第25話 七匹の羊
朝、コーヒーを飲んでいると電話がかかってきた。
「はい、もしもし児嶋探偵事務所です」
「君に解決してほしい問題がある」
「おー!いいですねそういうの!しかしわたしは今日は調子がすぐれないし、今日は事務所は日曜なんで休みなんです。だから他をあたってください」
「きみは軟弱なんだな....」
「だいたいまだ5時ですよ...」
いきなり電話をしてきた奴の正体はよくわからないがとにかく事件を解決すれば50万を渡すというので、探偵児嶋はその金でメラトニンや杜仲茶や身体をいたわる漢方薬を沢山買えるだろうと一も二もなく飛びついた。健康オタクほど常に健康に脅かされている。
それからは映画のような展開だった。
ミス・ショウコ、という法律事務所に雇われている女性が来た。そのミスというのはなんですかと訊いたらつまらないことはいいじゃないのと言ってテーブルに小切手を投げた。ピチピチの脚に薫りの良い香水。たぶんディオールだろう。
「ちゃんとお仕事してね」
ミス・ショウコは去った。自分でミスと名乗ってるのなんてそうとうイかれてると思い、なんかそうとうビビった。不眠の幻覚ではなかったか。
ミス・ショウコから言われた事件とはこうだった。近所の牧場で、死体があった。その死体は、牧場を経営してる老夫婦の、その奥さんのほう。奥さんの口には大量の四つ葉のクローバーが押し込まれており窒息死していた。手の指が全てバラバラに切断されているのにわざわざチューインガムでくっつけてある。犯人が誰なのか、殺人の動機もまったくわからないが、とにかくわかったことは七匹も羊が消えていた。
「だから、ちょっとめんどくさいけど、あなた牧場にとりあえず行って謎を解決してね」
「はいわかりました」
「あんた、口開いてるわよ。脚ばっか見て」
「あと、僕、馬鹿なんです。探偵なんて辞めたいし....」
車で探偵児嶋は牧場へいった。わりあい近場に牧場はあった。太陽が燦燦と照っており、死滅した青草、黄色い砂、なぜかいるガラガラヘビ、動かぬ青空、潰れたコーラの汚い空き缶、外されたタイヤ、片付けられていない工具、遠景に配置された点々と存在する眠たげな牛や羊、水の出ない井戸などそれぞれがそれぞれの無関心を主張し、牧場というより何かの乾ききった額縁の中の絵のよう。しばらく歩くと小屋があり壊れかけた扉を開くと扉はボロボロに壊れ、ご主人に「探偵です」と声をかけるとご主人は奇跡のようにちょうど犯人に殺されかけていた。椅子に縛り付けられナイフで脅されている。立てかけてあった農具で犯人を殴ったら農具のほうがぶっ壊れた。ヒューーーンと柄の先が飛んで弱く光っている電灯に直撃し部屋が真っ暗に。「このー、お前なんか倒してやる」「なんだって?」「このー」「なんだって?」「このー」・・・・・・一悶着の末、ご主人をぐるぐる巻きから助けてやり、探偵児嶋は警察に電話をした。
羊が七匹いなくなったのは児嶋の推理によるとこうだ。朝、電話をかけてきた奴がヘリコプターで上空から牧場に降りてヘリコプターに七匹の羊を積んだ。それをたまたま目撃していた羊好きの息子さんが、両親が何かの理由でそんなことをしたと勘違いし、凶行に及んだ。だから真の悪は電話を朝かけてきた謎の組織の幹部であり牧場の息子さんではなくミス・ショウコやその背後にいるわけのわからない集団なのだ。しかしながら実は牧場の息子さんは謎の組織と癒着しており、クローバーで窒素させよ殺せとの指示があった。だから息子も悪いのだ。そんな息子を育てた両親も悪い。
そこまで探偵は考えてわけがわからなくなった。
俺を含め全員馬鹿なのか?
なんだこの茶番は?
俺はアジャパーだ
児嶋は疲れた。探偵はもう辞める。
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