第20話 調査

 .....その朦朧とした雲を掴むような実体のない苦痛の日々、暑さと空腹とギラつく太陽光で正気が失われ、もうまるまる5日間も私たちは熱病のようなジャングルの中を悪夢のように歩き続けていて、水筒の中のぬるくなった水も次第になくなってきていた。しかし、地元の原住民の若い男、私たち一行を導くインフォーマントの若い青年の言を信じるならば、小川はあと少しの場所にあり、目と鼻の先だと言う。私たちはその言葉を信じることにした。そもそも、このブラジルの森を調査する旅の目的は、なかなかに呪われており、私たちより以前にこの森を調査した四人の勇気ある若者(彼らは民俗学者だった)が一年ほど前に忽然と失踪してしまったからであり、その痕跡をさらに私たちが追うという厄介なものだった。私は彼ら四人に大学で教えていた一介の民俗学の助教授にすぎないのだが、警察と大学当局の協力と多額の報酬のもと、このような旅にインフォーマント、インフォーマントの翻訳者とともに3人でこの調査をすることになったのだが、最初は四人だった。若者がもう一人いたのだが、赤い蛭のようなものに腕の血を吸われて倒れてしまった。それは、ジャングルの中を歩いて二日目、沼地の手前で夜にテントを張っていた時、若者が「ギャーーー!!!」と奇声を発し、みるみるうちに死の恐怖に顔が青ざめていった。インフォーマントは腕をいますぐ切るか、ここにこいつを置き去りにするしかないと言った。私たちはそれに頷くことしかできなかった。

 長くじめじめとした陰鬱な夜が明け、私たち三人はまた歩きはじめた。途中、そこだけ木が密生していない開けた場所に出ると、尻から歯の見える口まで木の棒で一直線に貫かれた若い女性の死体があり、そのまわりは黄色い花で輪のように飾られていた。吐きそうになった私は水を飲む気すら失せ、翻訳係と血の気の失せた顔で眼を合わせた。翻訳係はでぶで、酒好きで陽気な50歳の色黒の男でグラムだかグラコという名前で、最初は、陽気な道化役をつとめていたのだが、しだいに酒が底をつき、疲労感からか冗談も飛ばさなくなった。グラコは私に言った「旦那、こんなひでえところにいたら気がおかしくなっちまう。旦那、ところで奥さんはいるのかい?愛すべき人は?」「妻がいる」とそのとき、なぜか私は蔦と蔦のあいだに、病院で見るような点滴を吊るしたようなものが見えたような気がした...熱さでやられたのかと私は目を擦った。「ああ、妻が家で待っているんだ」「そうなんだね、旦那」と翻訳係は言った。と、インフォーマントが笑い顔で、高い木からスルスルと小猿のように降りてきて、青い果物を私たちに投げた。彼が木に登っていたことも気がつかなかった。私は地面に座り、荷物を背にして果物に齧り付いた。なぜかそのとき、また木と木のあいだをベッドや椅子のようなもの、さらには白衣を着た男が視界に流れていくような気がしたが、暑さによる錯乱だろうと私は酸っぱい果物を齧り続けた.....。空腹を癒やすために用意していたサンドイッチは既に腐り、インフォーマントは木で安らいでいた大型のリスを捕まえていて、金属の棒で、そのリスの頭を先程の女の死体のように刺し貫いた。生で、焼かないで食べるほうが旨い、特に脳は新鮮なほうがいいと若者は言ったが、私は渡された脳を怪訝な顔で食べた.....暑さはより酷くなった。執拗な日光や、小猿や、見たこともない虹色の甲虫や、信じられないほど巨大な蛾の羽音といったものに、いい加減、五感が疲れていた....。だが逃げることはできない。インフォーマントが翻訳者になにか囁いた。「もうすぐ小川があるってよ!旦那」翻訳者は地面に唾を吐き、乾いた笑い声を出した。私たちは森の中を歩いた。サラサラという水の音が次第に聴こえてきた。小川はあった。インフォーマントと発狂寸前の翻訳係は、小川に向かってはしゃぐように走った。と、突然、グラコが「うっ!」と言うと、そのまま川に突っ伏してしまった。背中に矢が刺さっていた。インフォーマントはじっとりと汗水を垂らし、動揺していた。この森には何かがいる。それから私に不思議なことが起こった。まわりの森が突然に消え、交代して、部屋の、白い花柄が文様になった壁のようなものが亡霊のように現れた。私はベッドに横になっていた。看護婦が何か言っている....もうこの方は長くありません。老齢で肺を病んでいましたが、それでも長く生きたほうね。でも今日限りでしょう。本を読むのが好きで、実録物の、ブラジルの奥地の調査の本を元気になると読んでましたが。なんで老衰のおじいさんがそんなものに興味があるのかわからないけど。私は意識が朦朧としており、小川の水を飲んだ。インフォーマントの首と背中に矢が刺さった。血が飛び散った。あらゆる木から吹き矢を構えた新参者がスルスルと降りてきた。人間の千切れた腕を食べている奴もいる。野蛮な太鼓の音。骨が地面に散らばっている。それはきっと、消えた四人の若者たちのものだろう。地獄のような眺めだ。聴いたことのない奇妙で美しい音楽と、いなくなった若者たちの叫び声が青空を駆け巡った。それらが最期に私が見たものだった。





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