第10話 ベンヤメンタ学院卒業生ハンスの短い手記

 僕らは日々、労働をしなければならない。それは食べなければならないからだ。そのような理由のために、僕は労働がもともと嫌いだったのだが、近年好きになってきた。力溢れ、愛する女性を喜ばすために、たくさん、または丁度良く、お金を稼ぐのだ。力溢れ、という言葉を僕は長年嫌っていた。なぜってそんなエネルギッシュなものはうるさいからだ。第一、力のないものを、力のあるものは排除するじゃないか、差別、差別。そんなものが戦争のはじまりなのじゃないかとすら僕は思う。だがしかし、僕はやっぱり力を蓄えてきた。自らが植物のように、あるいは木の実のようにオリーブのようにオレンジの花粉のように茄子の葉のように鳩のように大好きなヴェーラのようにヴェーラヴェーラ振り向いてくれよヴェーラヴェーラおべべちゃんヴェチカヴェチータヴェラチータヴェラドンナ好きだよヴェーラのように風にそよがれて生きてきたのだが、それはある意味では力を温存してきたのだ。その温存された力を、僕は労働や平和、笑いのために僕は使い尽くしてしまいたい。笑いは価値のある人間の行為の一つだ。最近はとくにそう思う。僕は笑いながら仕事をしていたい。ふざけながら。ダバダバ、と言いながら。女性を笑わせたい。その後に干し草の上で寝転ぶのだ、赤ちゃんロバのように。干し草なんてないけど。そういえば僕は人生で一度もロバを見たことがない。それは、僕の人生の唯一の欠点だろう。ロバにまつわるジョークを考えよう。こんなことがお母さんにバレたら怒られるだろうな。第一、いま現在、お皿を洗っていないもの。僕のお母さんは僕が汚いお皿をそのままにしておくとひどく怒るんだ。まるで、夜叉か魔女か鬼神のようだ。怒ると怖い、笑うと安心する、この当たり前の事実に僕は涙がでそうだ。ああ、きれいなお母さん!

 

 いまこうして日記を書いているうちに僕は椅子を一つぶっ壊してしまった。嬉しくなって立ち上がり、壁に椅子を投げつけたら当たり前のように僕のボロ椅子はバラバラになった!だから嫌なんだ。歓喜、衝動、エネルギッシュなものは。ところで僕が嬉しくなったのには理由がある。窓からいきなり小鳥が入ってきて、いそがしく囀ったからだろう。だが僕は椅子を投げつけてしまった。反省。悔悟。うれしさのあまりの破壊衝動。ああ眠くて仕方がない。僕は無だ。何もしたくない。誰がこの後片付けをするのか。

 

 

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