第57話 夜蛇
昼間は見えることのない、あの夜蛇たちはふだんはどこにいるの?とまだ90歳で生きていたお爺さんに私が話を訊くと、夜蛇は太陽が出ているあいだは土の中で眠っているという。でも、草が眠り、樹液が庭のオレンジの木をつたう時刻になると、あのおばけ小屋の扉が開き、夜蛇たちはいっせいに活動を開始するという。ヒュルヒュルという音が夏の夜のあいだだけして、子どもたちは安いライトを持って庭に飛びだすだろう。赤い実。空き缶。浮かぶ月の窪み。それらの隙間から夜蛇の肥ったお腹が見える。三人いた子どもたちの中の、いちばん背の低い奴がさいしょに見つけた。夜蛇を見つけたら、まずは足で腹を踏みつける。ぱちんと弾ける音がすると、夜蛇の腹の中からは青いラムネや、バナナ味の飴とか、爆竹とか、ようかいけむりとか、駄菓子屋の棚に並んでいるようなものが散らばることになる。
何年も私は夜蛇のことを忘れていた。
夜蛇がふだん何を食べて生きているかというと、駄菓子屋の主人の空想やイメージを養分にしてぶくぶく肥るのだと言う。人は大人になると、モロッコヨーグルやうまい棒なぞには振り向かなくなる。舌が肥えるから。仕事や、功名心や、事務的なあれこれと夜蛇は相容れないのだ。
一度、街の父兄どもが、子どもが夜、外に出て夜蛇ばかり探すというので、夜蛇駆逐隊というのを組織した。しかし馬鹿なのは、それを信じる子どもたちにしか夜蛇は姿を著さないので、赤い制服を着た夜蛇駆逐隊たちはいつまでもおぼろげなイメージを探すばかりでなにもできなかった、うろうろするばかりだった。
――――うちの子、宿題もやらないで夜になると外でうろうろするのよ。
――――しかもあの大量の駄菓子、歯みがきもしないで。
――――どこからもってくるのかしら?
しまいには夜蛇駆逐隊たちは怒りで自制心を失い、おばけ小屋にマッチで火を点けた。燃え殻には大量の駄菓子が残った。小屋が無くなるとみんなが寂しくなり、上空を見たことのない鳥が舞い、イカフライやうまい棒や青いラムネやマシュマロが焦げた匂いがいっそう寂しい感じがして、雨のさめざめと降る灰色の朝、誰かの涙が落ちる瞬間にこういう声が聴こえた。さよなら夜蛇、ありがとう夜蛇、と。
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