていた翼が次第に大きく広がっているかのような気になった。
むろん、アルコールを吸ってぷくぷく膨らむ脆弱な翼に基本的な飛翔能力はなく、ユキナの方へ飛ぼうとして失敗し、そのままテーブルへ突っ伏した。
かなり耳障りな音だったはずが、どのテーブルもすでに彼らだけの世界で展開される思い思いの夢の海を回遊しており、振り返る者とてないのだった。
もはや自らの演奏がその場の不協和音としてしか捉えられなくなったプレイヤーたちにとって、ステージの続行は苦痛以外の何物でもなかったろう。
いつしか演奏会はお開きとなり、ユキナは熱いプレイを披露した兄と仲間達を励まし、酔い潰れた僕を引きずって「おおばかマロイ」を出た。
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