第55話 三人目は司会者....


 1957年の夏、ぼくたちは砂漠だらけで痩せた灌木しかない寒村トゥラバーシェルというなにもないところで産まれた。僕たちは三つ子の多生児だが、二つの軟骨帯が腰のあたりで繋がっていて、奇形だとか言う人もいれば天使の橋という人もいる。僕たちの最初の記憶は、ゆらゆら揺れる籠の中で温かい布団に包まれてうつらうつらしているとしわくちゃの婆さんたちが好奇心で何人も上から僕らを眺めている光景だった。「おお、なんたる姿....」「悪魔の三つ子だわ...」「いやこれは神の三つ子だ」すると、決まって語り手の僕ではなく、左側の兄弟がぐずついて泣くのだった。婆さんの顔が怖いのだ。その時は決まって、いちばん右の兄弟はぐっすり眠っている。したがって語り手の僕は真ん中に位置しているというわけだ。この真ん中のぼくの、眠っているわけでもなければ泣いているわけでもない司会者のようなナレーター的な立ち位置は、最初から冷静な主調音としてぼくの性格としてあった。ぼくらをあとあとになって育てた禿で意地悪の白頭翁アブヘムが寝物語によく聞かせてくれたのだが、ぼくらをアブヘムの娘にしこんだのは、おそらくバードウォッチャーか(しかしこの砂漠だらけの村に鳥はいない)、通りすがりの旅芸人だと言う。笑いながら無理やり強姦されたとかアブヘムは話すのだが、なんでそれなりに美しかったこの頬に赤味が差した一人娘を大切にしてやれなかったのか、ぼくらを産んでから母はぼくらの天使の橋を見てショックのあまり亡くなってしまった。こんな怪物は育てられないということはないと、村の産婆やお世話好きの老婆たちがぼくらを可愛がったが、4歳のときに白頭翁アブヘムが芸を仕込めば金が稼げるのではないかという賤しい考えからぼくらをアブヘムの家に引き取った。アブヘムはその日からぼくらに歌とダンスを教えた。ぼくら3人はアブヘムが大嫌いだった。芸ができないとアブヘムはぼくらの軟骨帯を爪でつねったり、孫の手で3人の頭を順番に酷く叩いた。ぼくらはギャーとわめいた。


 芸を仕込まれて二週間たち、ぼくら3人は掘っ立て小屋で、歌とダンスを披露した。真ん中のぼくは司会者をやった。口上は記憶の糸を辿ると、こんな感じだ。



いまから

ぼくらの

歌とダンスを聴いてください


ぼくらは天使か

悪魔かもしれませんが

みなさん来てくれてありがとう



 煙草をふかす村の老人たちの熱狂的な拍手があり、ぼくらの芸は大成功を治めたが、ぼくはそれより、自分が右と左の眠ったようなふたりの兄弟を差し置いて皆の前で流暢に喋れたことに自分で驚いていた。それからぼくらの日々は、さらに新しいダンスと歌を練習するだけの日々であった。意地悪なアブヘムはぼくらが歌を覚えられないと孫の手でさらに怒りながら叩き、とくに天使の橋なんかこうするわいとぼくらの軟骨帯をそれで叩くと骨が響くほど痛く、3人とも顔を歪めた。


 ぼくらは大人になってから過去を回想すると水面に顔を入れた時のように子供の頃は何もかもがぼんやりしていて、重要なシーンもぬるぬるした魚のように手づかみで掴むしかないのだが、ある寒い秋の日に、興行師で手品師のシモンというやつが村にあらわれた。アブヘムと何やら怪しい取引をしていたらしく、ぼくらは3人ぶんの感の鋭さを結集して、ある夜にある計画を立てた。アブヘムが酒をしこたま飲んで夜更けに寝ると、ぼくらは3人ぶんの首の部分が空いた黒い大きな布を被った。鏡と前で歩いてみたがまるで巨大なナメクジかムカデのようだった。ぼくらはアブヘムの家に住んでからの特技であるのだが、それは猫足というものでまったく音を立てずに歩くのだ。.........軟骨帯の切除の手術の記憶がここでいきなりに回想される。麻酔をうちノコギリのような器具で医者は頑張ったが右と左の兄弟は死んでしまった。何十年もあと、私はいま日本のクイズ番組で名司会者となっており芸名はオギ・ボンドーという。司会者協会の会長もやっている。いまでも腰の痛みは疼く。


 ぼくらはアブヘムが眠ったあとに外へ出た。蟹の横歩きで、なんとか錆びれた門のところまで行き、付いてきた子山羊が鼻の先で門をつついたらギィィと開いた。ぼくらはとにかく歩きに歩きまくった。すると、あと少しで大きなハイウェイがあるのが車が通る音で聞こえ、まるで上空から見たら巨大なムカデと可愛らしい子山羊がよちよち何かから逃げているという構図だったろう。ぼくらはハイウェイの手前、草が生えている場所についた。すると、先頭を歩いていたいつも眠っている兄貴が赤ん坊のように叫び、荷車が轟音を立て、繋がった3人はシモンの指示で乱暴な若者によって馬車に積み込まれた。司会者オギ・ボンドーはホラを即興で吹く名人だが、今回ばかりはわからない、この話はほんとうかどうかわからないが、最後に口角に泡を飛ばしながらこう言った。シモンの眼鏡は、たしかにその時、左が割れていてセロテープで補強してあったと。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る